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3-1 騎士団

 月の明るい夜だった。

 中央塔から北塔に向けて、一台のトラックが走っていた。荒れ地の中を横切る一本道は、凹凸は激しいものの、砂利が敷かれていて、人が整備しようと試みた意志の名残りがみえる。

 荷台には、食料品や衣料品などの物資がいっぱいに積まれていた。

 その荷物に半ば埋もれながら、一人の少年が周囲に目を凝らしていた。激しい揺れに振り落とされないよう、しっかりと手すりを握っている。ヘルメットの下からのぞく髪の毛は、目立って赤い。首からは双眼鏡をぶら下げていたが、彼にはいまのところ、それを使うつもりはないらしい。

 少年の名は、長月(ながつき)三十日(みそか)。開拓騎士団の新入りである。

 中央塔から北塔への運送便の警備が、彼に与えられた任務だった。とはいっても、長月三十日には銃火器どころか、一振りの剣すら与えられていなかった。彼の武器は、その『目』だけ。主な仕事は、周囲の監視である。

 そして、周囲を照らすものは、トラックの前照灯と月の光と、いまひとつ頼りない投光器のみだった。


「おい新入り。何か見えたら、すぐに俺に教えるんだ」


 荷台に乗っていたもう一人の騎士が声をかけてくる。その手には機関銃が握られていた。さきほど、名を如月と聞いた。歳は二十を過ぎたくらいだろうか。もともとは南塔の出身で、やはり下級民だったらしい。

 長月三十日は、この先輩の高圧的な態度に嫌悪感をもよおしていた。


「何か――ですか。小さいのなら、色々」

「小さいだと。どんなやつだ」

「カゼクラゲとか、ヤミコウモリとか。――ああ、大きいのもいました。ずっと上空に、オオウミヘビが見えます。完全に射程外です」


 トラックのはるか上のほうを、銀色に光る見事なウミヘビが横切っているところだった。ああいうのは、離れていても投光器なしで見える。しかし、隣の先輩騎士にその姿が見えることはない。

 如月は不愉快そうに舌打ちをした。


 人間がこの地に足を踏み入れたとき、まず驚いたのが、これらの『不可視生物群』――インビジブル、であった。

 とにかく、存在しているのにまったく見えないのである。

 そして厄介なことに、これらの生物たちは、ときどき人間を襲い、甚大な被害をもたらす。彼らインビジブルの存在は、人間がこの土地を開拓する際の大きな障害となっていたのだ。


「俺の知り合いにもいたよ。『目』があるってだけで、ろくすっぽ鍛えてもない腰抜け野郎が、騎士団入りしたんだ。聞いてみりゃ笑えるよな。仕事は『見張り』だけかよ」


 如月は皮肉を込めてそう言った。まともに相手をしていたらたまらない。長月三十日は、返事をしなかった。しかし、如月は話し続けていた。


「――俺いつも、上官殿になんて言われてるか教えてやろうか。『貴様のような雑兵なんて、いくらでも替えが利くんだ。それよりも、目を持った奴に傷ひとつでも付けさせたら、てめえの顔が二倍に膨らむまでぶん殴ってやるからな』だとさ」


 長月三十日は、いたたまれない気持ちになった。

 そして、なぜか急に、幼馴染の少女、神無月(かんなづき)十子(とおこ)――塔を降りた今では、バーディーと名乗っているのかもしれない――のことを思い出した。幼い日の一場面が唐突に目の前に浮かぶ。


――優秀って何? 人と違うことが? あたし、これは練習して見えるようになったわけじゃない。それが優れていること?


 思わず、苦笑いがこぼれてしまった。

 あの時はどうして、彼女の言葉に共感してやれなかったのだろう。一番近い位置にいたのは、自分だったはずなのに。

 今なら答えられる。はじめから持って産まれたものについて、勝手に価値を見出す大人たちもいる。ならば、それは優秀ということなのだ。本人の想いなど、価値判断に一切の影響を及ぼさない。ただし、何の自慢にもならないけれども。


「ふん、何がおかしいんだよ。素晴らしい目の新入り君」

「――ああ、いえ。如月先輩の上官殿は、失礼ながら人を見る目が曇っておられるのかもしれないと」

「けっ。貴様らは、余裕があって羨ましいことだ」


 如月の言葉を聞き流しながら、ぐるりと周囲を見渡していた三十日の目に、奇妙なものが飛び込んできた。はるか前方の地面に近いところに、なにか黒い淀みがみえる。その中のところどころで、点のようなオレンジ色の光が明滅していた。


