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2-8 語らぬ決意

「――女の子用の衣服一式の代金。塔のセキュリティー・データ更新情報代金。『虫除け』レンタルリース料金。それに、刃物の特殊研磨手数料。……ええと、まだ他にもあったような」

「わ、わかってる、お、俺も忙しくてさ……」

「二週間前にもそう聞きましたあ!」

「す、すまん! 払う! 絶対に払いますっ!」


 アルバトロスをじわじわと追い詰める楓と、許しを請うように土下座するアルバトロス。結晶や石に換算してどれだけになるのかは分からなかったが、相当の借金をしていることには違いなさそうだ。

 なおもいたずら心のおさまらない楓は、親指でバーディーのほうを差しながら、意地悪く言った。


「そうね……。そこの『第二次(セカンド・)環境適応者(エボリューション)』をわたしにくれたら、全部ひっくるめて精算済み(チャラ)でいいけど? なんならお釣りも出そっかぁ?」


 アルバトロスは、意外と冗談の通じない人間であるらしい。楓の満面の笑顔には気づかずに、頭を地面に擦り付けながら、こう叫んだ。


「バーディーだけは勘弁してくれ……! それくらいなら俺をつれていけ。インビジブルの共生体だ、解剖でもなんでもするといい!」


 楓は無言のまま、満足げにアルバトロスの前から立ち去ると、バーディーに近寄り、その耳もとに小声で囁いた。


「――さっきの質問のヒントだよ。大の男がさ、躊躇せず地べたに這いつくばって、自分の身を差し出しても守りたい存在って何があると思う? 妻や恋人? ――そのほかには?」


 それだけ言うと、楓は、何事もなかったように歩き去った。

 あまりにも突然で、思いがけない言葉だった。バーディーは振り返ってみたが、楓の後姿からは何の感情も読み取れない。地面にはりついていたアルバトロスは我に返り、ゆらりと立ち上がってこちらにやってきた。


「あー……。たちの悪い冗談は、やめてくれ」


 不機嫌そうにそうつぶやいた。アルバトロスは、朝に出て行ったときに比べて顔色が悪く、覇気がないように思えた。それが、バーディーの騎士団入りの話が消滅したせいだと知ったのは、この後のことだった。

 そして、三人と一羽は、隠れ家の建物へ向かって歩いていった。




「今日やってきたのはほかでもありません。借金の取り立て――は、正直、期待していませんでした。

 本題はこれからです。親愛なるアルバトロスくんのために、最新情報をもってきてあげました。お代はこの際、まとめて売掛金(ツケ)にしとくから、どうぞ気にせずに」


 隠れ家内のダイニングで、アルバトロス、バーディー、それに彼女の頭に乗ったネーロの、二人と一羽がテーブルについていた。

 真ん中に立ち、話を進行しているのは二宮楓。アルバトロスいわく、これが彼女の得意技、情報の押し売り訪問販売、ということである。あとできっちりと石や結晶を請求されるのだ。

 孤立しているアルバトロスにとっては、ときたま本当に重要な情報がもたらされるものだから、外れくじを買うつもりで、毎度買っているのだそうだ。


「さて、まずは情報その一。昨日の東塔の花嫁失踪騒動で、中央塔は哨戒機(ビー)を飛ばして周辺を捜索しています。東、南、北の各塔および中央塔は、原則として住人の移動を禁止、厳重なチェック体制を敷いています」

「ふーむ……。監視が厳しくなってるんなら、バーディーを南塔に潜伏させるわけにもいかないか」


 アルバトロスは難しそうな顔をして考え込んでいる。これで、バーディーは隠れ家から迂闊に動かせなくなってしまったのだ。ため息をひとつついたのち、まるで覚悟していたかのように顔を上げ、また質問をした。


「ところで、『虫除け』は効くんだろうな」

「もちろん。値段なりの性能は保証するよ」


 自らが手配したその装置について、楓は自信満々に答えた。

『虫除け』とは、蜘蛛玉(スパイダー)哨戒機(ビー)などの接近を感知し、事前に知らせてくれるものだ。これをバーディーに持たせておけば、少しは気休めになるというものだった。

