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―今から事務所を出ます―青木先輩からのシンプルなメールを受信する。樹と渋谷駅で別れてから一度マンションに荷物を置いてスーパーで二日分の食材を買い込む。途中で僕を心配している白戸からもメールが来たけど、大丈夫だよ。でも今夜は作戦会議だから申し訳ないと僕の部屋に泊まれないことだけは知らせておいた。

一通り食材をしまってから、鍋に出汁を取り始める。時間は午後1時だったけど、たまには丁寧に作りたいと思って、ゆっくりと作り始める。青木先輩からのリクエストは、炊き込みご飯と切り干し大根。和食がメインだけど、たまにはいいかと思う。ぶりが美味しそうに見えたからぶり大根にすることに決めた。魚だけというのもなんだから、鳥のもも肉が安かったので、多めに買っておくことにする。今夜は照り焼きにして、残りはトマトソース煮込みでも、唐揚げでもいいかなと思いながらとりあえず鶏肉三枚を照り焼きのたれに漬け込んだ。

先輩たちの事務所から僕のマンションまでは結構離れているので、メールを貰ってから照り焼きを焼き始めながらみそ汁の準備を始めることにした。

みそ汁は、シンプルに豆腐とわかめ。作ったおかずが足りなくなったら……今夜はそんなことはないだろうと思っていた。

照り焼きが出来上がって覚ましながら味を馴染ませているときに、ドアホンが鳴る。

僕は慌ててドアホンのそばに移動した。

「あっ、澤田君?鍵開けてくれないかな」

「はい。どうぞ入ってください」

僕はオートロックの解除をして二人に入ってもらうことにした。

ダイニングテーブルに夕食を並べ終わるころにマンションの部屋の前に着いたと再びメールが届いたので、僕はドアのカギを開けた。


「お疲れ様です。いらっしゃいませ」

「ごめんね。二人で押しかけて。あれ?晩御飯?」

「はい、ちょうど出来上がったので先に食べませんか」

僕は二人に食事を先にしないかと提案をする。

「本来なら仕事を先にした方がいいと思うんだけど……」

「僕は昼食を食べてないので、ありがたいです。澤田君お言葉に甘えますよ」

食事をするのを躊躇う大久保先輩に対して、青木先輩はマイペースに客間に移動して部屋着に着替えますねとスタスタと歩いて行ってしまった。

「青木君……まあいいか。暖かいうちに食べたくなるメニューだね。じゃあ僕もちょっと着替えさせてもらうよ」

「はい、分かりました。すぐに食べられるように支度しますね」

僕は三人分のご飯とみそ汁をよそって二人が来るのを待つことにした。

「本当に澤田君は料理男子になったね」

「そうでしょうか?」

「西月君なしでは語れないですが、本人を超えたんじゃないですか?」

「そんなことないですよ。西月先輩は、コンビニスイーツも再現したじゃないですか?」

「ああ。そんなことあったね。でもあの時は」

「はい、さすがに味の再現はできましたが、カロリーまではダメだったと悔しそうでしたね」

「西月君らしい。いつ位に戻ってくるんだっけ?」

「片手の年数で絶対に帰ってくるって言っていましたけど……」

「だったら、まだですね。こないだスカイプで本人と話したけど、食材高いって嘆いていましたよ」

西月先輩は、海外赴任中。帰ってくるといつも調味料を大量に持ち帰る。そのうち先輩のもとに調味料でも送ってあげたらいいだろうか。

多めに作った炊き込みご飯は残ったので、夜食にまた食べてもいいかということで、先輩たちが考えてくれた内容証明を見せてもらうことにした。

「とりあえず、こんな感じで送る予定だけどどうかな?」

作成してもらった内容証明をチェックする。まずはストーカーのように付きまとうことを辞めてもらうこと。今後も続けるのなら法的措置を取るということをきっちりと書かれていた。

