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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
8/12

sideロウ

俺は必死に己を守って生きてきたつもりだ。


心臓や脳の一部が人口物になっても俺は俺だった。


まだ俺でいられる。

それは不思議なことに思えた。


爆撃を受けた時、吹っ飛ばされて色んな所が引き裂かれ、あるいはもげてしまった俺は、それでも命を失わなかったのだ。


俺は俺だと認識しているけれど。

しかし果たしてそれが産まれた時から同じ俺なのかは最早分からない。




ハクジは完全体だと言った。


完璧な人間。

知ってしまうととても神聖なものに思えて、この継ぎ接ぎだらけの俺が容易く触れてはいけないんじゃないかという気になる。


とても焦がれたものでもあったのに。


「僕よりよっぽど貴重だよ」


本人は特別意識している風ではなかった。


無い物ねだりとはよく言うものだ。


俺もきっとそう。

けれど、望むまでもなくそれを持っていた者にはそれは普通のことで、だから大切にしようだとか思わないのかもしれない。


ハクジもそんな感じで、その貴重性をまるで理解してはいない。

ちやほやされたり、特殊な環境に置かれていたくせに。


「憎い?」


望む前から俺がどんなに欲しても手に入らないものを持っていて、危険なんて知らずにぬくぬく育って。


でも。


「いや」


それはハクジの望んだことじゃない。


羨ましいと思っていたけれど、実際目にしてみると、何というか…こいつが死ぬまで完全体であるように護りたいと…そんなことを思った。


アンドロイドみたいに整った顔でゴールデンオレンジの瞳を瞬く人間の完全体。


「僕、ひねてんだよね。完全体って持て囃されて、人間とかアンドロイドとかどうでもいいじゃんて思った」


普通は高飛車になりそうなものを。


「窮屈なのがひたすらイヤだったから」


こいつがこんなだから周りは尚更ガードを固くしたんじゃなかろうか。


「お前を護ろうとする気持ち、わかるな」


ハクジは微かに眉根を寄せる。


「お前が自分を大事にしないからさ」


柔らかなホワイトアッシュをそっと撫でれば、ハクジは黙り込んでしまった。



 ффф



塔から見える景色は徐々に変わっていた。


新緑は深まり雲がもくもくして。

上着もいつの間にか着なくなっていた。


ハクジも、今や手を伸ばせば届く距離にいる。




食堂を使う生徒が多い中、ハクジは食品売場を利用していると言った。

アンドロイドと異なり、人間は食事をしないと生きていけない。


「そうすればどんな料理を食べてるかは分からないだろ」


材料の記録しか残らないから。


彼はとことん束縛や監視をされることを嫌うのだ。


「料理できるんだ?」


「まあ」


空に遣っていた視線がこちらへ向けられた。


「食べてみる?」


「…ぜひ」


そうして俺たちは北の塔から踏み出した。



寮への道を並んで歩いていた時。


不意に轟く轟音。

次いで強い揺れに見舞われる。

一瞬過る死の感覚。

気づけばハクジを抱き込んでしゃがんでいた。


「おいッ」


焦った声と共に視界の端に倒れてくる大木が映る。

抱き締める腕に力が籠った。

折れた太い幹が二の腕をかする。


数十秒か数分か。


ようやく揺れが収まり顔を上げると、倒れた木々の向こうに無惨に倒壊した別館が見えた。


「何やってんだよ!」


腕から抜け出したハクジに睨まれる。

怪我はなさそうでホッと息を吐いた。


彼は俺の顔を見て舌打ちし、おもむろにパックリ裂けた二の腕の傷へと右手を翳してくる。

その手が淡く輝きだしたかと思うと傷口が温かくなり、驚く間に傷が消えてしまった。


後に残ったのは流れ出た鮮血だけ。


「……今のは…」


「魔法。昔は誰でも使えたんだと」


「魔法?」


「回復魔法だよ。今じゃ、完全体しか使えないらしい」


魔法なんてお伽噺の世界だと思ってたのに。


ハクジは大きく溜め息を吐く。


「護られる必要なんてないんだ、僕は」


それからすっと立ち上がると、呆れたような苛立ったような顔で見下ろしてきた。


「それよりちゃんと自分を護れよ」


もう失いたくないだろ


そう、俺はずっと己を守ってきた。それにすがりついて生きてきた。


それなのに死を感じたあの瞬間、頭に浮かんだのはハクジだけ。


考えるより先に躯が動いていたのだ。



息を吐くように笑う。


よいこらせと立ち上がり、眉根を寄せて腕を組んだハクジの、ゴールデンオレンジの瞳を覗き込んだ。


「もっと大事なもの、見つけちまったみたいだ」


俺を映す大きな瞳が微かに揺らめいた後、自嘲するように細められる。


「完全体だから?」


「…わかんねえ」


理由なんてわからない。

ただ目の前の存在が何より大切だった。


ハクジはすっと視線を外すと睫毛を伏せてしまう。


「バカな人」


「…そうかもな」


でも仕方ない。

気づいてしまったのだから。


ハクジはどこか諦めたように息を吐いてから澄んだ瞳を向けてきた。


「仕方ないから、あんたは僕が護ってやる」


予想外な言葉に目を瞬いてしまう。


魔法を使えるというハクジ。

これでは俺の方が護られる立場になりそうでかなり気が引けた。


「お前は自分を大事にしてろよ」


「僕は誰の指図も受けない」


強い意思の宿った瞳に肩の力が抜けた。

こいつは縛られるのをとことん嫌うのだ。


「俺は護って欲しいなんて思わないぜ?」


「僕もだよ」


ダメだ、考えを変えそうにない。



結局、肩をすくめるしかなかった。



「気を取り直して晩飯にするか」


「疲れたから鍋な」


「食堂でよくないか?」


「食堂行くくらいなら食わないで寝る」


本当にこいつは…。


「俺も手伝う」


「…大丈夫なのか?」


「戦地を生き抜いた人間ナメんなよ」


「ちゃんと食える物作れよな」


全く可愛げがないんだが。



「ロウ、」


ゴールデンオレンジの瞳が真っ直ぐに俺を捉える。



それだけで、地獄のような日々を生き抜いた甲斐があったと思えた。

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