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「社長……お願いがあります」

「どうしたんだい?」

「僕が社長に話したことをまだ覚えていますか?」

「ああ、婚約破棄のことね。覚えているよ。あれからもう6年か。なにかあったの?」

「確定はできていないのですが、最近事務所の近くで僕のことを探っている女性がいるらしいんです」

「ああ。マカロンイベントで顔出ししちゃったしね」

「そうなんです。ストーカーの対処と彼女だった場合の対処は違いますよね」

「彼女って接見禁止つけてる?」

「そこの交渉は高校の先輩が弁護士なので代理人をお願いして全部対処してもらいました」

「今回はどうする?」

「先輩に元彼女が何をしているのかどうか、彼の知り合いの興信所で調べてもらっています」

「相変わらずそういう行動は早いね。澤田君はどうする?」

「まずは、少しだけ僕も買えます。髪型を変えて少しだけメッシュを入れますがいいですか?」

「いいよ」

「それとふうのウィッグを一つ借りてもいいですか?」

「そこはふうと相談してくれればいいよ」

「最後に似非ホスト風でマネージャー業務をしたいので、社長の奥様に何パターン化コーディネートをお願いします。金額は言われた金額出します」

「似非ホストは辞めたら?チャラい広告代理店位から始めなよ」

皆がいいねと言っていた似非ホストの前にチャラい広告代理店に擬態したらどうかと社長に言われた。確かに僕の今着ているスーツは一般メーカーの営業でも十分通用するだろう。

「それもそれでいいかもしれないです。小物まで徹底的にお願いします」

「澤田君は厄介なことに巻き込まれて大変だけど、大丈夫?」

「もう逃げませんよ。そういうことなのでお願いします」

分かったよと社長が言ってくれて、すぐに奥さんに連絡してくれた。今日は書店での写真集の打ち合わせをしたら業務終了なので、出版社の最寄り駅で奥さんと合流して僕を改造することになった。


「大変ねえ。お願いだから事務所を辞めないでね」

「辞めませんよ。だから、擬態してでも戦うんです」

「そう。弁護士が必要なら……でも澤田君の知り合いには弁護士は多いんだっけ?」

「専門が見事にばらけているのでたくさんいてもピンポイントに合う人は少ないですが、当時の相手方の近況を調べてもらっています」

「そう」

「彼女じゃないストーカーなら会社の顧問弁護士さんにお願いします。僕の件も一度顧問弁護士さんに報告はした方がいいですよね」

「うん、旦那が言っているとは思うけど、当時の書面があればそれを持ってきてくれたらいいと思うわ」

「それなら、担当してもらった高校の先輩と一緒に伺えるようにします」

「で、今回の依頼は聞いているけど、最初に髪の毛どうにかする?」

「そうですね。チャラい広告代理店ですよね。美容院で言って分かってもらえますかね」

「大丈夫よ。今回は私が店長を澤田君に指名しておいたから」

事務所に転職してから、今通っている美容院を紹介してくれたのは奥さんだ。ちょっとだけ癖のある髪で手入れが厄介だった僕は、個々のスタッフさんとの出会いはかなりの収穫になっている。

「美容院でメンテナンスの間に、私はセレクトショップで見繕ってくるけど、美容院のスタッフルームでサイズの採寸をさせて頂戴。最初はチャラい広告代理店を目指しましょう。私服も併せて用意しておくから」

「はい、支払いはどうしましょう?」

「忘れていたわ。でもセレクトショップは澤田君も知っている店だから……ちょっと確認するわ」

「僕、一応現金を下ろしていますよ。美容院にも行くんだしと思って」

「あら、そうなの?それを預かってお釣りを返せばいいかしら?」

「はい、今回は小物……時計・バッグ・靴・マフラー・ネクタイもお願いしたいのでちょっと金額は多めにしてありますから」

「えぇ。そんなに高額になるの?大丈夫?」

「お店で買ったものは、夜に僕のマンションに届けてくれるんですよね?足りない額はその時に払いますから」

「なんか、澤田君って堅実なのかいい加減なのか分からないわ」

「いつどこに行くか分からないので、財布には多めに入れてありますし、自宅の金庫も、事務所のロッカーの金庫にもそれなりの額の現金を入れてありますよ。事務所の場合は外貨も少しはありますけど」

「微妙にお金を持っている人ってそういうところは余裕よね。そこを狙ってくる子もいるんだから気を引き締めなさいよ」

「分かっていますよ。二度目はもう嫌です」

「そうね、そういうことにしておきましょう。ガードが堅いって評判だし」

「そうですかね?買い被りすぎですよ」

美容院に着いた僕はあっという間に脱がされて、採寸された「あらっ、無駄に贅肉がないじゃない。これを細マッチョっていうのかしら」なんて怖いセリフを言いながら終わるころにはこっちに来るわなんて機嫌よく奥さんは美容院を後にした。


「じゃあ、思い切って大改造しちゃおうか。見た目だけでもね」

美容院のオーナーと店長の微笑みがとっても怖いのは気のせいだろうか?