「前方! 未確認生物あり!」


 三十日が言い終わらないうちに、如月が合図を送りトラックを停止させた。そして、荷物の上に登って前方に銃を構えた。


「何メートル先だ」

「――え、それは……」

「ちっ! 塔を降りたばかりの役立たずが!」


 ずっと塔の中で暮らしていた長月三十日には、地上での距離感がうまくつかめなかった。訓練を受ける時間があれば良かったのだが、現場にすぐに配属されてしまい、そのような余裕もなかったのだ。


「前方の未確認生物は地上付近。十数匹の群れです。オオカミのような獣、逃げません」

「相手にどう対処するかは、距離にもよるんだよ! ひとまず放水砲だ!」


 トラックの屋根に据えつけられた放水銃から、高圧の水が放たれた。

 前方の獣の群れは驚いたのか、道の両脇の茂みに次々と飛び込んでいった。銃声がして、逃げ遅れた一匹が地面に倒れた。その体には蛍光塗料入りの水をかぶっていた。


「いっぴき仕留めた! ――他にいるか」

「全部、逃げました」

「あれを回収できればいいんだが」


 トラックはふたたび動き出し、如月の指示で、倒れたオオカミ型インビジブルの横につけた。塗料をかぶった今なら、他の人間にもその輪郭が確認できる。

 死に際の反撃が恐ろしいので、如月はさらに至近距離から撃った。獣は大きく痙攣したあと、無数の虫に姿を変えて、すっかり消え失せてしまった。


「畜生、やり過ぎたらしい。どうも加減がわからん」


 光の軌跡が周囲に散り散りになってしまう様子が、如月にも見えているようだ。残念がっている先輩騎士に、長月三十日は訊ねた。


「インビジブルの死骸を回収しているんですか」

「正確には、死んだ後に稀に残る『核』だな。――どういうわけか、二宮博士が収拾しているんだとさ」

「ああ、それでしたら……」


 長月三十日の目には、ほのかに光を放つ、小指の先ほどの小さな骨の破片が見えていた。それを地面よりつまみ上げると、如月の手の上に置いてやった。


「ふん。ご苦労。言っておくが、これは俺の獲物だからな!」

「……当然です」


 如月は、ガラスの小瓶に核をしまいこみ、ポケットに入れた。

 トラックは再び走り出す。

 横目で如月のほうを見ると、如月は時々ポケットの小瓶を取り出し、満足げに見つめているようだった。時折小瓶を小刻みに振っている。

 目に見えない小さな獲物が、ガラス瓶に当たって、からからと音をたてるのを楽しんでいるのだろう。

 長月三十日は思わず声をかけていた。


「如月先輩、さきほどはお役に立てず、申し訳ありませんでした。しかし、勉強になりました」

「――ふん」


 如月は照れくさそうに顔を逸らした。

 長月三十日は、ふたたび荷物の隙間に立ち、周辺の警戒をはじめた。星空を背景に、孤独にそびえたつ北塔の灯りが近づいていた。まもなく目的地に到着するだろう。


「中央塔に戻ったら、これのご褒美に、金一封くらいは出るかもしれん。そしたら、一緒に飯でも食うか」


 如月がそう言った。タイヤが砂利を踏みつける音で消えてしまいそうなほど、静かな声だった。




「……お嬢さあ、張り切るのはいいんだけどさ、ちょっとやり過ぎじゃないのかな」


 お喋りカラスのネーロは、感心を通り越し、呆れ返っていた。

 縁談を蹴り飛ばした少女、バーディーが隠れ家にやってきてから、一週間が経とうとしていた。日課である庭の巡回に出ようとしたとき、彼女は、両手のひらにいっぱいのきらきら光る小石を持って、誇らしげな笑顔でネーロに見せつけていた。


「すっごいでしょ! きのうの空き時間に、そこらへんで見つけたんだ!」


 それは、インビジブルの結晶の核となる小石だった。

 全部でいくつあるというのか。まさか、後先を考えず、目につくままに収集しまくったというだけなのか。

 場数を踏んだ雄のカラスが、自らの巣を飾りたてるために光るものを集めてしまう、という話はよく耳にする。この少女はもしや、カラスとしての才能に突如目覚めたのではないか。


――いやいや、そんな馬鹿なことがあるものか。


 ネーロは頭を振った。

 人間の真似をして左右に振るつもりが、ハシボソカラス特有の癖で、思わず上下に振ってしまった。それは知った顔がいたときの挨拶とか、雌へのアピールのときとか、どちらかと言えば嬉しい感情を表現するときの仕草である。

