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「それじゃあ、お邪魔しました。何かあったら連絡しますので」

「はい、早く終わりにしたいですね」

「大丈夫ですよ。澤田君。今度はカレーを食べたいですね」

「分かりました。僕もそうしたいです」

火曜日の朝。朝食を食べ終わって支度が終わった先輩たちを玄関まで送ることにした。本当ならエントランスまで行きたいけれども、用心の為に断念したんだ。

「内容証明は今日には送るので、週末にまた休みを取ってもらえますか?」

「週末は金曜日でもいいですか」

「いいですよ。何かあったら事務所に連絡してください」

「分かりました」

二人をエレベーターホールの前まで送って、エレベーターの扉が閉まるまでは僕はいつも通りにしていたつもりだった。けれども扉が一度しまったのに、再び扉が開いて青木先輩が一言だけ言った。

「今日は部屋から出ないように。いいですね」

「分かりました。そうします」

返事をするとにっこりとほほ笑んで扉が閉まった。部屋から出ないようにって……どういう意味だろうか。僕は部屋に戻ってから、普段できない洗濯とか布団乾燥機で布団を乾かしたりして時間を過ごす。

時折事務所からスケジュール変更の連絡が入ってくる。メールを確認していたら社長から連絡が欲しいとあったので慌てて電話を掛けることにした。

「澤田ですが」

「ずいぶん早かったですね。内容証明の方は見ました。今日以降に彼女が事務所のそばに出現したらこちらも行動を移す予定です」

「分かりました。お手数おかけします」

「こんなのたいしたことないじゃない。君と出会ったときに彼女のことは教えてくれていた訳だし……復縁だけかな?だったら君の住所を割り出した方が早いよね」

「それが……資金源的に問題があるみたいです」

「なるほど。それだと澤田君だけがターゲットってことじゃないですね」

「それって……」

「うちの事務所の子たちも狙われているってことです。特にビビッドよりも上の世代がね」

「まさか」

「ゼロとは言えません。彼らのプライベートは知っていますよ。少なくても今の彼らに彼女が横入りする隙間はないのですが、どういうことを仕掛けてくるのかは想像ができません」

「そうですね」

「で、スケジュール変更を見ましたか?」

「はい」

ビビッドのスケジュールは変更になっていた。金曜日は生放送の歌番組に出演が決まって、新曲のお披露目になっている。土曜日はビビッドのラジオ番組の公開収録イベントがあって、日曜日は君想いマカロンのトークイベントがあった。日曜日は楓太だけのはずなのだが、メンバー全員が参加することになっている。

「ごめん。太田さんに話をして、今回のトークイベントの内容を変更させてもらった。あいつらは特別ベストとして同じ現場にいさせるから

「分かりました。終了後の月曜日からのスケジュールは?」

「そこなんだが、全員を楓太の自宅に連れて行ってくれ」

「えっ?」

「ふうはともかく、残りの全員まだ冬休みの宿題が終わっていないんだと。このままだと単位が危ないような話をふうが言ったものだからな。変更可能な仕事は全部後に回して、水曜日までの三日間をオフと称してふうの家で課題と予習復習をしっかりとやってもらう予定なのだが」

あいつら……僕は軽くめまいがしてきた。あれだけ宿題はやるようにって言ったはずなのに。

「で……澤田君聞いているかな?君もね、現場監督してほしいんだ」

「僕も泊まり込みですか?」

「さすがにそれはどうかと思うが。暫くビジネスホテルで生活してもらえないか?」

「それは日曜日からですよね?分かりました。ホテルからふうの家に通うようにします。カジュアルな服装にして」

「そうだね。そうしてくれると助かるよ。ついでに食事の世話も頼んでもいいかな」

「構いませんよ。その位。詳細は柏木さんと電話で簡単に打ち合わせをしてもいいでしょうか」

「そうしてくれるかい。決まったことはメールで報告してくれればいいから。今日はどうするんだい?」

「今日はこのまま家にいる予定です。たまには怠惰に過ごそうと思ってます」

「そうか。じゃあ明日から暫くは頼むぞ」

その後、社長と仕事のやり取りをしてから電話は切れた。

「さて、あいつらに教えるのなら」

僕はクローゼットの奥に入れてあった段ボール箱を取り出す。今探しているのは学生時代に使っていたノート達だ。問題が解けないあいつらに教えるためには見返した方がいいと思って8年ぶりに取り出した。学生時代は書店のアルバイトと家庭教師のアルバイトをしていた。しっかり稼ぐわけではないけど、親からお小遣いは大学に入ってからは貰っていない。まとまった額ができれば積極的に投資に回して利益を出していた。ゲームに夢中というよりは資産を増やす方に夢中だったと思う。今の僕の基盤があの頃に出来上がったと言っても間違いではない。

ノートを取り出してから今度は楓太にメールを出す。今回の課題の具体的内容を確認するためだ。暫くすると、楓太からは学校からの課題一覧表を添付ファイルと共に送信してくれた。これがあればノートを全部持っていく必要もなくなるから僕も楽になる。楓太にありがとうと返信をしてから必要になりそうな資料があったかどうか、段ボールを更に探し始めるのだった。

青木先輩が出した内容証明のおかげで、彼女のもとに届いた日から彼女は事務所のあたりに出没することはなくなった。夕方遅くに先輩たちの事務所に彼女の両親から今回の件で話し合いの席を持ちたいと連絡があったと言われた。僕は金曜日の午後1時にお願いした。夜の歌番組本番までに現地に着くようにと社長から言われている。それまでは今回は特別に社長が同行してくれるそうだ。頑張れよ、皆。

