名刺貰えますか?1
時間としては、前の「そして僕は途方に暮れる」から続きます。
午前中に打ち合わせが終わって再び自宅に戻る。冷蔵庫から解凍させたクッキーの生地を取り出して、ちょうどいい大きさに切り分けて天板にシートを乗せてから並べてオーブンで焼くという行動を数回繰り返していくと、実家で食べる分と差し入れ分位には十分な量のクッキーが焼きあがった。
実家のほうは簡易なビニール袋で十分だが、差し入れの方は実家から貰ったお歳暮の箱にクッキングシートをちょうどいい大きさに切って敷き詰めてからがさっと詰め込む。里美さんとなっちゃんとふうの分だけは取り分けて小袋に詰めて終わる頃には白戸との待ち合わせまで後一時間前といったところだった。
今日の待ち合わせは午後三時にマンションのエントランス前。中学生のデートの待ち合わせみたいな感じでちょっとだけ切ないなあと思わなくもない。
「今のうちに食べないと後が辛いよな」
自宅に戻ってから昼食を食べずに差し入れの準備をしていたので手っ取り早く食べられる冷凍パスタをレンジに放り込んでスイッチを押す。その間に電気ケトルのお湯が沸いているので、カップスープの素をマグカップに入れてお湯で溶かす。
スープが冷めて飲み頃になった頃に丁度パスタの方も出来上がったようだ。
手早く昼食を澄まして、簡単に洗ってから水切り籠に入れる。実家で過ごすのは明日のみだから今日はこのままでも大丈夫だろう。
僕の仕事始めは一月三日だ。なので、今日は送迎のピンチヒッターをこなせば完全にオフになる。逆に里美さんは国営放送の番組が終了するまでは待機するので日付が変わってかなりたたないと仕事納めにはなれない。社長の方針で、グループに二人マネージャーがついている場合は、どちらかが最後の仕事についていくというルールになっていて、去年は僕が一人でこなしていたのもあって今年の年末年始は少しだけ休めることになっていた。その代わりに仕事始めの時は先に休んでいた人が仕事をすることになっている。そのため、里美さんの仕事始めは一般企業とほぼ同じ位になっていたはずだ。
「あいつらにも本番後には来月の後半分のスケジュールが回るはずだよな」
基本的に僕らの業務は彼らが受けたオファーによって変わってくる。里美さんがなっちゃんと過ごす時間がこれから増えるので、僕がビビットに係る時間も必然的に増えてくる。年末進行で一時海外ロケの通訳も兼ねてモデル部門のヘルプもしていたので、ビビットの仕事に専念するのは久しぶりだ。
ざっと後半分のスケジュールを見るとメンバー全員が一月二十二日のスケジュールだけがぽっかりと空いていた。正しくは、その日は事務所のレッスンルームで一日中レッスンをすると去年から宣言されていたものだ。
「絶対とは言えないと言ったはずだけども、本当にその通りにするとは……」
僕は苦笑する。去年はレッスンのメンバーと仕事をしていたメンバーでちょっと面倒くさいことをやらかしてくれたから。まあ、世間的にも食べ物の恨みは恐ろしいっていうわけだし。
「あいつらだけじゃないんだろうな。カレーの日にレッスンをわざと入れているのは」
その目的は自分で言うのも変だけどもカレーの日に食堂でご飯を食べたいという……まあ呆れ果てる理由だ。
そして自分のスケジュールも確認する。僕のスケジュールは笑ってしまう位もっと分かり易いものだった。ご丁寧に前日は一日中自宅待機で当日は食堂勤務となっていた。
「社長もこれでいいって思っているところは大丈夫なのか?うちの事務所」
少しだけ頭を抱えてしまう。そう、二十二日はカレーの日。作るのは食堂のおばちゃんではなくて、僕が全権を持っておばちゃんたちがサポートする日なのだ。
きっと食堂には来月のメニュー表にものっているはずだ。去年もそうだったから今年もきっとこう書かれているのだろう。
ミスター澤田プレゼンツ 特性カレー(サラダ・スープ付)と。
何気なく、食堂のおばちゃんにレシピを聞いたお返しにと僕が作ったカレーを振る舞ってそれが好評だった結果が……これだ。
もちろん、食材とかのお金はちゃんと事務所から貰える。その代わりに前日の前から材料を仕入れたりするので自宅の冷蔵庫がカレーの食材に支配されていることを知っている人は多分社長だけだろう。
「まあ、今年も僕はカレー職人になればいいだけだけど」
実家に持っていく荷物と差し入れを入れた紙袋を持って玄関まで移動する。待ち合わせまであと五分。白戸のことだからエントランスについた時にラインで知らせてくれることになっている。
「まあ、先に行っていてもいいよな」
珍しく白戸を待ってもいいという気分になった僕は戸締り等の最終確認を済ませるのだった。