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ふうと別れた僕はコンビニ会社の本社に向かって車を走らせることにした。
いつもと違うのは、会社所有のワゴンではない。自分の所有車だ。
今日の打ち合わせが終わったら直帰してもいいと社長から言われている。
これからの打ち合わせは、二日後のプレスリリースの翌日に行われるコンビニ一日店員のイベントだ。
主役のふうは明日の打ち合わせと業務練習をする事になっている。
学生の頃も多少のアルバイトはしていた。高校の先輩の実家のお手伝いとか本屋のアルバイトに家庭教師……一般的な大学生の定番のアルバイトはこなしたけれども、コンビニのアルバイトは不思議とした事がなかった。
今日の打ち合わせの日程の話を先方の担当の高山さんに話したら「それならふう君の前日に澤田さんも練習しましょう。時間を確保して下さいね」とトントン拍子に決まってしまったのだ。
君想いマカロンはこのコンビニ会社のコンビニスイーツの第二弾にあたる。第一弾の商品はふうも加入しているビビッドがCMキャラクターを務めている。今回はふう一人にオファーが来た。
十月末に発売した初恋を辿るDVDが決め手という事で、ふうの意見を聞きつつ作りあげたものだ。僕自身はあまり同行していなかったが、発売直前になって完全にふうのプロデュースと言える程で、ここの会社のサイドの人からふうくんの評価が一気に上がりますよとよく言われるようになった。
当初は、来年二月発売だったはずが、情報の漏洩のためにスケジュールが前倒しになってしまい、クリスマスイブになってしまった。それでも発売を強行できたのは、ふうの力もあるのかもしれないが、スタッフさん達のフットワークが軽かった事も理由になるかもしれない。
今日の待ち合わせは、コンビニ会社本社の前。時間に遅れることなく待っていると三分前に高山さんが僕の名前を呼ぶ。
「おまたせしましたか?」
「いいえ、そんな事はないですよ」
「そんな事はないでしょう?ふう君からは時間にゆとりがある時は十分前には集合場所にはいることがあるからねって聞いていましたから」
「そんなに最近は暇という訳では……ふうは……」
「いいじゃないですか。ふう君は澤田さんがオーバーワークだと思っているようですよ」
「この位はオーバーワークじゃないですよ。前職の方がハードでした」
「えっ?澤田さん……転職ですか……ちょっと意外でした」
「前は、霞が関にいましたね。離職前は現場勤務でしたけど」
「えっ?国家公務員ですか?これまた意外です。今度ゆっくりと話をしたいですね。たくさんの引き出しがありそうです」
「そうですか?僕なんて普通ですよ。さあ、打ち合わせを始めましょうか」
僕達はゆっくりと本社ビルに入って行った。僕が通されたのは、会議室というよりシュミレーションルームといったような所だ。
「通常なら店舗で研修した方がいいと思うのですが、ふう君はそうはいかないので、今回は特別にここを使用します」
「通常だと、戦略室とかの管理ですか?」
「まあ、そんな事です。この部屋の配置でも気になる事があったら行って下さいね。平均的な店舗のディスプレイになっていますから」
「いやいや。プロにそんな意見なんて」
「僕らはどちらかと言うと保守的なんで。顧客の意見は非常に有難いものなのです」
「何かがあったら……報告します。時間もないので早速始めませんか?」
こ ういう雑談は仕事に繋がる有効なものだが、時間が限られているので打ち合わせを始めたいと僕は促した。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「毎度ありがとうございます」
「毎度ありがとうございます」
簡単な打ち合わせの後に、研修が始まる。マニュアルを片手に挨拶の練習。
「あっ、挨拶はもういいです。アルバイとの経験はありそうですね」
「それはもちろんです。ただ、コンビニの経験がないだけですよ」
「成程。それだとレジの使い方もそれなりに分かっているでしょうか?」
「大抵は分かります。でも、公共料金の支払いは分かりませんね」
「それなら、レジの初歩は省きますね。バーコードが反応しなかったら直接入力します」
「分かりました。当日の僕の役割は何でしょう?」
「ふう君の隣で作業をして貰う予定です。袋にパッキングして貰ったりする予定です」
「なるほど。逆にふうがパッキングして僕がレジをした方が早いかもしれないですね」
「それもありかもしれません。まあ、ふう君にもレジの研修はしますよ」
「当日の来客に応じて臨機応変にいきましょう」
「ありがとうございます」
僕はそれなりに配慮して貰っている事に感謝を述べる。こういう小さな事の積み重ねが後々の人間関係に繋がるものと僕は信じている。
「それと当日ですが、本社ビルの店舗は直営店扱いなのでフランチャイズ契約をしたオーナーさんの研修機関の一環という扱いになっています。当日の店舗従業員は本部の店舗担当者が担当しますので、業務上でトラブルが起こっても安心して下さい」
「それはそんなに思っていませんよ」
「警備系統ですよね。そっちは異例の対応になりますが、そっちのプロを派遣して貰います」
やはり、僕ら不安視していた所にもちゃんと対応されている様だ。今回の発売スケジュールの前倒しもネットの発売情報が漏れたせいだった訳だし。
「後、後だしになってしまうのですが、商品用のチラシにふう君に直筆のメッセージを書いて貰いました。これになります」
そこには君想いマカロンのポスターの縮小版に今日は来てくれてありがとうと書かれたものと、没になったマカロンポーズに僕の思いが届きますようにと書かれてある。ちなみに没になったものは、マカロンを両手に中に入れて見せる様に手を前にだしているものだ。それよりは、大事そうに唇を寄せている方が好感度は……やっぱり高いな。
決定になったのが、ふうのアイデアだと言うのだからこっちもビックリだ。
ふうも実家の事がなければ企画とかの仕事がしたいのだろうか?と漠然と僕は考えた。
その後も、暫く研修を続けてから当日のイベントの詳細を更に打ち合わせて今日の僕の仕事は終了した。