 楓は次を続けた。


「その二。開拓騎士団団長の伊吹雄介が、冷凍睡眠から目覚めたもよう。これは予定されてた覚醒じゃなくて、管理者権限によるものらしいよ。

――わたしの推測だけど、タイミングから考えて、そこのバーディーの配偶者にするつもりじゃない? おおかた、決めたのは凪美由紀でしょ」


 アルバトロスは頭を抱えて唸ってしまった。

 話の半分も理解できなかったバーディーは、頭に乗ったカラスに小声で質問をしていた。


「冷凍睡眠……って?」

「人間を特別な方法で凍らせるんだ。そのあいだは歳をとらないし、本人にしてみれば、一晩寝て起きたら何十年も先の未来にジャンプしているって感じだよ」


 その間アルバトロスは、不機嫌そうなしかめっ面でぶつぶつ言っていたが、しばらくすると苦虫を噛み潰したような顔のまま楓に訊ねた。


「管理者権限なら、複数人の幹部の同意がないと、睡眠を途中解除できないだろ。凪美由紀のほかに、誰か起きてる幹部がいるのか」

「――さあ。あたしの知る限り、現在活動している幹部は、伊吹雄介を除くと、凪美由紀とあたし、それに――」


 二宮楓は、アルバトロスを人差し指で指そうとしようとして、やめた。感づかれるのは時間の問題だと思われたが、バーディーが見ている。アルバトロスは気まずい様子で目を逸らしていた。


「……。八坂(やさか)銀次郎(ぎんじろう)が起こしたって線はないのか? 甥の伊吹雄介のためなら、早いとこ妻をめとってやりたいと思うかもしれないだろ」

「それは、わたしも考えた。でもね、『冷凍庫』に忍び込んで確認したけど、八坂代表は冷凍睡眠カプセルの中みたいよ。中身のステータス表示にも異状なし」

「うーん、そうか。じゃあ一体誰が……」


 本当はお前が買収されたんじゃないのか、とでも言いたげな目をして、アルバトロスは楓を睨んでいた。例えそうだとしても、楓を責めることはできない。彼女に、アルバトロスの味方をする義理は一切ないのだから。


「ねえ、待って。八坂銀次郎って、中央塔でいちばん偉くて、いつもテレビ演説している人のことだよね? 不老不死の秘術の賜物で、歳をとらずに活動してるんじゃないの?」


 バーディーがそう訊ねると、楓はあきれ顔になった。

 中央塔は、周辺塔の下級住民に対して、いろいろな隠し事をしている。それにしたって、言うに事欠いて不老不死の秘術とは……。子供だましにもほどがあるというものだ。

 言葉を失っている楓に変わり、アルバトロスが言った。


「あの放送は、ほぼ毎回、ほとんど全部が合成映像なんだ。演説の内容はスクリプトで自動生成されている。不老不死の秘術なんて嘘っぱちなんだよ」


 二十数人しかいないとされる幹部の大半が、実際いつも眠っているとあっては、権力の失墜を招きかねない。それで、そのような苦しまぎれな嘘を通していたのだ。

 中央幹部が最も怖れているのは、周辺塔の反乱であることは明らかだ。

 両者が戦えば、お互いに失うものが多すぎる。それでなくても、インビジブルは脅威なのだ。理不尽な統治といえど、共倒れによる人類の滅亡よりはいくらかましかもしれないのだ。

 真実を知って少しがっかりしているバーディーをよそに、楓の話は続いていた。


「その三。東塔の皐月五郎は、花嫁失踪の件により謹慎処分。ただ、故意でなく過失度合も極めて軽微だとして、拘束や降格はなし。当分の間は、蜘蛛玉(スパイダー)と騎士団の監視下に入るもよう。

 失踪した花嫁の代理で中央塔入りした長月三十日は、開拓騎士団入り。北塔の睦月十四郎の隊に配属される予定」


 聞き慣れた名前を耳にして、バーディーは思わず身を乗り出していた。


「ふたりとも無事ってこと?」

「まあ、いまのところは」

「――どういうこと?」


 期待と不安の混じったバーディーの視線を避けるようにしながら、少々ためらったのちに、楓は答えた。


「……凪美由紀がその気になれば、皐月五郎や長月三十日を人質にとって、いつでもあなたをおびき出せるってこと。もしかしたら、この隠れ家のことも知っていて、気づかないふりをしているだけかもしれない。――まあ、あなたが二人を見捨てるってなら話は変わってくるけど」


