5-3 狩人たち
はじめの一日は、朝から森に入り、ひたすらに狩りをしていた。
「いつも通りでいいよ。捕って捕って捕りまくるんだ。獲物はもちろんぜんぶ食べちゃって。ただし、きみたちがお得意のアレ、何ていったっけ、早贄? 枝に突き刺して取っとくなんてのはナシだよ。食べられるぶんだけ無理にでも食べないとあとで困るからさ」
そう言ったのは先輩であるカラスのネーロだった。
最初から連携を組んで狩りをしようという案もあった。が、残り時間が少ないということで、二人ともが自分の腹をまず満たしておくという選択をとった。アルバトロスたちからもらう食べ物では、欲しいエネルギーが得られない。インビジブル共生体ならではの事情が自分たちにはあった。
そういうわけで、モズのクイーンは朝から晩まで昼寝もせずに狩りまくった。
慣れた畑に戻ってネズミや虫をとった。作業をしている長月三十日が遠くから手を振ってくれたので高鳴きで答えた。巣立ち後の若い小鳥もとらえた。鉤爪で押さえつけて羽毛をむしり取っているとき、ちょうどネーロに出くわした。怪訝な目つきで睨まれたので分け前をよこせと言われるかと思った。
「僕はそういうの、人間の目の前では捕って食べないようにしてる」
おかしなことを言うものだ。カラスたちだって同じものを狩るだろう。思わず羽をむしるのを止めて頭を上げた。
「どうしてですか」
「えっと……。その小鳥は人間からみると『可愛らしいもの』なんだよね。本能的に保護したくなる対象ってこと。だから、僕らがそういうのを人の前で食べたりすると印象が悪くなるっていうか……」
「つまり、狩りと食事は人に見せるべからずというのですね」
「それが無難だね。小型爬虫類とか両生類はだいじょうぶみたいだけど」
「なにか違うのですか?」
「うーんと……難しいんだよ。僕もはじめは毛が生えてモコモコしてるのはみんな可愛いかと思ってたら、それも違うみたいだし。とりあえず小型鳥類はダメって考えたらいいかな」
「ご指導ありがとうございます。覚えておきますね」
ネーロが飛び去ってしまってから、クイーンは周囲を確認した。誰もいないようだが、いつもバーディーたちが使っている道に近い。念のため茂みの中に場所を変えると、クイーンは解体しかけていた獲物に喰らいついた。恩のある主人に嫌われたくはないのである。人とは理解しがたいものだ。
そんなこんなで、いくら食べても満腹にならない己の体質に感心しながらも帰路についた。すでに夕暮れになっていて、隠れ家の前にいたバーディーが手を出して迎えてくれた。その指に着地しようとして、勢いが余ったので慌てて翼を開いて減速をした。
「ただいま戻りました、お嬢様」
モズはもともと発声のうまい鳥だという。いまや人の言葉がうまくなったとバーディーはよく褒めてくれる。
「クイーン、無事でよかった! 朝にくらべてずいぶん重くなったんじゃない?」
「たくさん食べましたから。兄弟に食べさせる以外でこんなに狩ったのは初めてです」
午後からは調子づいて縄張りの外まで飛んでいって、自分と体格の変わらない鳥を何羽も地に叩きつけたが、それは言わないことにした。先輩の助言とはありがたいものである。
「重さだけじゃないな。ひとまわり大きくなったと思うよ」
仮眠を終えた長月三十日はちょうど起きだしてきたところだ。彼は昼には畑仕事をして、日が落ちてから補助的に庭を見回っている。アルバトロスの考える作戦を行うのに、結晶はいくらあっても困らない。
「三十日の言うとおりだね。クイーン、羽を広げてみせてよ!」
「こう、ですか。ああ、そんなふうにみられると恥ずかしいです」
「恥ずかしいだなんて。クイーンの翼はとてもきれいなのに。ほんと、朝にくらべると大きくなってる。頑張ったおかげだね」
「お嬢様、ありがとうございます!」
長月三十日は一人と一羽へ片手をあげて歩き出していった。二宮楓への支払いは済んでいなかった。バーディーを中央塔へ連行して以来、彼女がジープに乗って現れることがなくなった。おかげで結晶は増えてきたが、物資や情報の調達は難しくなっていた。
