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「「そんなんじゃない」」

ここ数日見慣れた光景が僕の目の前では今日も繰り広げられていた。

「ぐすっ、帰りたくない」

「ダメだよ。ルールだから」

「どうして個室じゃないのさ」

「開いていないからだ。ってか、この病院の個室意外に高いからな」

「前は使ったじゃないか」

「今回はメンタルが壊れていたけど、今回は肺炎だから」

「肺炎?本当に肺炎だけ?」

「レントゲンの画像によっては週末には退院できるから。最近のお前は本当に涙もろいな」

涙を零して僕に縋っている白戸の涙を指で拭ってやる。白戸がいるからティッシュが取れない。

「本当に?帰れるの?」

「多分な。とりあえず落ち着くまで自宅で静養だから。お前だって気管支炎直ったばかりだからな」

「でも……俺……今は寮に戻っているから」

「寿……それは至って普通だが。俺の部屋とお前の会社の寮が徒歩5分だからお前は家に上がり込んでいるだけだからな」

「だって、一人飯は寂しい」

「はいはい。退院したらまた僕の家から通勤するだろ?」

「うん。ちーちゃんが元気にならないと困る」

「はいはい。その為の入院だからさ。大病じゃないのに毎日僕の所に来るのは有難いけど、どうして帰りたくないって愚図るかな。子供か?」

「子供じゃないけど、やっぱり一人は寂しい」

僕はため息をつく。お正月に気管支炎を患ってから白戸は僕の傍にいる時間が更に増えた。甘え下手の白戸だから仕方ないなと言えるのは白戸の事を良く知っている人間だけ。今回の騒動でこんな白戸を見せつけられてしまった青木先輩も「白戸君のイメージが大いに変わりました。澤田君の事を親友以上に大切なのでしょうね」と苦笑いしていた始末だ。

実際僕らはいわゆる同性愛者ではない。高校が全寮制の男子校出身ってことで下世話なことを聞かれることもあったけど……絶対にないとは言い切れないけど、それでも節度のある交際だったと思うなあ。僕らが学園にいた時の恋人と言われていた人たち。僕は元カノの事があって恋愛に及び腰でここまで来てしまったけど、寿……白戸はそうでもない。去年の夏休みの頃は交際中の彼女と北海道に旅行に行っていたはずだ。そして自分の大切な人には僕も食事会と称して何度か一緒になることもあった。少なくても歴代の白戸の彼女さんたちとは友好的な関係であったと言い切れる。大企業に勤めている白戸の親友が芸能事務所のマネージャーをしているってこと自体が彼女たちの興味対象だったらしい。

年末の実家への帰省以来、白戸は家族という言葉を言わなくなった。白戸の場合は家族としての居場所に対して飢えているのは僕でも分かる。そんな白戸だから、いい人がいたらさっさと結婚してしまった方が絶対に本人が落ち着くと思う。

「寿、ティッシュ使えよ。顔ぐしゃぐしゃ」

「だって」

「もう今日も面会はお終いだから」

「明日来てもいい?」

「いいも何も勝手に来るだろ?」

「ごめん……」

「いけないって言っていないだろう?」

「うん。仕事忙しくなければ来る」

「分かったよ。じゃあまたな」

ベッドの上で白戸に帰るように促す。泣いたことで目と鼻を赤くした白戸が帰っていく。

「兄ちゃんたち仲いいなあ」

「はあ。ちょっとあいつ家族と上手くいってないのでその分依存しているだけでしょうかね」

「それでいいかい?」

「……良くないですね。僕も心配はしているのですが」

「あの社章は最近業績がいい会社だよね」

「そうでしたか?僕は異業種なので勉強不足で」

僕らを利用しようとしている算段をされては迷惑なので切り返す。

「何かあったらおっさんでも相談相手になるから」

「ありがとうございます」

たまたま同じ病室の方には頼りませんよ。高校時代の先輩を素直に頼ります。

「澤田さん。奥さん帰りましたか?」

「あの……白戸が右ですか。何がどうしてそうなったのでしょう?」

「だって毎日お見舞いに来て、毎日涙目のまま帰っていくもの。一人なのが寂しいでしょ?」

「申し訳ないですが、妄想のネタにするのはともかく、僕たちはそういった関係ではないですよ。ご期待には添えません」

「大丈夫。一見すると澤田さんが右に見えるけど、いつものやり取りを見ていると単なるオカン属性なだけで案外男らしいのかなって思って」

「はあ」

「それに若先生の高校の後輩でしょ?」

「僕は若先生とは直接面識がないですよ。生徒会の先輩に紹介してもらってから診てもらっているだけで」

「ふうん。若先生も虜にしてしまう魔性の子かと思ったのに」

「お願いです。そういう目で見ないでください。妙齢の女性なのですから」

「そういって優しい言葉をかけてくれたのは久しぶりだから今日はそれで許してあげるわ。奥さんまた明日も来るの?」

「だから、奥さんじゃないから。本人にも同じことを言ったら本人も泣きますよ」

「えっ、そうなの?」

「女の子の方が好きですから。僕の場合は出会いがないだけで。去年の夏にはあいつも彼女がいましたよ、言っておきますけど」

「ちょっと残念。私も女の子ですか?」

「そうですね。女の子ですよ」

僕はにこやかに看護師さんに返した。僕たちをカップリングするのは学園にいた時からあった。もちろんネタ的なもので。そんなときは僕が嫁って言われていたので、白戸が嫁と言われたのは正直今回が初めてだ。

でも、彼女に指摘されてそう見えるのかって逆に痛感して、いずれは白戸にも僕に彼女が出来ないと困るなあと漠然と考えていた。

それよりも、どうして僕が肺炎になって入院生活を暮らしているのかと思い返すと……あの元カノ騒動で体の抵抗力を落していただろうなあと漠然と考えるしかなかった。あの事件は基本的には解決の方向に向かっている。今週末に元カノとご両親は飛行機移動が基本になる北の大地の住民になる。暫くの間、僕の仕事も北海道に行くことはなくなりそうだ。ひそかな楽しみだったのになあ……北海道に行くお仕事。勿論忙しいけど、美味しい魚介類を自宅に発送して後日皆で食べるのを楽しみにしていたのに。仕方ないのでスマホでお取り寄せ画面を見て時間を潰す。

退院日が決まらないとお取り寄せだって出来ない。

「はあ。新しい企画だけでも構想を練ろうかな。今じゃないとゆっくりと考えられないし」

僕は過去の手帳を取り出す。仕事用ではなく個人用のものだ。開いているスペースに思いついたアイデアを書き留めていく。それを後日見直してちゃんとした企画にしていくのだ。うちの事務所のアイドルで末っ子グループがビビッド。あの子達も夏になったらデビューして4年になる。お互いに好きなジャンルが見つかってメンバー以外の仕事も増えてきている。そろそろ後輩アイドルグループをデビューさせてもいいのでは?と思う。

手帳の空きスペースに後輩アイドルグループを結成させてデビューさせるとかくだけ書いて今日はそれで終わりにした。


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