 バーディーは首を横にぶんぶん振った。

 アルバトロスは、相変わらずの浮かない表情のままで、静かに言った。


「中央塔が動くとしたらいつだろう」

「わたしの知る限り、伊吹雄介はロリコンでもペドフィリアでもない。おそらく、恋愛志向はごく普通(ノーマル)


 楓の要領を得ない答えに、アルバトロスは苛立ちを通り越し、呆気にとられたようにつぶやいた。


「……いま、なんの話だよ」

「三十路を過ぎた彼が、まだ十六歳のバーディーをめとる気にはならないかもしれないってこと。少なくとも、四、五年くらい泳がせておくつもりかも?」

「か、勝手に結婚することにするな! 嫁にやるなんて言ってないぞ!」


 椅子から立ち上がり、頭から湯気が出そうなほどの剣幕でアルバトロスがわめき立てた。

 台詞だけを聞いていれば、娘の結婚に反対する頑固親父そのものなのだが、見た目は胸元の露出多めな銀髪女であるものだから、何かおかしなことになっている。

 笑顔のない楓が冷めた口調で答えた。


「冗談よ――と言いたいけど、半分は本気で言ってるつもり。あいつ、頭固くて無駄にプライド高いでしょ。こんな若い子を宛がわれて、素直に頂きまーすなんて言って喜ぶと思う?」

「いや……。奴も男であるならば、女が若くて文句を言うなんてことはないだろう。ああいう一見硬派な奴に限って、実は若い子が大好きだったりするもんだ」


 真顔でそう言い切るアルバトロスを、女性二人が軽蔑したような目で睨みつけていた。ネーロは内心、アルバトロスと同意見だったことを口に出さなくて良かったと安堵していた。

 楓は、大きくため息をつくと、わざと音をたてて紙をテーブルに置いた。


「……報告は以上! 今回の情報料もひっくるめて、売掛金(ツケ)はこれだけね。請求書と明細、ここに置いとくから」


 その後、返済期限を冷酷に告げる楓と、なんとか値切って支払いを先延ばしにしようと粘るアルバトロスとの間で、若干の応酬が繰り広げられた。しかし、楓にはビタ一文も負けるつもりはなく、借金男を冷たくあしらうと、愛車のエンジン音を響かせて走り去っていってしまった。


 楓が帰ったあと、アルバトロスはバーディーに、騎士団入りの約束が果たせなくなったことを告白した。


「すまない、バーディー。大口叩いておきながら、騎士団に入れてやることはできなかった。でも、でもな! いつか必ず、騎士団への道を用意してやる……!」

「もういいよ、アルバトロス。あたしは大丈夫。だから気にしないで」


 バーディーは、楓とのやりとりを聞いているうちに、自分ひとりのわがままが通る状況ではないことは充分理解できていた。長月三十日とともに開拓騎士団で活躍したかった、という夢をあきらめたわけではないが、とりあえず、いまは退かなくてはならないと分かっていた。

 それに、伊吹なんとかという知らない男に嫁ぐよりなら、いまの身分のほうが、ずっとましだとも思っていた。

 バーディーにとっては当然の返事だったのだが、アルバトロスは瞳を潤ませて感激している様子だった。


「ううっ……すまん! バーディーは心の優しい娘に育ったんだなぁ。俺はもう死んでもいいよ」


 なんだかちょっと大袈裟ではないのか。気おくれしながらもバーディーは答えた。

 

「そ……それよりも、楓さんに借金を返済するのに、化石や結晶がたくさん必要なんでしょ? 中央塔に見つかるまでの間は、あたしに手伝いをさせて! もしかしたら、庭の巡回を朝と夕方の二回に増やせば、化石の結晶化を早くできるかもしれないと思うの」


 それは、塔の中での唯一の遊びとして石を育てていたバーディーが、直観的に感じたことだった。

 結晶化に必要な輝く粒子の流れは、そのときどきでかなり様子が変わる。まる一日同じ場所に置くよりも、こまめに場所を変えてやったほうが、圧倒的に成長が速くなることを知っていた。それはきっと、庭の中でも同じに違いない。

 バーディーからの思わぬ申し出に、アルバトロスは驚きを隠せなかった。


「……それはその通りだ。いままでは手が足りなくて、一日一回まわれたら良い方だったんだ。ネーロだけでやらせると、他のカラスどもが寄って来て仕事にならないしな。――しかし……」