美容院での風景

「澤田君、少しだけ髪の毛の色を明るくしましょう。それから似合ったメッシュを入れましょう」

「はい、お任せします」

「髪質を活かしながら、澤田君でも簡単お手入れができるようにしましょう」

「何か……注意が必要ですか?」

「そうだね。月に一度はお店に来てね。根元が黒くなると困っちゃうでしょ?」

「そうですね。それなら次の予約も入れてもらえますか?」

「大丈夫?仕事とかは?」

「そうしたら後で変更をお願いしますね」

「まあ、澤田さんはいつも最終なのでこちらも分かっていますよ」

ちょっと待っていてくださいね。ちょっと準備をしてきますのでと言ってオーナーさんはスタッフさんと一緒にバックヤードに行ってしまった。

暇になった僕は、スマホでメールをチェックすることにした。


「オーナー。見ましたか?」

「うん。表面にはないけど……一気に増えちゃったね白髪」

澤田君の後頭部は、一気に白いものが増えていた。先月カットに来てくれた時にはそこまで目立つものではなかったのだが。本人がカラーをしたいと言わなければこちらから誘導するつもりでいた。

「あの……このことは本人には言いますか?」

「今じゃなくていいんじゃない?澤田君から見えるところにはほんの数本しかないんだから」

「そうですよね。でも、あの人って本当に30になる人なんですか?見た目だとそんなふうには見えないですよ」

「この店をオープン当時からのお客さんよ。最初はもっと若くって就活ですって言われても違和感なかったわ。もう少しふわふわとしていたかしら」

毛先に少しだけ癖のある彼の髪の毛は少しだけ柔らかいので見た目はふわふわとして見える。特に手をかけていない彼の髪はとてもきれいで何度かカットモデルをお願いしたことがある。