日没後になってネーロが戻ってきた。彼もやはり可能な限り食事をしていたようだ。扉をつつく音をクイーンが察知して、バーディーが招き入れる。
「はああ、お嬢ただいま! 僕がんばってきたよ!」
「おかえりネーロ。大きくなったけど、なんだか、クイーンよりもずいぶん疲れてる?」
「そりゃそうさ。僕らカラスはそれほど狩りがうまくないの。普段は野菜も果物も、干した肉でもなんだって食べてるんだ。それに比べて、モズは生きた標的を狩るエキスパートだよ。資質が違うね」
ネーロは羽をばさばさ言わせながらバーディーの頭に乗った。肩にはクイーンが乗っていて、両者とも重さが増えているのでずっしりした感覚がある。
「お嬢ごめんね。僕、重くなった?」
「この調子だと、明日か明後日には頭に乗せられなくなるかもね」
「そうなったら僕がお嬢を乗せるよ。ちょっと嬉しいんだ、また一緒に飛べるからね!」
ネーロは頭を縦にぶんぶん振った。図体が大きくなったので迫力がある。
結婚式から逃げ出したときに会ったネーロは巨大な姿をしていた。あれは彼がインビジブルの力を借りているためだ。共生体であるネーロたちは、自然界で生きた獲物を食うことでその質量の一部を奪うことができる。狩って食べ続けることで、いずれは人間を乗せて飛べるくらいに巨大化できるのだ。
バーディーの肩に乗っていたクイーンがおずおずと口を開く。
「そのことですが、ネーロ先輩。作戦の実行までそれほど日数がありません。このままで間に合うのでしょうか」
ネーロは差し出された青菜の束に食いついていたところだった。巨大化の養分とはならないが、水分と栄養素を補給するのには欠かせない。
「うーん……。実を言うと、このペースだと苦しいところなんだ」
「先輩とわたしとで二羽いるのですから、明日からでも連携で狩りをするというのは?」
「天性のハンターであるきみから持ち掛けられるとは光栄だよ。でも、僕がついていけるかな? きみの足を引っ張ってしまうんじゃないのかい」
「先輩がいれば大物を狙えます。わたし、気がついたんですけど、体格の大きな獲物ほど質量を得られる効率が高いみたいです。多くの小物を狙うよりも得策と思われます」
「うーん……。お嬢はどう思う?」
「えっ、何? あたしに聞いたの?」
急に自分の名を出されてバーディはうろたえる。鳥の世界の話などよくわからないのだ。しかも彼らにはインビジブルも絡んでいて、自然そのままの生態ではない。
「だってさ、この作戦の最高指揮官はお嬢だって聞いたから」
「それ、誰が言ったの?」
「母ちゃんだよ。いまどっかに遊びに行ってるアルバトロス母ちゃん」
確かに自分の決心により動き出した計画であるが、全体を指揮するのはアルバトロスがふさわしいと思う。
「待ってみればいいよ。いまに戻ると思うよ?」
「作戦が予定通りに進めばみんな別行動さ。いざってとき、僕はお嬢の判断で動くよ。だから言って。お嬢が思ったことをそのまま。お嬢のせいになんてしないよ、僕はただ言葉を聞きたいだけ」
頭の上のネーロを手に乗せて顔を見る。時々、鳥たちは人間よりずっとまっすぐな目をしていると思う。彼らは嫉妬もするし落胆もする、ときには他者を蹴落とそうともするが、愛情については素直だった。
「じゃあ教えてくれる? ネーロ、さっきクイーンが言ったことはどう思う?」
「大物一発狙いのこと? 確かに僕も、それはそうだと考えてる」
「クイーンは、ネーロがいれば大物が狩れると思うのね?」
バーディーは肩に座っていたクイーンも手に乗せて向かい合った。彼女の見解も聞かなくてはならない。
「はい、お嬢様。ネーロ先輩はじゅうぶんに戦えます。失礼ながら、人であるお嬢様や皆さまでは、わたしたちを手伝うことはできません」
「それなら、ひとつだけ約束。ふたりとも生きて帰ってくること。獲物がぜんぜん狩れなくても命があったほうがいいから。クイーン、それができそう?」