 それは、アルバトロスにとって有難い申し出であった。しかし、中央塔の哨戒機に発見される危険が増すし、また黒い獣が侵入してこないとも限らない。

 バーディーの身を心配しているのか、答えを渋っているアルバトロスに、ネーロが言った。


「きっと大丈夫だよ。お嬢、母ちゃんが撃ち漏らした黒毛熊の野郎をやっつけたんだ。僕も手伝ったとき、結晶になりかけた石を一個食べちゃったけど……あ、それについてはごめん」

「な、なんだと……! あれと遭遇したのか! それで助かったなら、結晶ひとつなんて安いもんだ」


 ネーロが結晶を吸収すれば、一時的に不死状態になることをアルバトロスは知っていた。しかし、だからといって大型の獣を打ち負かすほどの力が宿るわけではない。

 あの熊をバーディーが退けたのだとしたら、彼女の狩りの腕前を認めないわけにはいかないだろう。たとえ、ネーロの補助があったとしてもだ。

 しばらく考えたのち、意を決したように、アルバトロスが言った。


「よし、庭の巡回はバーディーとネーロに頼む。その間、おれは食糧や物資の調達に回れるから助かるよ。

 そしていずれは機を伺って、五郎(ゴロ)ちゃんと三十日を、こっち側に引き込もう。それで、バーディーは本当に自由の身になれる。――よし、希望が見えてきた! これから忙しくなるぞ!」


 一人で目を輝かせているアルバトロスに対し、ネーロとバーディーの心中には疑問が渦巻いていた。

 こちらに引き込むとは、いったいどうするつもりだろう。仮に、彼らに接触できたとしても、騎士団に入ったらしい長月三十日と、塔長である皐月五郎が、簡単に自分たちの側へやってくるという保証はないのではないか。


「そうと決まったら、なんだか食欲がわいてきたな! よし、ちょっと食糧調達に行ってくる! ――なに、日没前には戻るさ!」


 二人が引き留める間もなく、アルバトロスは何やら張り切った様子で外に出ていってしまった。

 あとには、一抹の不安を抱えたままの一人と一羽が残された。


「ネーロ……。アルバトロスって、皐月先生と長月三十日に、断られるかもっていう考えはないのかな?」


 ぽつりとバーディーが言った。まったく同じことを考えていたネーロがすかさず返事をした。


「ないだろうな。きっと、自分の街をつくる構想で、頭がいっぱいなんだよ。母ちゃんの長年の夢なんだ……」

「人並み外れた楽天家なんだね……」

「――で、これからどうするよ、お嬢。母ちゃんの話に乗るかどうかはともかくとしてさ。ついでに言っておくと、まだまだ日没までには時間がありそうだけれど」


 少し回りくどい言い方だったが、きっとネーロなりに、バーディーの意志を尊重したいのだろうと思った。アルバトロスが能天気なのは確かかもしれないが、いまさら先々のことをあれこれ心配し過ぎても仕方がないのだ。


「それはもちろん、途中だった庭の巡回に出かけるよ。ネーロ、続きを案内してくれる?」

「お嬢ならそう言うと思った! さあ、行こっか!」


――アルバトロスが楽天家なら、お嬢だって相当なもんだよ。あんな戦いを経験したすぐ後で、ふたたび森へ踏み込もうなんてさ。


 ネーロはそう思ったが言わなかった。

 やはり、バーディーのこの性格は親譲りなのではないか。真実はまだ分からなくても、アルバトロスを信じてたくましく生きるこの少女がいるというだけで、充分なのではないか。

 光の結晶で鍛えた刃の力は、いまだ戻っていないだろう。そのことはバーディーもわかっているはずだ。それを踏まえても彼女は庭へ出ようとしている。

 それなら、自分はアルバトロスに代わってバーディーを守ろう。何度でも火の鳥になってやろう。彼女の幸せのためなら、たとえこの身が千切れても構わない。


 バーディーは扉を開け、陽光の下へ踏み出した。

 その手には武器ともなる杖を握りしめ、腰には山刀とスリングを携えている。頭の上にはお喋りカラス。彼女がまだ知らない決意を心に秘めたまま、ネーロはひらりと飛び立ち、導くように道の先を羽ばたいていった。



〈第二話 おわり〉

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