「さわっち。元カノ水曜日からいないよ」

「だろうなあ。親と勤務先と彼女に内容証明が届いたんだから」

「内容証明?それって何?」

「今回は警告書って感じ?事務所と僕に近寄るな。次やったら警察行くぞって感じ?」

「そうなんだ。なんか物騒」

「そうだな。もうすぐ終わると思うから迷惑かけたな」

「まあ、話しかけられただけだしね。けど、目がギラギラしていて怖かった」

話しかけられたふうはあの日のことを思い出したようだ。

「ギラギラ?それガチで?」

「ああ。なりふり構っていられないって感じ」

前の時はそんなんじゃなかった。そういえば、青木先輩たちは僕に何かを隠しているって言っていた。まだ教えてあげないって……そのことが関係しているのだろうか。

「さわっち、大丈夫?」

「ああ。多分な。一応修羅場を潜り抜けたんだから」

「そうかなあ?あの人は大丈夫?白戸さん」

「寿?大丈夫だよ。あいつも今回のことは知っているし、彼女のことも知っているから今は会社の寮にいる」

「珍しい。白戸さんってさわっちの家に住んでいるイメージなんだけど」

「あぁ。週末にかけて家に来ることは多いけどな。後は体調を崩したらあいつは大変だから俺が面倒みているだけだし」

「なんだかんだ言って、さわっちってどこにいてもマネージャーみたい」

「だから、これでも一応元バスケ部。それと生徒会長」

自分で言っていてほとんど生徒会で忙しかったからバスケ部ですって胸を張っていられないんだけどな。

「それは知っているよ。俺らよりバスケうまいもん」

双子が口をそろえる。中学で辞めたとは言っても、お前たちだって相当できる方だぞ。時折、僕の家に泊まりに来る昌樹と寿が広報部にいた時に仕事をしたことがある樹は寿のことを知っている。

「白戸さんって誰?」

「さわっちの高校と大学の同級生で、さわっちがこれでもかって位にお世話をするんだ」

「ふうん。嫁?」

「うんうん。そんな感じ」

「さわっち。高校の同級生とかにも言われてないの?」

「言われてるけど?ってか、僕たち女の子が好きだし……白戸を性的対象に見たことないよ」

「成程ね。それならそれでいいんじゃない。当人たちが幸せなら」

淡々としているのは楓太。お前その反応も逆に怖いぞ。

「とりあえず、金曜日の歌番組の局入りは僕じゃなくて社長と里美さんになったから」

「えっ?マジ?」

「何かあるの?」

「うん。ちょっとあの件を終わらせようと思ってね。ちょっとだけ頑張ってくるよ」

「一回で終わるかな」

「さあ?僕が同行しないで他のマネージャーだと手を抜くつもりなのか?」

「そんなことないよ」

「それなら自分たちでやれることはやってくれよ。本当に頼むな」

「じゃあ、今度さわっちの家のカレー鍋食べたい。こないだ事務所で双子ちゃんに会ってお兄ちゃんのカレー鍋の話してくれたから」

あぁ……ここにもカレーが食べたい人がいるようだ。しかもよりによってカレー鍋だなんて……。事件が解決したら、全員を泊めてもいいだろうしスケジュールで分割してもいいか。

「分かったよ。お前たちはカレー鍋か。ふうの家での合宿中に一度は作ってやるよ」

「やった!」

「やったじゃないって。さわっち、俺たちが宿題やっている間は?」

「ふうの家でおさんどんするつもりだけど?最低限はこなせるから安心しろ。お前たちは勉強に集中しろな。リンちゃんはふうがお世話してくれな。猫を飼ったことないし」

「澤田さん、僕だって猫を飼いだして間もないですから。一緒に遊びましょう」

「何?ふうは終わっているわけ?」

「僕は終業式の日には終わっていて提出したけど?今やっている分は始業式に新しく貰った分。分からないところは澤田さん教えてもらえますか?」

「いいけど。ふうはどんな問題なんだ?」

「僕は、全部が大学受験問題です。通信制で合格しちゃったけど、本来なら受験していただろうからって」

「成程。構わないさ。休みの間に終わらせてしまえば卒業か?」

「多分そうなります。卒業試験はちょっと早めに受けるかもしれないんで」

楓太は君想いマカロンの仕事が定期的に入っているので、今はメンバーよりは少しだけ忙しい。そのため学校に通える期間を定期的に作ってもらっているようだ。

「太田さんたちにお願いしたのか」

「はい。卒業試験が終わるまでということで」

そういうところの交渉をするのは、本来は僕の仕事なのだろうがふうが一人で打ち合わせに行ってその時に相談をしてどんどん話を進めてしまうので、細かい報告は全て後手に渡っている。

「そういえば、高山さんが澤田さんに迷惑をかけちゃったかなって言ってました」

「そんなことないって。早かれ遅かれこうなっていたさ」

「さわっち。変に達観しすぎ」

「おっさんになるのは早いって」

「干物よりもカラカラってことはミイラ?もうダメじゃん」

「お前たち。雑談はそこまでだ。そろそろレッスンの時間だろ?」

今日のメンバーはスケジュール変更の確認の後に事務所で各自レッスンが入っていた。

「じゃあ、今度は金曜日の歌番組で」

「そうなるな。健康管理はしっかりな」

僕は、会議室から出て事務所スペースに移動することにした。


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