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今回はちょっと長めです。
「今年もおつかれちゃんでした」
「した」
白戸の忘年会開始の挨拶で恒例の忘年会が始まった。ダイニングテーブルとカウンターキッチンには出来上がった料理が並んでいる。
オーブンの中にはラザニアも焼き上がっていて待機中。これで料理がなくなったら、冷凍庫に入れてあるポテトフライとか、から揚げとかがテーブルに並ぶのが定番だが、今年は明日が大晦日なので久しぶりに実家に一晩帰ろうと思っていた。
だから、今回の忘年会は冷蔵庫が空っぽになっても特に構わない。
「ちいちゃん、今年の年末の予定は?」
「実家。大晦日の恒例のあのバラエティーを見て、除夜の鐘を聞きながら年越し蕎麦を食べてから初詣に行く予定」
「へえ、俺ちーちゃんの実家に行ってもいいか?」
「白戸……お前実家に帰れよ」
「実家さ……兄貴が嫁を貰って初めて実家にお泊りなんだって。そんなところに俺まで参戦したら、嫁さんが大変だろ?だから元旦に顔だけ見せる予定」
白戸にしては珍しく人を気遣うことが出来ている。いつもそうならいいのに。
「白戸がキャラチェンジ始めたぞ」
「何?義理のお姉さんに嫌われたくないんだ」
奴らはそんな白戸の変化が面白いらしく弄っている。
「そりゃそうでしょ。新しい親戚だし。お前ら結婚とか考えていないのかよ」
今度は白戸に聞かれてしまって、微妙な空気が流れ込む。そうなっているのは僕だよなあ。
「僕は仕事が忙しいからね。それに恋人にしたい人は業界の人じゃないから出会いは笑っちゃうくらいにないけど……まま幸せだよ」
「オカン……それは本当に言っている?合コンまではいかないけど、紹介してもいいと思える子がいるけどどうだ?」
藤田が僕の言ったことをちょっと疑っているみたいだけど、僕はその時がきたらどうにかなるだろうと思っている。
「そうだな。俺の職場にもオカンになら紹介してもいいかなって思える子がいなくもないよ」
「毎日お弁当を作ってくることかがいいんだろう?」
「そうだね。自分の身の丈にあっている地に足をついているこがいいな」
「あっ、ちょっとだけ現実的になったな。でも基本ベースは女の子らしいかわいい子だよな」
「そこはちょっとだけ訂正。顔が可愛いじゃなくて、女の子からもかわいいと言われる子がいい。家庭的なことはできてもできなくてもいい」
「あれ?お弁当は手作りなのに?」
「お昼に毎日自分で握ったお握りでもいいんだよ。料理が苦手なら一緒に作れるじゃないか。きっと楽しいと思うんだよね」
「そっちか。オカンは一緒に楽しむことを優先したいってことか」
「そういう方向性だと、今までの彼女はまるっきり逆だったから」
「そうだね。まだ僕も若かったんだよ。そういう事でよろしくお願いします」
僕は皆に頭を下げた。普通の女の子に出会う可能性は今の僕の生活ではかなり低い。そうなると同期や先輩たちから紹介で知り合いになることが多くなる。
実際、前の彼女と別れてから何人かの女の子を紹介してもらったけど、お友達どまりではあるけど、それなりに良好だと思う。
「そういえばさ、三年前にお前に紹介した子いたじゃん」
「うん、ラインではやり取りしているよ」
「あの子、結婚するんだって」
「良かったね」
「それでいいのか?結婚相手がさ、お前よりスペック低いんだけど」
「本人たちが幸せならそれでいいだろう?僕は関係ないよ」
「千紘……。お前、自分のスペックあの子に教えてないわけ?」
「もちろん。最初に僕を値踏みするように眺める子はお友達止まりでいいよ」
「あ……そういう女は彼女にはしたくないだったな。じゃあ結果オウライか」
「そうだね。今の彼女に僕のスペック言う気なの?仕事辞めても食べていける資産があるとか、元国家公務員とか年の離れた双子の兄弟がいるとか?」
「全部ばらすのは止めておけよ」
「そうだな。国家公務員だったことは隠しておいてやるよ。双子の存在はいいんだろ?」
「別にいいけど、今は難しいお年頃だからあまり盛って話すなよ」
「はいはい、見目麗しい男女だと言っておいてやるよ」
「双子か。大学の入学式の時始めてみたっけ」
「ああ、あの頃か。『にいに』が可愛かったな」
「そんな子たちが、中学生か。俺たちもオヤジに近づいたってことか」
「そんなことは認めんぞ。俺はまだ若い」
「そういいながら、こそこそリアップ使っているって聞いたけど」
「オヤジが禿なのだから、今のうちからお手入れしないと。老後に重要なのは髪の毛だ。金も必要だが、髪も必要だ」
秋山の髪の毛に執着する理由がようやく分かった。僕が里美さんから聞いた美容院に変え定期的に通っていることは知っていたが……お前もそれなりに苦労しているんだな。
「で、その効果は?」
「喜べ。兄貴たちは俺の年で剥げてきたが、俺はまだ大丈夫だ。仕事始め前にヘッドスパしないとな」
「それっていいのか?」
「いいと思うぞ。それと炭酸。すごく頭皮が汚れているのが分かって凹むけどな」
「そんなにすごいのか?」
「一度試してみたらどうだ?」
「彼女はそれを見てどうなんだよ?」
「無理って言って別れた子もいたけど、今の彼女は私も頑張るって言って美容院変えて一緒に通っているよ」
秋山の一言におおっとどよめいた。まあそうなるよな。服や趣味にお金をかけるのは分かるが、老後の自分の髪の毛に投資している姿に理解を示すというのは、将来が見込めるのではないか?
その後はいつものようにすべての料理を食べつくして、大きめのボールに簡単プリンの下で作った超特大プリンを〆に今年の忘年会は終わって、恒例のカラオケになだれ込んだ。
カラオケでは案の定、修吾が待っていて「今夜はよろしく」なんて涼しい顔で言うのだった。
来年の忘年会は一体どうなっているのだろう?僕の家で行うのもそろそろ難しいだろうな。そうなると、料理ができるどこかのスタジオを一日借り切って今よりもう少し早い時期にしたほうがいいのだろうな……と漠然と考えていた。
そろそろ起きているであろう実家に電話をかけて、大晦日に帰るときに白戸も一緒に年を越すことを電話に出た母さんに伝えるのだった。
忘年会を楽しんだが、午後には来年度の打合せが2件入っている。それが終わると僕も仕事終わりだ。僕の家にいつものように止まっている二人には僕のスケジュールは教えてあるから僕はいつものようにタイマーをセットしてベッドに潜るのだった。