そして僕は途方に暮れる 1
忘年会の翌日(=大晦日)の朝に千紘が過去を回想します。
今回はお料理ができるようになる過程と海外赴任から戻ってきた両親との再会です。
同期達との新年会が終わって、皆と別れてから自宅のパソコンの電源を起動させる。
メールチェックすると、里美さんから返信が必要なメールがあった。午後に二件あった打合せが一件来年に変更で一件は午前中に変更になっている。昨日はほとんど飲んでいないので、だるさもない。眠気覚ましにコーヒーを入れてから里美さんのメールに返信をすることにした。
「すみません、打合せ後にオフだったと思うんですけど……急きょ一件お願いしてもいいですか?」
「それは?」
「今夜の歌番組でなっちゃんがサポートメンバーで演奏するのは知ってますよね」
「うん、実家のリビングで見ようと思っていたけど」
「すみません。なっちゃんの送迎担当が……」
里美さんの言葉が詰まった。言いたいことはなんとなく分かった。
「インフルでダウンかい?いいよ。なっちゃんの送迎だけなら担当するよ」
「すみません。その時にふうも一緒に回収してください。実家の絡みで元旦には実家にいないといけないそうなので」
「それなら、ふうの実家に二人を届けたらいいのかな?そこを確認して僕のメールに送っておいて」
「そういえば、昨日は同級生と忘年会でしょ。飲んでないんですか?」
「今日も仕事があったから、ほとんど飲んでないよ。何かあれば連絡をください」
「分かりました。年末もバタバタしてしまってすみません」
「毎年こんなものでしょう。慣れですよ」
「はい、分かりました。失礼します」
急きょ夜に仕事が入ったけど、難しいものではないから引き受けた。白戸と一度実家に行ってから局入りすれば問題は何もない。途中で皆に何か差し入れでも用意しておこう。
昨日のうちに片づけてあるから、特にこれといったことはしない。今朝はトーストとコーヒー。用意してからリビングのソファーに座ってテレビの電源を付けた。
「今年は夜からオフだと思ったんだけどな。まあいいか。差し入れは何がいいかな」
そういえば、冷凍庫にパイシートもクッキー生地もあったなあとぼんやりと思い出す。打合せまでには後3時間ほどあるから、クッキーを焼いてから打ち合わせに行ってから再び自宅に戻ればいいかと予定を立てた僕は早速準備をすることにした。
「そう言えば、このクッキーも西月先輩に教えてもらったんだよなあ」
僕が入学した時には生徒会の副会長だった西月先輩。料理は目玉焼きが焼けるレベルだった。僕の料理の腕が上がったのは、西月先輩なしには語れない。ある時には励まし、ある時は厳しく、根気よく僕に教えてくれたのだ。その結果、知人・友人共に料理を作るというと作ってほしいという料理のレパートリーがあるだなんて、学園に入学した当時の僕では思ってもいなかったことだろう。一番リクエストが多いのはカレーだったりするのはどうしてだろう。
先輩方にかなり強引に生徒会役員にされてしまったけど、結果的には僕にとってその出会いは間違いではなかったと思う。最近では直接先輩方に会うことは……こないだ学園の同窓会があったけど、個人的に会う人ってなると凄く限られてしまう。
静かで落ち着いた環境というのがちょっとだけ表示偽装な時期もあったけれども、概ね静かで充実した学園生活だったと思う。
両親がニューヨーク赴任をした最初の夏は、僕も夏休み期間中のほとんどを両親がいるニューヨークで過ごしていた。学園に入学するのが決まっていろいろな手続きをしたのだけど、どうしてパスポート?と思ったけれどもその為かいきなり両親から夏休みにニューヨークに来るようにとメールが来た時は、そういう事かと納得したものだ。
そして、それ以降の休みは、生徒会や部活等があったから両親の所に行くことは一度もなかった。何かあたっらメールで相談すればいいし、何より日本からニューヨークはそんなに気がるに行ける距離じゃないのも理由だろう。
