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2-5 庭の巡回(1)

 幼い頃のバーディーは、子供ながらに自分が人と違うらしいことを分かっていた。

 部屋の中を、蝿でも蚊でもない、透き通るような小さな羽虫が飛んでいることがある。どうやら、他の人には見えていないようだった。

 最初はそれをつかまえて、小瓶に入れていた。飼おうと思ったのだ。

 しかし、すぐに死んでしまう。

 次に見つけたときには、部屋の中で放し飼いにしておいた。

 すると、面白いことがわかった。その羽虫の周りには、大抵いつでも、微細な光の粒が川のように流れているのだ。そのきらきらした流れは、師走一子には見えないようだった。バーディーといえども、かなり注意していないと見えなかった。

 きっと、羽虫はこのきらきらの中にいるのが好きで、もしくは餌として食べているのだろう――と、バーディーは考えた。

 光の粒の流れは、よく観察すると、塔の中のいたるところにあった。流れている場所や方向は、その日によって変わった。

 

 ある日、部屋でふわふわ漂っている羽虫を見ているときだった。

 羽ばたく力がだんだん弱くなっていって、ついには床に落ちてしまった。しばらくの間は、床で羽をぱたぱたやっていたが、そのうち動かなくなった。

 死んでしまったのだろうか。

 でも、まだわからない。バーディーは、小さなガラスの皿を師走一子から借りてきて、羽虫をそっとつまみ上げて入れた。間違って踏んづけてしまわないようにと思ったのだ。そして、きらきらした流れの通り道へ置いた。


 結局、羽虫は死んでいた。二度と飛び上がることがなかったのだ。

 しかし、奇妙なことが起こった。

 羽虫の死骸の周囲に、光の粒が集まってくるのだ。羽虫はまるで鱗粉をまとっているかのように見えた。その翌日には更に粒がたくさんついていた。

 数日経つと、少し硬くなり、プラスチック片みたいになった。

 その後は、置いておくほど重く大きくなり、小石のようになった。ためしに、皿の上に何か見えるかと師走一子に聞いてみたが、彼女には見えないようだった。


 それがわかってから、羽虫を見ると、蝿叩きでただちに捕獲することにした。どうせ死んでしまうのだし、それこそ蝿などの小虫は駆除するのが当然だからだ。

 スリングショットをおぼえたバーディーは、弾として使える大きさになった小石をこっそり保管した。人に向かって撃ったことはないが、いたずらに使ったことがないわけではない。たとえは、壁に向かって撃ち、突然の物音でまわりを驚かせたり。そんな程度だ。


 そのささやかな遊びは、長いあいだバーディーだけの秘密だった。

 ついに長月三十日にそのことを教えたのは、凪美由紀のテストの件で仲違いし、数日後に和解したあとだった。話を聞いた三十日は面白がって、塔の中に散らばっている、小さなインビジブルの化石を集めはじめた。

 ふたりは、それぞれが同じ大きさの核を使い、どれだけ育てることができるか実験を行った。

 バーディーは光の流れを読み、日々置き場所を変え、たくさん粒が集まりそうな場所で石を育てたのに対し、暗くないと流れが見えない三十日は、毎日ほとんど同じ場所に核を置いていた。

 結果は、バーディーのほうがはるかに大きく石を育てることができた。


 それ以来、長月三十日が塔の中で核となりそうな化石を集め、バーディーが管理運用するという分業が成立した。スリングの弾として使えそうなものは、二人で山分けし、いざという時のために隠し持っていたのだ。




「わかった! ここに化石を置いて、大きく育てているんだね!」

「ご名答!」


 木々の茂る『庭』の中で、バーディーは、巣の中で輝いている小石をあらためて見た。

 長月三十日が蜘蛛玉(スパイダー)をひっくり返した石よりも、少し大きいかもしれない。あれはあれで上玉で、二人分を合わせても十数個しか確保できなかったのだ。

 感心しているバーディーにネーロが言った。


「お嬢の仕事は、これが結晶に育つように管理すること。知ってると思うけど、輝く粒子の流れは日によって変わる。――いや、朝と夕方でも変わったりする。それを踏まえた上で、より多くの粒子を集められる場所に置き換えてやらないといけないんだ」