「今回はどうする予定ですか?」

「毛先を今までは抑えていたんだけど、少しだけ散らしてふんわりとしたイメージをつけてみたいわね」

「今までの髪だとお堅いフロアマネージャーとかに見えますよね」

「そうね。せっかくの業界の人だから少しだけ遊び心を入れてもいいかと思ってね」

「楽しそうですね」

「そうよ。協力してあげてね」

「分かりました」

折角のイメージチェンジの依頼。ちゃんと叶えてあげたいと思うのは当然だと思うのよね。


あるアンテナショップでの風景

「えっ、本日閉店ってなってますよ」

「いいの。今日は裏口からよ」

奥さんに連れられたアンテナショップは閉店している。そんな僕の腕をひいて奥さんは裏口に向かって行った

「ごめんね。貸し切りでもよかったんだけど」

「いいのよ。今日は売り上げが上がったりだったから。それに澤田君がその分の売り上げをチャラにしてくれるって話だし」

この店は、店長は男性でオーナーが女性で男性服をメインに取り扱っている。僕を接客してくれるのはオーナーだ。いつもいる店長がいない。

「あの……店長は?」

「あの人?店の在庫と戦っているわ」

「大丈夫?かなりごっそり貰っていくけど」

奥さんの言葉にかなり不安になってしまう。

「えっ、僕そんなに今日は持ってないです」

「今手元の現金はいくら?」

封筒の中にはロッカーの金庫から出したものと途中の銀行で引き出した分で、ちょうどいいと思える金額が入っているはず」

「それだけあれば大丈夫よ。1週間着まわせればいいんでしょ?うちの店で買ってもらったものを使いまわせばいいんだから」

「まずはスーツね。うちで買ったものはとりあえず封印して」

そう言って渡されるのはかなりシェイプされたデザインのもの。

「僕、これ着れないですよ」

「あら?美容院で採寸してくれたのを元に用意しているから大丈夫よ」

と言いながら僕のスーツを脱がされ、ネクタイも外された。

「えっ?ここで脱ぐんですか?」

「大丈夫よ。私たち見慣れているから。それにパンツまで脱ぎなさいって言ってないでしょう」

とベルトにまで手をかけられた。彼女たちの見慣れているというのを信じるしかない。

「分かりましたよ。脱ぎますよ」

諦めて僕はベルトも外し、スラックスも脱ぐ。恥ずかしいのは恥ずかしいが、さっさと終わらせるにはこれしかないと腹をくくる。

「そうね、アンダーシャツも脱いでくれない?」

「どうしてですか!必要ないですよね!」

「私たちに癒しと潤いを与えようという心意気はないわけ?」

僕が脱ぐとどうして潤いになるんだ?そこでふと思い出した……もしかして。

「澤田君、折角割れている腹筋を披露しなさいよ。だって、この子うちの事務所の子たちよりもいい筋肉持っているのよ。私だけが楽しんだなんてもったいない」

あぁ……やはり情報源はあなたですか。諦めてアンダーシャツを脱ぐと少しだけ空気がひんやりとして思わずくしゃみが出た。

「凄い。お腹割れてます。体鍛えているんですか?」

「体力が資本の仕事だからね。でもアスリートじゃないから」

「頭もよくて、対人スキルもあって、この体。何、このハイスペック」

「そう言われても困ります。あの……そろそろ着てもいいですか?」

僕の体を、いつもにこやかに対応してくれるお店の女性陣の皆さんが僕の体をぺたぺた障っている。気持ちいいというよりはくすぐったい。

「しょうがないわね。とりあえずコーディネートが終わってから続きをしましょう?その位はいいでしょう?」

思わず僕は頷くしかない。そうじゃないと無事にこの店から帰らせてもらえない気がした。

「それにしても思い切ったイメチェンね。ちょっと毛先を遊ばせて」

「あっ、それ癖毛です。今までは隠すようにしていたので」

「だから今まではあんなかっちりしていたのね」

「あっちは仕事のできる男性に見えたけど、こっちは優しそうなお兄さんみたい」

「それは嬉しいですね。実際に双子の兄貴ですから」

「えっ、双子ちゃんがいるの?今いくつ?」

「中学ですよ。両親がアメリカに赴任している間に出産したんで」

「そっ、そうなんだ。それじゃあ、小さい頃って遊ばせているとパパと言われた?」

「それは基本です。今も言われます」

「そうそう、双子ちゃんの写メあるわよ。見てみる?」

なんで、奥さんが持っているのかわからないけどまあいいや。

「ほらっ、宣材写真を作るときに、スタイリストしたときにね。言うのを忘れてた」

「それっていつですか?」

「えっと、秋に学校の振り替え休日があると言ったときかな。知らなかった」

「聞いていないです」

「いつまでも小学校の頃じゃかわいそうだから撮ったのよ」

「そうですか。あまり積極的に仕事していないのに申し訳ないです。あのそろそろ服を着てもいいですか?」

「そうよね。それじゃあ始めましょう」

そういって、しっかりと2時間以上は着せ替え人形よろしくの如く弄られ倒された。

そして気が付いたら店舗用のスチール写真の撮影までこなす羽目にあった。

「本当に顔はでませんね?」

「出さないから。安心してよ」

「ギャラの代わりに、お安くするから」

「それじゃあ商売あがったりじゃないですか」

「また春物を買いに来てね。3月中にいらっしゃい」

「はっ、はい」

抱えきれないほどの大荷物になった頃に、車を運転してきた社長に回収されて無事に僕の変身計画は終わったようだ。


「大丈夫ですか?澤田君。かなり疲れているようですよ」

「怖かったです。女の子って筋肉が好きなんですね」

「そりゃそうよ。脂肪がタプタプしているのも嫌だし、がりがりも嫌よ。顔が澤田君じゃなかったらって素直に思ったわ」

「なんか……それ……辛いです。言われている僕自身が」

「そっか。事務所にジムスペースでも作るか?事務所専属のトレーナーがいればいいよな。社員も福利厚生で使えるようにすれば問題ないよな」

あぁ……またそうやって事務所がまた分からないものになっていくんですね。ちなみに僕らの事務所の一階の会議室がある。午前中は会議室として使うが、午後3時以降は地域の人にも開放してカルチャー教室をしている。料金は地域の相場と同じなのだが、かなりの人が利用してくれる。

「まあ、あなたには考えがあってのことよね。任せるわ」

えっ、社長の思い付きにそれで終わりなんですか?いつもこの調子で仕事の幅を広げていったことを目の当たりにしていると、まあいいかと思えてしまえる自分がいる。

「それよりも、澤田君がうちの事務所のタレントたちよりもいい肉体美を持っているということの方が社長としてはダメージですね。この癒しは……カレーの日の前にカレーを作ってくれませんか?」

「カッ、カレーですか」

「はい。僕は当日事務所にはいないので。焼きカレーの権利はいりませんから」

「分かりました。できれば3日前に言ってもらえませんか」

「うん。それは社長秘書に言っておくから。僕も仕事しないといけないですね」

社長は微笑みながら、ハンドルを握って僕の自宅に向かって行くのだった。


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