 従ってバーディーは、ネーロが喜んでいるものと誤解した。


「あ、やる気になっちゃった? よーし、ばりばり稼ごう!」


 自分が頭を『上下に』振っていることに気づいたネーロは、はっと我に返った。この動作を始めると、どういうわけか癖になって、なかなか止まらなくなるのだ。

 なんとか強靭な意思で首の運動を食い止めると、おそるおそる口を開いた。


「あ、あのさ、お嬢……。そのいっぱいの石、まさか、ぜんぶ運用するつもりじゃないよね? ……言っとくけど、一か所にたくさん石を置いても、お互いに食い合って育たないからね」


 ネーロの指摘など、まったく意に介さない様子の少女は、余裕たっぷりの笑顔で答えた。


「あたしがそんな雑な仕事、するわけないでしょ! だいじょーぶだって。あたし、もっと『きらきら成分』の少ない塔の中で、ずっとやってきたんだから」

「……そう言われたら、そうかもしれないけど」


 バーディーは、両手の小石を袋に詰め、靴紐を結んだ。庭歩きの装備一式を身に着け、半信半疑のネーロを頭に乗せたまま、隠れ家を背にして歩き始めた。


――まあ、お嬢が元気になってくれたから、細かいことはいいか。


 ネーロの見る限り、塔を降りた直後に比べて、バーディーは顔色もよく、表情も晴れやかになってきていた。最初のうちは、色白を通り越し青白かった頬にも赤みが差し、不安に沈みがちだった大きな瞳は、すっかり本来の生気を取り戻していた。

 彼女のトレードマークであり悩みの種でもある、毛先の跳ね返ったポニーテールが、今日も揺れている。

 ネーロは、その結わえた髪の束を足場にしてとまるのがお気に入りになっていた。


「さ、行くよ。アルバトロスの借金なんて、すぐに返済しちゃおう!」


 バーディーはすこぶる調子が良さそうだった。

 庭の巡回にも慣れてきて、その歩きにも余裕が出てきた。彼女の頭に乗っていると、自分で飛ぶ必要もなかった。すっかり安心したネーロは、くちばしを使って自慢の羽根の手入れを始めた。

 アルバトロスに比べて、石を配置する間隔が狭いことが少々気にはなったが、彼女が自信満々なので、とにかく一度まかせてみようと思った。

 道はしっかり憶えているようで、その点は心配なさそうだ。


――こりゃ楽でいいや。


 すっかり安心したネーロは、自分でも気づかないうちに羽毛を膨らませて、うとうとし始めてしまった。バーディーの歩く振動が、お昼寝にはちょうどいい具合だったのだ。




「――――!!」


 言葉にならない悲鳴を聞いたような気がして、ネーロは目を醒ました。

 気づくと、アルバトロスの畑のところまで来ていた。自分を乗せて順調に歩いていたはずのバーディーが、立ち止まり、悲愴な顔でスリングショットを構えている。

 ネーロはその先を見た。

 畑のうねの手前には、比較的小型の獣――おそらくイタチだ。地面にある何か動くものを前足で押さえている。その爪にかかってばたばたと足掻いているのは、茶褐色の小鳥。


――まさか、『クイーン』が!?


 ネーロは血の気が引く思いをした。

 無意識に飛び出そうとするよりも早く、バーディーが弾を放った。彼女にしては珍しく弾は急所を外れ、獣の大腿のあたりに当たった。イタチはたまらず獲物を放り出すと、茂みの中へ飛び込んでいった。

 間違いであってほしい――そう願いながら、ネーロは地面に置き去りにされた小鳥のもとへ飛んだ。

 すこし遅れて、顔面蒼白のバーディーが駆け寄る。


 そこには、野生の血が流れているネーロであっても、思わず目を背けたくなる現実があった。

 クイーンに間違いない。

 おそらく、餌をとるために地面に降りたところを狙われたのか。片方の翼が無残に折れて、開きっぱなしになっている。血のついた多量の抜け羽根が散乱していた。

 無事であったほうの翼を必死にばたつかせているものの、飛び上がるどころか、その場に立ち上がることすら出来ない。きっと足も骨折している。


――だめだ、助からない。


 バーディーが泣きそうな顔でその容態を訊ねるが、ネーロは首を横に振るしかなかった。

 カラスとして長く生きてきた彼は、小鳥の死に際もたくさん見てきた。ここまでの傷を負って生き延びた鳥はいない。保護したところで、日没までも持たないかもしれない。


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