「なるほど……そっか」


 バーディーは目を凝らして周辺を見回した。

 強い日差しのせいで見えづらいが、木陰になっているあたりは、かろうじて光の粒の流れが見える。いまは、この巣のあたりを避けて流れているようだった。

 光の流れを追っていって、密度の濃い場所を見つけた。その場所にある木の根元に石を置き、目印のため色付きの紐を小枝に結び付ける。

 ネーロは満足そうにうなずいた。


「そうそう! この仕事を、庭を一回りしながらやるんだ。石はまだまだいっぱい隠してある。アルバトロスが速足で回っても、三時間くらいかかる作業だよ」

「庭って、けっこう広いんだね……」


 あのアルバトロスでそうなら、慣れていないバーディーはその倍かかるかもしれない。思わず弱音が口から出かかっていたが、泣き言を言っている場合ではない。望まない結婚から逃げ出し、塔を出てきたのは自分の意志なのだから。

 バーディーが取り繕うように不自然な笑顔を浮かべ、それを察したのかネーロが言った。


「今日は初日だし、全部やらなくていいよ。でも、庭の外周だけは教えるつもり。ついてきて!」


 ネーロはまた、枝から枝へと飛び移り始めた。

 バーディーは、道なりに隠してある石を見つけては、置き場所を変えた。

 無理をしないで、道を憶えるだけでも良いとネーロは言ったが、少しでも役に立ちたいとの気持ちから、なるべくきちんとすることにした。ある地点で、月の光のように神秘的に輝く石を見つけた時、ネーロはそれをポケットに入れて持つようにとバーディーに言った。


「まだ完全な結晶じゃないけど、けっこういい具合に育ってる。……そのくらいのを、常にふたつみっつ持っておけば、役に立つんだ」

「ひょっとして、昨日の黒毛熊みたいのに会ったときのため?」

「もちろんそれもある。けど、他にも使い道があるんだ」


 太陽は既に高く昇っていて、まだ初夏とはいえ気温は上がっていた。汗だくになったバーディーは、水袋の水を大事に飲みながら、ひたすら歩いた。

 塔の中でなら、どれだけ歩いても道に迷うことなどなかったのだが。

 額から流れ落ちる汗が目に入って染みる。いまは、お喋りカラスだけが唯一の道標だ。彼に悪気はないのだろうが、少し意地悪なくらい身軽に、ひらひらと先を行く。その黒い影を追いかけるので、バーディーは精いっぱいだった。




 朝から好天で、地面に照りつける日差しが上昇気流を生む。フライトには絶好の日よりだ。

 いつもなら気楽に空中遊覧でもしているところだったが、いまのアルバトロスは忙しい。実のところ、バーディーを迎えるための準備で、ここ数日は暇がなかった。本当に彼女が子供のころの約束を憶えていてくれるのか、自分のところへ来てくれるのか、確証はなかった。

 それでも、期待していなかったといえば嘘になる。

 丘から飛び立ったアルバトロスは、大きな白い翼で風に乗り、北塔上空へ到達していた。

 一気に減速し、屋上へと降り立つ。同時に人の姿に戻り、セキュリティー除けの処理をした。これで、蜘蛛玉に怪しまれることもない。

 まもなく、階段の下から一人の男が姿を現した。

 のっぺりと丸っこい鉄兜――ヘルメットと言ったほうが早い――をかぶり、迷彩色の上下服を着た、中年の小柄な男であった。名を睦月(むつき)十四郎(じゅうしろう)という。アルバトロスとは顔なじみだ。

