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7-1 陽は落ちる

長い間、連載を中断して申し訳ございませんでした。

アルバトロス最終章です。手元に完結までの文章があります。見直しをしながらの更新となりますが、おそらく確実に終わる予定です。よろしくお願いします。

(※次話に登場人物紹介が入ります)

 夕焼けの色が夜空の下のほうまで押しやられていた。

 もう視界はじゅうぶんに薄暗い。長月(ながつき)三十日(みそか)は、モズのクイーンの足に抱えられて空を飛んでいた。彼女が飛ぶ高度は、高さ三百メートルにも及ぶ塔よりも上を行っている。命綱の存在が気休めになっているせいか、危惧していたほどの恐怖感はない。だが、その代わりに、三十日は沈黙を保てないほどの体調不良におそわれていた。

「す、すごく速くてありがたいんだけどさ……! その、もう少しなんと言うかな。安全航行でも……いいんじゃないかと……!」

 丘から飛び立ってからというもの、長月三十日は、その速度と上下の揺れに翻弄され続けていた。塔の昇降機で感じるような、内臓がゆらりと浮き上がる不快感に近いが、それの百倍も揺れが激しいと思う。ネーロの忠告どおり、食事を早めに済ませておいて正解だった。

「三十日さん。いま、なにかおっしゃいましたか?」

「えーと……うん! アルバトロスが、バーディーをきみに載せないで、ネーロに任せると言った理由がね! やっと、わかった……気がする!」

 クイーンは巨大化してもやはりモズなのである。

 彼女たちの飛び方は、カラスたちのしなやかな飛翔とは違っていた。翼の羽ばたきによる上昇と、滑空による下降を繰り返す波状線を描きながらモズたちは飛ぶ。飛んでいる本人はともかくとして、重力に揺さぶられ続ける乗客にとって快適とは言い難い。黙っているのも耐えられないが、あまりしゃべっていると舌を噛みそうだ。

「い、いや……とにかく、速いのは素晴らしいことだよ!」

「ネーロ先輩たちからは時間差で遅れて飛び立ちましたが、本当に追いつけたでしょうか?」

「たっ、多分、心配ないと思うね!」

 三十日は青い顔をしながら腕につけた携帯端末を見る。アルバトロスが予想したとおりの時間経過だ。夕闇に包まれた塔は影になり黒く見える。その上端には電波を送受信するためのアンテナが槍のように立ち、位置を示す電灯が赤く点滅していた。

 ――三十日とクイーンは忘れるな。着陸態勢に入る直前になったら合図をくれ。おれたちのほうは旋回しながら合わせられるんだ。

 作戦を実行するには、全員がタイミングを同じにする必要がある。北塔の姿が視界に迫ってきてまもなく、クイーンはその時を告げた。

「三十日さん、減速します!」

「……わかった!」

 腕の端末を指でたたく。これで、アルバトロスとバーディーにも信号が届いたはずだ。クイーンは尾羽をいっぱいに広げ、翼を開いた全身で風をとらえた。感覚的には急停止。三十日は足にぶら下がり、着陸の衝撃に備えた。飛び降りるつもりがつまづいて、固いコンクリートの上で一回転してしまった。

「大丈夫ですか、三十日さん!」

「ああ、それよりだ」

 背中と尻が痛むが、たいした打撲ではなさそうだ。三十日は端末を操作して、警備システムの一時解除を試みる。屋上に配置されている蜘蛛玉たちは、青いランプを静かに灯しているだけで、襲ってくる気配はない。

「警備の解除に成功したのですか?」

「わからない。おれが元々、ここに配属されていた記録が残っているせいかもしれない」

 三十日はクイーンの足につながっていた命綱を外した。警備システムが麻痺しているあいだに、北塔へ潜入して人質を探し出し、確保するのが三十日の役割だ。人質というのは、皐月五郎と師走一子のふたりだ。ここから下へは体の大きなクイーンを連れていけない。三十日の単独行動となる。

「危険になったら、上空へ離脱してくれ」

「少し待って戻らなければ、アルバトロスさまかネーロ先輩のほうへ合流、ですね。打ち合わせ通りに――」

 クイーンは言い終わる前に、その眼光を鋭く豹変させた。長月三十日が気づいたのはすこし遅れてからだった。塔の中へと通じる扉が開き、白く細い手とふわふわ揺れる水色の髪が現れた。

「あれは……二宮博士か!」

 身軽に階段をあがってきた女性を三十日は知っている。中央塔に所属する研究者、二宮(にのみや)(かえで)だ。裾の長い白衣の下は膝上のミニスカートで、やけに高いヒールの靴を履いていた。

