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「お疲れ様です」

「皆さん楽屋にいらっしゃいますよ」

「今日の僕は運転手ですから。これ皆さんでどうぞ」

「すみません、いつも気を使ってもらって」

「毎年長時間お世話になっていますから、この程度で申し訳ないです」

「遠慮なくいただきますね。これは……奥様の手作りですか」

「いいえ、僕が作りました。では失礼しますね」

僕は入館許可証を警備員さんに手渡してから差し入れのクッキーを手渡す。確かに僕の年齢だったら奥さんが作って持たせてくれたと解釈するのか……切ないな。

通い慣れた入り組んだ通路を通って楽屋がずらりと並んでいるフロアに辿り着く。僕らの事務所は、初出場のバンドを抱えた事務所さんと一緒だったと思う。もちろんその分の差し入れもしっかりと用意はしてある。去年は巨大プロジェクトチームと一緒だったので今年の三倍は用意したけど、今年はそこまでは必要でないと思っていた。今日は楽屋になっているけれども、普段は会議室だったりしているところだ。本来の楽屋は大御所と呼ばれる皆さんが使っているので頑張ろうなとアイドル達を奮起させるいい機会でもある。

「お疲れ様です」

「「さわっち、お疲れちゃん」」

「すみません。呼び出してしまって」

「いいんですよ。実家のリビングかモニターの違いでしかありません」

「何?さわっち。実家から来たの」

「ああ。寿(ひさし)の奴が実家に泊まるって五月蠅かったから実家に置いてきた」

「うわあ……それって嫁を実家に預けて飲み歩く旦那さんみたい」

「ちょっと待て。お前達。寿は高校の同級生だぞ。お兄さん夫婦が新婚さんで実家が二世帯住宅に変わってしまって帰るに帰れないって泣きつかれてさ……察してくれよ」

寿っていうのは、白戸の名前。本当におめでたい奴だ。僕も滅多に名前であいつのことを呼ばない。

「何?昨日も男子会だったわけ?」

「そういうこと」

「なんだよ。澤田さん。男子会って」

「高校の同期達が俺の家に泊まり込んで飯食って、カラオケして泊まり込んで帰っていく……まあ……そんなものだ。なんだ?お前も参加したいのか?」

「えっ?いいの?」

「お前は酒が飲めるからな。僕の同期の他にたまに先輩とかもいるけどそれで良ければ今度飲み会の時に来いよ」

「やったあ。飯が食えるぜ」

そうだよな。こいつは純粋に飯狙いだ。事務所で自主練していて食堂が閉まって茫然としているところを僕が拾って自宅で飯を作ってやってから、時折僕の家に泊まりにやってくる。

「何?さわっちの飯って上手いの?俺も行ってもいい?」

「翌日のスケジュールがオフの時な。食べたいものは泊まる三日前までには言えよ」

基本的に食べたいものがあるのなら事前に言ってもらうようにしている。そうでない場合は家にある食材で取りあえず作るから文句は誰にも言わせない。

「お前、カレーの日のカレーってほとんどさわっちの手作りじゃん」

「マジか。女子力高いな。っていうか、女の子のようなお菓子の甘い匂いしているじゃん」

「ああ。実家に戻る前に時間があったから、クッキー焼いて来たぞ」

僕は大きな箱の方を里美さんに手渡した。

「すみません。ありがとうございます」

「この位しか作る時間がなかったんだけどね。あの、よろしければいかがですか?」

僕は、相部屋になっている事務所のマネージャーさんに手渡す。

「いいんですか?僕等まで貰ってしまって」

「うちの子たちが騒ぐでしょうから、その迷惑料も込みですよ。いつも共演の際には親しくしてもらっていますしね。さっき焼いてきたのでご安心ください」

僕の背後では、既にクッキーの争奪戦が始まっている。最低でも一人五枚は食べられるはずなのだが……。僕は頭が痛くなってこめかみを抑えてしまう。

「大丈夫ですか?座ります?」

マネージャーさんが僕にパイプ椅子を広げてくれた。お言葉に甘えてと僕は腰掛ける。

「本当にそちらの事務所は皆さん仲がいいですよね」

「そうですか?先輩も後輩もなく、同じレッスンの時は一緒に受けさせる方針ですので」

「それは斬新ですね」

「先輩ができるのをみて奮起させるのと、後輩がいるので手を抜けないと思ってくれたらいいんですけどね」

「ところで、あの女の子は……新人さんですか?」

「はい、ご挨拶がまだでしたか。ふう、なっちゃんちょっと」

僕らはふうとなっちゃんを呼ぶ。今日のなっちゃんは里美さんにたっぷりといじられていてとっても大人びた感じだ。二人は返事をしてから僕の所に来た。

「ふう、なっちゃんはご挨拶した?」

「すみません。この子は、ナツミです。僕と一緒にコンビニスイーツのCMをしています」

「初めまして。ナツミです。よろしくお願いします」

「ナツミちゃんか……。楓太君と一緒にCMソングを歌っている?」

「はい。素人同然なのですが」

「いいや。あのCMには二人の歌声がぴったり合っていると思うよ。また凄いダイヤの原石ですね。今日はステージに上がるんですか?」

「はい、先輩のバックミュージシャンとして参加させてもらいます」

「それってコーラス?でもちょっと違うよね」

今日のなっちゃんの衣装は、ローズカラーのドレスだ。同じ色のハイヒールにハーフアップですっきりと纏めている。毛先はかなりしっかりとカールされている。

「諸事情があって、ピアノを演奏することになりました」

彼女と共演する先輩たちもいつもの衣装ではなくて、スチームパンクのテイストを施したブラックスーツを着ている。

「今日の演奏は楽しみですね。こういったホールでの演奏は?」

「えっと……澤田さん……」

「この子は、既にピアノでは高評価を得ているんです。何度かリサイタルでジョイントさせて貰っていますので」

「そうなんだ。それじゃあ楽しみだね。楓太君はお世話係なのかな」

「そうですね。僕も彼女から学ぶことがたくさんありますので。ね?先生」

「今、ここで言うことないじゃないですか」

「今日の演奏を楽しみにしていますよ」

「ありがとうございます」

どことなく、タヌキの化かし合いのような微妙な時間も緩やかに過ぎていった。


次回は、澤田家でお留守番をしている人たちの話になります。

(歌番組の描写はしません。お好きなアイドルをモチーフで想像してください)

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