 十四郎の姿を見るなり、アルバトロスは人懐っこい笑みを浮かべて声をかけた。


「よぉ、()っちゃん! 待たせてすまんな」

「――どうせ寝坊なさったのでしょう。それとも、お嬢さんに振られて、ふて寝でもしていたのですか」

「ちゃんと来てくれたさ! ――というわけで、相談に来たんだが」

「……お嬢様の開拓騎士団入り、の件ですね。それが……」


 アルバトロスは、十四郎の表情が曇っていることに気がついた。

 十四郎は、開拓騎士団ではそれなりの立場である。実質的な責任者のうちの一人であり、バーディーが希望した際は騎士見習いにしてくれるよう依頼してあったのだ。

 言葉を濁している十四郎の様子を見て、アルバトロスは、事態が変わったことを察知していた。


「どうした、何かあったのか?」

「それが、アルバトロス殿。――自分も一昨日まで知らなかったのですが、どうやら、伊吹団長が団に復帰なさるということで」

「――げっ! マジか……。あいつ、あと四十年は出てこない予定じゃ……」


 アルバトロスにとって最悪のシナリオだった。

 開拓騎士団の最高責任者であるあの男が、このタイミングで冷凍睡眠から目覚めてしまったなんて。そうでなかったとしたら、十四郎にバーディーを預けて、騎士団入りの希望を叶えてやることもできたのに。

――よりによって、伊吹雄介か。

 大きなため息をつき、頭を抱えているアルバトロスに、睦月十四郎が言った。


「もはや、自分もただの小隊指揮官にすぎません。誠に残念ですが――」

「ああ、それはやむを得ない。完全な想定外だ」


 睦月十四郎に責任はない。

 しかし、予定が狂ってしまったアルバトロスは、顔をしかめ頭を掻きむしりながら、ああでもない、こうでもないと独り言を言っていた。しかし、どう考えても騎士団入りの道が開けるとは思えない。ついには、苛立ったように大声を上げた。


「ああーっ! いまさらバーディーに何て言えばいいんだ! 畜生、伊吹の奴め!」

「……お力になれず、申し訳ありません」


 睦月十四郎は、インビジブルが見える『目』を持つわけではなかったが、その運動神経と身体能力の高さ、更には忠誠心を買われて指揮官に任命されている男だ。しかし、所詮は周辺の塔の出身、すなわち元下級民なのだ。

 本来の団長が復帰したならば尚更、人ひとりをこっそり騎士団に入れられるほどの権限は、持ち合わせていないのである。


「まずいんだ……。今の隠れ家だって、みつかるのは時間の問題だ。その前に騎士団に紛れ込ませて、インビジブル駆除の実績を残してしまえば、団に残留できるかと思っていたんだが」

「南塔に潜伏させてはいかがです? あそこなら顔が効くでしょう」

「それも考えた。何とかなると思うんだが――騎士団に紹介するっていう約束、破っちまうしなぁ……」

「お嬢様が身柄を拘束されてしまっては、元も子もありません。自分が思うに、南塔に匿ってもらうのが最も現実的ではないかと」


 腕組みをして、しばらくの間考え込んでいたアルバトロスだったが、吹っ切れたようにいつもの笑顔に戻った。そして、いたたまれない様子で付き添っていた十四郎に声をかけた。


「余計な心配をかけてすまん。南塔をあたってみることにするよ。――陸っちゃん。これが一段落したら、一緒に飲もうな!」

「はい、楽しみにお待ちしています!」


 睦月十四郎は、ぴんと背筋を伸ばし敬礼をした。彼に見送られながら、アルバトロスはふたたび空へと飛び立った。

 バーディーの幼い頃に、指切りをしてまで交わした約束が、果たせないかもしれないとは――心の中に苦いものが残ったが、くよくよしている場合ではなかった。

 目指すは南塔。いまは、バーディーの自由を確保するのが先だ。一度、中央塔の幹部に身柄が渡ってしまっては、もう二度と取り返せないかもしれないのだから。

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