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「実家からあの時の書類一式を持ってきました」

月曜日。僕は事務所に行く前に大久保先輩が所長の弁護士事務所OAK法律事務所に寄ることにした。大久保先輩と青木先輩の苗字から取ったらしい。日本語では樫の木を意味するのだが、そういえば学園の敷地内には桜の木も多かったけど、樫の木も多かった。そこから多分決めたのなら二人らしいと僕は思う。

「月曜日は忙しくないんですか?」

「今週はそうでもないですよ。事務所の配慮で現場直行、現場直帰でそのまま休みです」

「そうなんだ。それじゃあ、青木君から聞いたけど澤田君のお誘いに付き合おうかな。朝11時に立川だからちょっとのんびりできるかな」

「大丈夫なんですか?」

「平気だよ。準備万端でこっちを出るから。ごめん、車は止められる?」

「大丈夫ですよ。来客スペースありますから。コンシェルジュには言っておきますので止めてください」

「それじゃあ青木君と一緒に車で行きます」

「分かりました」

僕らの書類と受け取りが終わったタイミングで事務の女性が僕たちにお茶を用意してくれた。

「今日のお茶は?」

「はい、私が淹れましたよ。大切なお客様だと言っていたので」

「つぶらさんでしたか。ありがとうございます。何かあれば呼びますよ」

「はーい。ごゆっくりどうぞ」

女性はそう言って事務所の自分のデスクに戻っていった。

「つぶらさんですか……僕は日本茶じゃなくていいという意味で言ったのに」

「青木君、彼女にそれを言ったら逆効果ですね……恐らく」

二人はコソコソと僕には微妙にすべては聞き取れなかった。

「澤田君?」

「あの……ですね、彼女のお茶はかなり個性的なのですが……彼女なりに努力しているんです」

「はい、分かりました。こんなに早くに押しかけてお茶までもらえたんですから。そのお気持ちだけでも十分ですよ」

そう言ってから僕は一口飲んだ。飲んだ途端……僕は固まった。青木先輩、このお茶は渋いです。あり得ないくらい渋いです。これを個性的なお茶と言って飲まれている先輩方は本当に心が広いです。僕はそこまでやればできる子的な対応はできません。同じことをお茶当番の子が淹れたら絶対に教育的指導しますよ。

うちの事務所は、社長室以外は事務所勤務日に男女関係なく15時にはお茶を入れることになっている。そうすることで、社内のコミュニケーションを取ろうというのが社長の意図らしい。もちろん僕だって月に二度はやってくる。給湯室には各自の好み一覧表が張り出されている。おまけとしてあるのは事務所所属のアイドル用。

モデルの子たちは時折ノンカロリードリンクになるので注意は必要だけど、大抵は担当マネージャーが行うのでそこまで神経を使うことはない。

僕もビビッド相手にお茶を用意はするよ。最近は3月から始まるコンサートのダンスレッスンが多いのでスポーツドリンクを飲ませることが多いけど。

「たっ、確かに個性の強いお茶ですね。目が覚めます」

「さっ、澤田君。無理に飲まなくてもいいんですよ」

「大丈夫ですよ。何年かに一度は事務所のお茶の時間に飲みますから」

「あはは、そうなんだ。それなら安心したよ」

大久保先輩は笑っているけど、青木先輩はどうしたらいいのか不安そうに見えた。

「大丈夫ですよ。青木先輩。これなら飲めますよ」

僕は残りと一気に飲み干して、じゃあ仕事に行ってきますと言って二人の事務所を後にした。

もちろん、事務所を出る時にはお茶を入れてくれた彼女……つぶらさんにはごちそうさまでしたって一言だけ声をかけた。

その後もプライベートでも時間ができたら事務所に行くことがあって何度となくつぶらさんが淹れてくれるお茶を頂くことはあったのだが、いつまでたっても彼女のお茶が美味しくなるということはなかった。


「さわっち、あのおばさんどうするつもり?」

「樹、あの人は僕と同級生だから僕もおじさんになる訳?」

「えっ?マジで」

「マジで。正しくは元交際相手。破局するときにちょっとだけトラブってから一度も会っていなかった。後はお前の方が知っているだろ?」

「まあな。寮にいる奴らも結構聞かれているらしいぜ」

「大丈夫。今週中に一回警告するよ。僕がやられているだけに見えるかい」

「そんなことはないけど、基本的にいい人じゃないか」

樹は僕に対して手厳しい。確かに僕はめったにアイドルであるあいつらも、事務所の後輩も叱ることはしない。むしろ諭して間違った方向からの修正を試みる。

「いい人ってさ、誰にもいい顔をしているってことかな?それとも、誰にでも甘い顔をしているってことかな」

「そっ、それは……」

樹は言葉を詰まらせる。そりゃそうだよな。

「大丈夫だよ。そこまでお人よしじゃないよ。あの頃の僕とは違う。そのことを嫌って程に見せつけてやるさ」

「さわっち、笑顔が怖いって。目が座っているよ」

「そう?樹のせいじゃないさ。ふふふ……」

僕が少しだけ微笑むと樹は少しだけ顔色が悪くなってしまった。なんか僕悪いことしちゃったかな?

今日の仕事は、雑誌社のインタビューと写真撮影だったんだが思った割に樹の表情が硬かったみたいで写真撮影はまだインタビューが終わっていないほかのメンバーと一緒に撮影することに変更になった。

「樹どうした?」

「ちょっと疲れただけ。あの女の人じゃないけど」

そういえば最近は、ミュージカルのオーディションを受けるためのレッスンがかなり厳しいのか。

「休みは?」

「とりあえずあるよ」

「寮が嫌なら、綾瀬先生のところにでも行くか?」

「いいの?太一さんの所に行っても」

「行くときは社長に言っておけよ」

「さわっちは?明日誰かの同行じゃないの?」

「俺はこれで今日の仕事は終わりで直帰だし、明日は有給で休みだから」

「ふうん。分かった。事務所に戻ったら社長と相談するわ。さすがに連休じゃないから実家には帰れないしなあ」

「彼女の件は早期解決できるようにするから」

「えっ?もう動いているの?」

「もちろん。何もしていないと思っていたのか?」

「どうしようっておろおろしているかと思った。見た目だけ変えてごまかしたのかと」

「見た目はあながち間違っていないけど。大丈夫。どうにかなるさ。それじゃあお疲れ」

僕らは渋谷の駅で別れて歩き始めた。


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