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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
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sideマツバ

アサギは覚えているだろうか。


俺たちは同じ一つの核から造られたんだ。


人間の双子みたいに。





まだプログラムの大半が起動する前から同じ場所にいた。

同じ場所で産まれる時を待っていた。

鏡を見ているように、目の前にはアサギがいた。

目蓋を開けなくてもわかっていた。


そこにアサギがいて、俺は完結できる。


俺たちは互いの半分だった。


俺たちは、二人で一つだった。



あのとき唇が重なったのは偶然だったのだろうか…―――



 ффф



「おやすみ」


眠りを促す言葉。

掛ける気分は複雑だ。


もしかしたらそれが永遠の眠りになるかもしれない。


だから全ての想いを込めて…。





アンドロイドは夢を見ない。


けれど、眠りから覚めたアサギはいつも懐かしい香りを纏っていた。


この穏やかに過ぎ去る日々を沁々と感じているような深い瞳を見る度、どうしようもない気持ちになった。


俺たちは壊れかけのアンドロイド。


不調で済む程度の俺と異なり、アサギは確かに終わりへと向かっていた。


俺とアサギは二人で一つ。

アサギが機能を停止した時が俺の終わりだ。


それは当たり前の結論。



 ффф



アサギはよく眠る。


最初は眠りに就いたとき、なかなか起きないだけだった。


アンドロイドには曖昧な感覚はない。


オンかオフか。


それが普通。


でもアサギは、もうそうではなくなっていた。システムの切り替えがうまくできないのだ。

小さなバグは少しずつプログラムを蝕む。


アサギの眠る時間は伸び、曖昧なイシキで人間のように夢を見るようだった。


眠ろうと思わなくてもイシキを失う時間も徐々に増えていた。


共に本を読んでいるとき、音楽を聴いているとき、話しているとき…アサギは唐突に目蓋を閉じて動かなくなる。


再び目蓋が上がる確率は半々だ。


だからそんな時には、もう俺にはわからなくなってしまったアサギのエヴァグリーンの瞳が再び俺を映すのを、祈るような気持ちで待つしかなかった。

柔らかな髪を梳いて、滑らかな頬を撫でて、力の抜けた手を握って。


そうすれば、まるで長い瞬きをしていただけみたいに目蓋を上げるのだ。

日の照らす角度が変わっていても違和感はないらしい。


切り取られた時間は何事もなかったかのようにアサギの記憶に埋没する。



 ффф



何故、故障を直さなかったのか。


俺がアサギの半分だからだ。


アサギがそのままなら俺もそのままで。



壊れゆく時も共に在りたい



アサギの最期まで。

俺の最期まで。


共に造られた時のままでいたかった。



 ффф



戦地を脱出しようと二人で駆けていた時、ふと少女のか細い歌声が聞こえてきたことがある。

吐息の中に辛うじて聞き取れるような旋律は聞き覚えがあった。


優しくて悲しい歌。


砂まみれの少女は崩れた壁の前にしゃがみ込んでいた。

きっと大切な誰かを喪ったんだろう。

虚ろな瞳で空虚を眺めて。


唐突に思い出す。


これは俺たちの母親になる筈だった人が歌っていた曲。

喪われた子どもの最後の記憶にあった曲。


子どもを寝かしつけるとき、安らかな時を願うとき、人はこの曲を歌うのだ。


気付いたら口ずさんでいた。


ふと隣から感じた視線に振り返る。

微かに目を丸くしたアサギが、何かを言いかけたように、半端に口を開けたまま固まっていた。


その口から発せられる筈だった言葉は何だろう?


気にならなかったと言えば嘘になる。

けれど俺は紡ぐメロディを止めることができなかった。


…アサギが目蓋を下ろしても。



 ффф



マダムと出会えたのは本当に幸運だった。


終わりまでの僅かな時間をこんなに穏やかに過ごせるなんて、考えられなかったことなのだ。



予感があった。



夢のような時はほんの僅かな時間だったのに、随分長く感じられた。

けれどあっという間のようでもあり…。


何事もない平穏な毎日にアサギがいるだけでよかった。


アサギがいるだけで。



バルコニイで最後に目蓋を下ろす様がスロウモーションのように映った。


これで最後、これが最期なんだと悟った。


手を繋ぐ。


アサギの最期は俺の最期だ。


傾いた躯。

肩にかかる重み。

力の抜けた腕。


目蓋を下ろす。


アサギを感じた。



 終わる




一羽の鳥が飛び立った。






寄り添い合って壊れた二体のアンドロイドに微笑みかけるマダム。


後ろにいた白衣の男が端末でメッセージを送る。


「彼らは二人で一つなの」


「心得ております」


黒い服装の男が二人やって来て、壊れたアンドロイドを回収していった。


「それではマダム」


美しい所作で挨拶を送り、白衣の男も去って行く。


不意にマダムの端末が淡く光った。

目を遣った彼女は穏やかに微笑みを浮かべる。


「次の子は一緒に暮らした方が良さそうね」



母親のような、慈愛を感じる声だった。

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