「もちろんです。この命、惜しくないですが、わたしたちが戻らなかったときの残された側の絶望がどれほどのものか、わたしは知っています」
人間に換算すると、クイーンはバーディーと変わらないような少女のはずだった。若くして家族の運命を背負ってきた彼女は悲壮でたくましい。つまり、この隠れ家を巣だと思っているのだ。生きて帰ることがなによりも大事だ。
「私は、クイーンとネーロが一緒に狩りをするのがいいと思う」
「そうかぁ……。僕、邪魔にならないかな」
「クイーンが狩りを指揮すればいいんじゃないかな。どうやらクイーンのほうが場数を踏んでるみたいだし、彼女の判断は信じられると思うよ」
「経験の差を言われるとそのとおりだよ。僕はまだ赤ん坊のうちに母ちゃんに拾われたからね。実はそこがコンプレックスでもあるんだ……」
ネーロが弱気なことを言っている間に、扉が開いてアルバトロスが帰ってきた。酒の匂いをさせているようだ。赤い顔をしながら疲れた笑顔をみせる。
「遅くなってすまん! これはその……南塔に行ってたから、な……。あっ、言っとくがあそこの二十二子とはなにも変なことはないぞ。俺はこの通りの体だからな!」
アルバトロスは膨らみの大部分が見えてしまっている胸元を自分で揉みしだいてみせる。女同士だから間違いは起こらないと主張したいらしい。それにしても、正体が男のくせに余計なくらい豊かな胸は、いつ何に使うのかとの疑問ばかりが募ってくる。
「母ちゃん、また酔ってるだろ……」
「遊んでたわけじゃない、俺もいろいろと情報収集をだな。それにこいつだ。三十日が戻ってきたら渡してやってくれ」
ネーロは呆れていたが、アルバトロスは気にしない様子だった。そして懐に忍ばせていた小さな紙包みを出して、バーディーに手渡した。
「鳥の姿だとあまり重いものを持てなくてな、物資運搬もこれが精いっぱいだ。睦っちゃんの部下の兵士からだ。如月閏とかって言ってたな」
よほど酒を飲まされたのか、アルバトロスは水をがぶがぶ飲んでから寝床へ倒れこんでしまった。いつものように、胸元も太腿もほとんど丸出しで眠ってしまっている。いちおうは女性の姿をしているし、バーディーは毛布をかけてやってから寝台を離れた。
「お嬢も少し眠っておいたら? 昼は休みなしだったみたいだし」
頭の上からネーロが囁くように言った。就寝の用意なのか、クイーンも羽をふわふわと逆立てて羽根づくろいをしている。頭を掻いてやりながらバーディーは答えた。
「うん。じゃあ、ネーロ、少しお話してくれない? アルバトロスはどうして、男なのに女性の姿をしているの?」
「僕が喋ったらお嬢は眠れる?」
「たぶんね。ずっと気になってたから」
バーディーは預かった小袋をテーブルに置き、簡単なメモを残して自らのベッドへ上っていった。その傍らには二羽ぶんの枝が取り付けられていて、ネーロとクイーンが休めるようになっている。
「僕は人間のこと、ちゃんと理解できてるのか分からないけどさ」
バーディーは体を横たえてみる。日中の疲れと眠気が一気に襲ってくるようだった。枝にとまったクイーンは目を半分閉じて羽をふくらませている。ネーロは小声でしゃべり続けた。
「母ちゃんが、中央塔から落ちて大怪我したってことは話したよね。そのとき、母ちゃんにはヨメ、っていうのがいて。人のつがいのメスのほう。瑠璃って名前で呼んでた。瑠璃は母ちゃんのあとを追って、塔から飛び降りたんだって。母ちゃんが鳥になって塔に戻ったときの話、もうしたっけ?」
聞いていない。バーディーは首を横に振る。
「母ちゃん、どこまで話したのかなぁ。つがいだったのは知ってるんだね。雛が生まれたってことも。でも、母ちゃんのつがいを無理に引き離そうとしたやつらが、いたんだよ。だから母ちゃんは逃げようとした。機械の翼で空を飛んで、僕たち家族を連れていくはずだった。それがもうちょっとのとこで、僕らは塔から落ちた。僕と母ちゃんは生き延びるためにインビジブルと契約をした、そこまではだいじょうぶ?」
バーディーはゆっくり頷いた。ネーロの声は子守歌のように心地がいい。