「もー参ったよね。急に北塔に行けって言われてもさぁ。だったら警備を薄くするなって思うんだけどねぇ」

 楓は大きな独り言のようにつぶやいた。こちらには気づいているだろう。彼女のことは明確に敵とも味方ともいえないはずで、遭遇したら結晶を渡して見逃してもらうつもりでいた。長月三十日が懐に手を伸ばしたときだった。

「それは俺に対する皮肉か。守備隊の撤退は俺の判断じゃない」

 階段からもうひとり。

 深緑色の戦闘ジャケットとズボン、腰には銃剣を下げている。年齢より若々しく見えるその男は、騎士団の最高司令官の地位にある――

「伊吹……団長!」

 アルバトロスは、北塔の警備が最も手薄であろうと予想していた。長月三十日は、もとからよく知っている塔の中を問題なく探索できるはずだったのだが……。事前の作戦会議で、テーブルの上に身を乗り出しながら力説するアルバトロスの顔が脳裏に浮かぶ。

 ――だが、もしもだ。難敵に遭遇したなら、迷わず撤退か投降すべし、だからな!

 人質を救出するための行動だが、命を賭して戦うときではないのだ。三十日が騎士団に属する以上、逆らって勝てる相手ではない。それでも、使い慣れた背丈ほどもある護身棒を握りしめる。伊吹(いぶき)雄介(ゆうすけ)は、銃すら構えずにじっと立ちふさがっていた。

「長月三十日か。指令が下っている以上は、きみを見逃すわけにはいかん」

「伊吹団長、ここを通してください。僕たちは争いを望んでいません」

「それは我々も同じだ。誰も争いをするつもりはない。だが、互いの存在が計画の妨げになってしまうとき、どんな手段が選べるときみは思うのだ?」

 伊吹は道を譲る気がなさそうだ。

 とにかく、一時的とはいえ塔の警備システムを解除できた。最低限のことはやったのだから、無理に突入せず、脱出して次の機会をうかがうべきか。三十日は迷いながらもクイーンへ視線を送る。逃走のときの合図は決めてあった。そこに二宮楓が割り込んでくる。

「長月三十日くん、ざんねん! わたしたち、環境適応者(エボリューション)が来たら問答無用で捕まえることになってんの!」

 二宮楓は滑らかな板状の小型機器を抱えていた。板には操縦桿のようなスティックがふたつ突き立てられている。彼女は新しい玩具を自慢する子供のようにそれを掲げてみせた。

「じゃーん! これ、朝に完成したばっかりの、極秘開発の新製品!……ってコトで、動作試験に付き合ってくれる?」

 無邪気に笑う楓の背後。ビルの壁をよじ登って現れたものがいる。黒い、昼の可視光線の下ではありえない黒い虹のような輝き。大人の背丈よりもずっと大きな生物。あれは――インビジブルだ。姿は巨大な蛙そのもの。

「これ、インビジブル、って思ったでしょー。でもちょっと違うんだなぁ」

 楓は手に握っている板のスティックを指ではじいてみる。一回、二回。

 その動きに呼応するように、巨大な黒蛙がその場でびょんびょんと跳ねてみせた。つまり、楓は指先だけで大蛙を操っているということなのか。得体の知れないものに、長月三十日は悪寒をおぼえた。

「この装置はコントローラーっていうのね。以前の地球にこんなオモチャがあったんだ。電波を送って動きを制御してんの。そのカエルちゃんは大きな声で言えない手順で作ったやつで、さらに黒結晶を融合してみました」

 この怪物が、見た目どおりの俊敏さを誇る生き物であるならば逃げられない。それだけではなく、伊吹雄介も行く手を阻んでいる。自分が投降するしかないのか。人質の行方はわからないが、アルバトロスかバーディーが見つけてくれることを祈って。

「では、僕がおとなしく騎士団に戻ればいいんだろう。棒とスリングショットを捨てたら、後ろの鳥は逃がしてくれるよな?」

「うーん、惜しい。もういっこ条件があってね。伊吹団長が持ってるそれ、なんだか分かるかな?」

 伊吹雄介は気乗りしない表情で、底の丸いガラス瓶を取り出した。中では何か黒いものが動き回っている。その細い口は栓で厳重に封じられている。

「凪美由紀からの伝言で、『この瓶の中身を北塔にばら撒かれたくなかったら、叛逆者の全員は即刻出頭せよ』だそうです。さあ、早く早く。その端末で、小鳥ちゃんとアルバトロスに、計画はぜんぶ中止~! って連絡しなよ」

 長月三十日は立ち尽くす。万事休すか。

 楓の隣で、伊吹雄介が眉をひそめながらぽつりと呟いた。

「――この瓶の中身の正体を、俺も聞いていないのだがな……」

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