その間に何度か祖父母の家に行ったりもしていたけど、僕が両親の元に行かない期間で両親たちに何が起こっていたのかなんて誰も教えてくれることはなかった。
その結果は、僕が学園を卒業して国立大学の合格も決まったお彼岸のある日に、両親を迎えに行った成田空港の到着ロビーで判明するのだ。
「あれから……だいぶ経ったよな。それだけ僕もおじさんになったってことか。ちょっと切ないな」
コーヒーを一口含んで、そっと目を閉じる。思い出すのは成田空港で突き付けられた現実だった。
「そろそろ、父さん達が来てもいいんだけどな」
今日帰国するから成田に迎えに来てほしいと父親からメールを貰ったのは二日前。ほぼ時刻通り両親が乗った飛行機は到着したのだが、一向に二人の姿を見ることはない。
「ちーちゃん?」
かすかに俺を呼ぶ懐かしい声がする。その声を辿っていくとそこには久しぶりに見る両親の姿。でもそこには首をかしげたくなる存在が腕の中に納まっていた。
両親の腕の中には、男の子と女の子が一人ずつ抱っこしていたんだから。
「おっ、お帰り。えっと……養子でも貰ったの?」
「嫌だ、何を言っているのよ。この子ったら」
「そうだよ。千紘。お前の血のつながった兄妹だよ。ほら、お兄ちゃんだぞ」
「はあ?俺、知らないんだけど!!」
冗談にしても寝言は寝て言えって言いたくもなる。ってか、本当にこの子達俺の兄妹な訳?えっ……ってことは……あまり考えたくないことが思いつく。
「ちょっと待てお前。去年の年末にじいさんから聞かなかったか?」
「えっ?じいちゃん?じいちゃんから……聞いたかも。あの時、結構ショックなことが続いていたからさ記憶から抹殺していたかも」
「ちーちゃん……ごめんね。ちょっと辛い思いさせて」
「いいや。そういう意味じゃないから。学校で役員やったり部活やったりしていただけだから」
母さんが、ちょっと勘違いしていそうだったので、俺は慌てて言い直す。全てが嘘ではないけれども、それなりに忙しかったのは事実だ。
「で、どうして……今頃」
「ごめんね。ちーちゃんが日本に帰ってから寂しくなってな」
「ちょっとだけハッスルしたら……できちゃったの。本当よ」
あっけらかんと俺が知らなかった事実を告げる両親を見て茫然とする。ってか、どう見ても乳児というには大きいから一歳は過ぎているだろう。母親が妊娠しているときも、出産してからもメールは送っていたのに、どうして肝心な家族が増えるというその知らせが俺の元に直接来なかったのだろう?それも生まれて結構たってから祖父からついでみたいな感じで報告されたんだ。
「まあ、家族が増えたのはいいよ。でもさ、俺詳細は一切知らないんだけど」
「父さんらしいと言えばそうなんだが、任せておけって言葉を信じなければよかった」
「やだ。あの人たちを信じちゃったの?それはダメよ。後、ちーちゃん。お母さん疲れたからチェンジ」
じいちゃんの能天気さをそのまんま受け継いだ倒産に任せた母さんにも少しはどうよと思うけど、子供一人でも大変なのに、アメリカで二人なんだからこれ以上追求するのもかわいそうかと思う。それにしてもお兄ちゃんか。実感ないな。
俺に有無を言わせず女の子を押し付ける。母の腕に抱かれていた女の子は俺と初めてのはずなのに、俺に両手を伸ばしてきた。
「いいよ。おいで。で、この子の名前は」
「紗良よ。もう一人は賢よ」
もっと両親に言いたいことがあったはずなのに、全てを有耶無耶にして俺たちはかつて暮らした自宅に戻るのだった。
「ってか、息子の前でハッスルしてできちゃったのって……ぶっちゃけすぎだよ。もう少し言い方をどうにかできなかったんだろうか?」
あの日の事を思い出して、自分の心は狭くない、むしろ皆に忘れられていたことを思い出して再び切なさをかみしめるのだった。