「これで十分だと思います。送付先は?」

「彼女の現住所と彼女の実家と彼女の職場ですね」

「これでクビってことはありえませんか?」

僕はなんとなく思ったことを聞いてみることにした。

「ありえるんですが、それで更に行動がエスカレートしてくれれば刑事事件にして貰えばいいだけですよ。そっちの方がダメージは大きいでしょうね」

「どっちにしても成人として恥ずかしいことをしているという自覚があれば収まるはずです」

「エスカレートしたら、刑事事件と損害賠償訴訟を併せて行いましょう。今度こそ彼女を叩き潰してむしり取りましょう」

青木先輩にむしり取るという言葉が凄く実感がこもっている気がするんだけど。

「そこはお二人にお任せします。また彼女のことで分かったことがあるのでしょうか?」

「あるよ。でも今は教えてあげない。全部が終わったら教えてあげるからもう少し待っていてくれるかな」

「分かりました。僕は、このままマンションにいた方がいいですか」

「澤田君は大丈夫。ご実家にはお願いした?」

「はい、頼みました。こっちは大丈夫です」

「そうか。後心配なのは、寮に住んでいる君が担当している樹君かな」

「一応、本人には社長に相談をして綾瀬先生の家に避難することを考えるように言ってあります」

「澤田君、賢いですね。僕も念のためお願いしようと思っていました」

「後、社長にメンバー全員を週明けから一斉にオフにしてもらえるようにして貰いました」

「僕らが内容証明を送って先方と交渉するときを考えたのかな」

「はい、その通りです。それと社長から内容証明の文面を教えて欲しいといわれました」

「成程。社長さんにはこちらを。本文だけですが問題ないと思います。僕の名刺も渡しますので、連絡は直接下さいと言ってください」

「大丈夫ですか?」

「平気ですよ。僕が取れないときは事務所に転送になりますので」

「分かりました。それでは社長に報告しておきます」

あっさりとこれからの話は終わって、内容証明を出した後の彼女の行動をシュミレーションしてみた。三人で一致したのは、最初に接触してくるのは彼女の両親だろうと。婚約不履行の時も青木先輩に最初にコンタクトを取ってきたのは彼女の両親だった。彼女の両親は悪い人ではない。けれども彼女がああなってしまったことを考えるといい人でもなかったということだろう。

「澤田君どうしますか?彼女を退職に追い込みたいですか?」

「いいえ。関東からいなくなってもらえますかね。そうすれば気楽かな」

彼女の両親が北の地方の出身だったことをなんとなく思い出したのでそのことをにおわせる発言をする。

「そうですね、彼女のお父様も定年退職をして今はお仕事をされていないということなので、懐かしい故郷で第二の人生を謳歌してもいいかもしれないですね」

「彼女が都内に残るって言った場合はどうするんだい?」

「それは、事務所の方からも警告書を出してもらう予定です」

「成程。それなら確実だろうね。会社の顧問弁護士ってわかるかい?」

大久保先輩が手帳を開いている。僕は名刺入れの中から会社の顧問弁護士のものを差し出した。

「あっ……大学の先輩だ。彼ならいいよ。僕が直接連絡取るから。青木君、後で僕にも資料一式コピーさせてもらってもいいかい」

「構いませんよ。それと、澤田君。今日の事務所のお茶はもうしわけありませんでした。今度事務所に来ても彼女がお茶をいれることはありませんので、ご安心ください」

青木先輩がにっこり笑って言う。事務所のお茶……つぶらさんが淹れてくれた渋すぎるお茶のことだろうか。

「何年かに一度は事務所の新人がいれるから……あの位の渋さは平気ですよ」

「そう言ってくれると助かります。日本茶だけが壊滅的なんですよね」

「成程。それなら柏木流のお茶とマナー講座でも体験しますか?うちの事務所で行いますので、つぶらさんでも参加できますよ」

「そうなんですか?一度案内書を見せてもらえますか」

「いいですよ。講師はうちの楓太がやりますけど」

「えっ。アイドルが教えるのかい」

「はい、生け花も免許を持っているモデルが教えていますし、着付けもできるタレントがやっていますよ」

「ふうん、プチエトワールさんはそういう意味ではかなりユニークだね」

「そこから芸能以外の才能が開くのならそれでもいいというのが社長の方針なので」

それから、再び僕の近況の話になって事件が終わったら皆でカレーを食べるということを改めて約束させられることになった。


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