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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
7/12

sideハクジ

北の塔。


人気がなくて落ち着く。


学舎に来て本当に良かった。

四六時中くっついてくる監視の目はないし、運動も好きなだけできる。


今の不満は左手首のマーキングだけ。


これがないと何もできない世の中だから仕方がないけれど。

自由を好む者からしたらいい気はしない。


そういえば、これがなかったら不安だと思うなんて、いつか誰かが言っていた。

繋がってる安心感がどうとか。


何だそれ?


繋がれていることに慣れ、自由を恐れる。

何て可笑しな世の中だろう。

かつては当たり前にあった自由。

きっと束縛されるのを厭う人の方が多かったに違いない。


僕の意見は今では少数派だ。

けれど自分が変わってるとは思わない。


みんながおかしいんだ


そう確信してる。



 ффф



その日、塔には先客がいた。


気分が凹む。


踵を返した時、後ろから声が掛かった。


「ここは静かでいいな」


肩から上だけ振り返る。


チャコールグレイの癖のある髪が右目を覆うその人は、左側のアッシュグレイの瞳を細めていた。


人懐こい雰囲気に滲む儚さ。

そのちぐはぐな印象に興味を抱いた。


「僕のお気に入りの場所だよ」


「俺のお気に入りに加えても?」


首を傾げる先客。


肩をすくめて見せる。


「お好きにどーぞ」


彼はふっと息を吐くように笑った。


「それじゃ、ありがたく」


吹き抜けの窓から外を眺める先客の人。

風がチャコールグレイの髪をフワリと揺らした。


誘われるように少し間を空けて隣に座る。


遠くで講義開始のベルが鳴った。



心地好い静寂が流れる。



「ここは平和だな」


独り言のように落とされた声。

そちらに視線を遣ると、彼は相変わらず豊かな森に目を落としていた。


「俺がいた所は喧騒が絶えなかった。人が死なない日はないくらい物騒で、みんな生きるのに必死でさ」


窓枠に肘を付いて顎を乗せる。


「こんな緑とか澄んだ空とか、見たことなかったんだ」


前髪で隠された顔はどんな表情をしているのだろう。


彼の視線の先を追う。


鳥が翼を広げて空を舞っていた。


「ここ、来たばっかなんだ?」


「おう。お前は?」


「僕も」


視線が向けられたのがわかった。


透き通ったアッシュグレイの瞳に目を遣る。


「自由になりたくて、全部追っ払って来た」


そう、僕は自由を求めてる。


「手に入れられたのか?」


彼の口調は相変わらず穏やかだ。


「…完全にとは言えないな」


片眉を上げて見せると彼は肩をすくませた。



「ロウ」


「…何?」


「名前」


催促するかのように見詰められる。


「…ハクジ」


ゆるりと弧を描く口許。


「よろしくな、ハクジ」


「…どーも」



こうしてロウは僕の初めての友人になった。



 ффф



北の塔での会遇はとても静かなものだった。


何も言葉を交わさない時もある。

しかし、それが全く気にならない。


まるで風景の一部のように、ロウはそこに溶け込んでいたから。



「ハクジ、人間だよな」


会話はいつも唐突に始まる。


「うん」


ロウが首から上だけこちらを向く。


「俺、見分けるの得意だけど、お前ってスゲー判りにくい」


視線だけそちらへ向けた。


「アンドロイドっぽいってこと?」


「なんつーか、完璧なんだよな。継ぎ接ぎの部分がないような」


思わず笑みが溢れた。

見分けるのが得意というのは本当らしい。


「それでも人間ってわかるんだ?」


「気質が人間なんだよ」


「ふぅん」


僕にはよく分からない話だ。


だけど何となく思う。


「ロウも人間だろ」


「…ああ。一応な」


痛そうな顔で笑う。


微かに首を傾げると、ロウは肩をすくませた。


「産まれた時は右腕だけだった。けど、爆撃に巻き込まれてほとんど付け足しになっちまったんだ」


それから左手に視線を落とす。


「もうこの手と左目くらいしかちゃんと残ってねえ」


僕は失う悲しみを知らない。


「右目は?」


前髪に隠れた右目は人口物なのだろうか。


ロウは外付けの右手で前髪を掻き上げた。

現れた瞳は左と同じアッシュグレイ。けれどうっすらクリムゾンが透けていて、キラキラとシルヴァが散っていた。


とても綺麗だと思った。


「飛び散った弾丸の欠片が入ってるんだと。お陰で何も見えやしない」


「なんでそのままにしてるんだ」


右手が下ろされ、綺麗な硝子玉は髪に隠される。


「…左があれば見えるし…自分を失うよりいい」


人口物というのは全く違和感なく躰に馴染むという。

だからこそ恐れるのかもしれない。


立ち上がってロウの目の前まで歩みを進める。


カツリ


落とされていた視線が上がった。

少し驚いたような顔。


興味の向くままに手を伸ばし、柔らかなチャコールグレイの髪を横へ退かした。

丸い硝子玉は近くで見るとますます半透明に澄んでいて、光の加減で煌めくシルヴァが星々のようにクリムゾンの背景に浮かんで見える。


何も映さない硝子玉は、けれど確かに体験を宿し、ロウの記憶を証明している。


これはロウが戦地を生き抜いた証。


「綺麗だ」


やはりとても綺麗だと思った。


見開かれる瞳。


「綺麗」


ロウはとても綺麗。


一瞬泣きそうな顔をした彼は、髪を押さえつけていた僕の手を取った。


「…お前は」


「完全体だよ」


ロウの躰が固まる。


「研究材料にされたり警護をつけられたりで、スゴく鬱陶しかった。だからここへ来たんだ」


何とも形容し難い表情で唖然と見詰めてくる彼のすぐ隣に腰を下ろす。


「見ての通り色味が変わってるからさ、大体アンドロイドって思われてると思う」


ホワイトアッシュの髪にゴールデンオレンジの瞳なんてそうそういない。


僕は色んな理由で護られてきたから、大きな怪我もなくこうして今も産まれたままの躰を保持できていた。

そんな風に護られて育った僕よりも、様々な体験をしてきたロウの方がとても綺麗だと思う。


「…だからか…」


ようやく肩の力を抜いたロウに左手でそっと頬を撫でられた。


「マジで継ぎ接ぎがなかったなんて」


僕よりちゃんと"生きて"きた彼の手に擦り寄る。


鳥籠の中の鳥と野生の鳥の違いというか。


ロウからは強い生命力を感じた。

儚げに笑う彼だけど、必死で生にしがみついてきた強かさは感じられるのだ。


「僕よりよっぽど貴重だよ」


そうして生き抜いてきた人々の輝きは眩しいくらい。

つい、引き寄せられて側にいたいと思わせる。


「お前がアンドロイドっぽいのはその育ちのせいかもな」


受容的に生かされてきたから。

今では僕より人間らしいアンドロイドも多いだろう。


「かもね」


見詰めあう。


深いアッシュグレイの瞳は見ていて飽きない。


「それでもお前は人間だよ」


優しい瞳から目が離せなかった。

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