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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
5/12

sideアサギ

ベッドに横になる。


抱き締める腕は俺と同じ。


「おやすみ」


穏やかな声に誘われるように目蓋を下ろした。



 ――― ―― …



爆撃。

硝煙。

炎。

金切り声。


そういったものがそこら辺にあった。


始まりは突然で、日常は呆気なく急変する。

異常な光景が日常に変わった。


いつからか、ずっとそうだったような気になった。

消え行く命を見ながら自分たちの無事を祈った。



 ффф



端末で何でも知れる時代。

図書館のように本で埋め尽くされた一室はどこか暖かみが感じられる。

「読書というのも、いいものかもしれないな」


「ああ」


本棚から一冊、抜き取った。

厚い表紙の凹凸にそっと触れてみる。

ページを捲る度、独特の香りがした。


奥の椅子に腰掛けて本格的に読書を始める。

隣の椅子に座ったマツバも睫毛を軽く伏せ、本の内容に浸っている様子。


こういうのも悪くない。



 ――― ―― …



俺たちは、喪われた子どもたちの代わりに造られた。

家族と対面する日に戦争が始まった。

後はただ、マツバと二人、生きることに必死になった。



戦禍を逃れようとひたすら走る道すがら、爆風に吹っ飛ばされた俺たちはプログラムを損傷してしまった。

それでも何とか泥沼の地域を逃れ、病院へ駆け込むことができた。


『失陥を直すには記憶をデリートするしかない』


俺はそれを断った。

記憶を失えば俺でなくなると思った。


マツバの方はマーキングが壊れていたが、同じく修復は断っていた。


『アサギが繋がってるから』


そんなことを言って。



 ффф



ある時マツバは、色味が分からないのだと言った。

手と手を重ね合わせる。

そうして目蓋を閉じると、俺の視界が、色付いた世界が視えると言う。


それで充分だとマツバは笑った。



目蓋を上げる。

隣に目を遣った。


「視界不良、何故治さなかったんだ」


マツバは眉尻を微かに下ろす。


「必要ないと思った」


「何故?」


そっと頬を撫でられる。


モノトーンの世界を映す穏やかなエヴァグリーンの瞳が俺を捉えている。


淡い微笑を浮かべたマツバが答えをくれることはなかった。



 ффф



「雨か」


窓を打つ音にマツバが小さく溢す。


俺たちは端末を使わない生活をしていた。


雨音に耳を傾ける。


パタパタ


ポタリ


サーサー


ピシャン


自然の演奏は聞いていて飽きない。


「猫が雨宿りしてる」


マツバの視線の先には軒下に丸くなった白猫がいた。


「マツバと同じような目の色だ」


その言葉にマツバは目を細めた。


髪を優しく撫でられる。


とても心地好くなってしまった。



 ――― ―― …



壊れたアンドロイドは回収され、再利用される。

そう聞いていた俺たちは恐々としながらさ迷った。


そんな折り、親切なマダムに出会う。


『行く宛がないのなら、家にいらっしゃい』


マダムの家はとても広く、使われていない部屋がたくさんあった。

その中で、少し離れた場所にある、緑に囲まれたこじんまりとした建物へ通された。


『好きに使うといいわ』


建物ごと俺たちに委ねてくれたのには驚いたが、ありがたく使わせてもらうことにした。



 ффф



建物の近くには小さな泉があった。


草原に腰を下ろして眺める。


澄み渡る水の中で悠々と泳ぐ魚たち。


「気持ちよさそうだ」


俺たちは泳いだことがない。

住む予定だった場所が海に近かったので、どこまでも広がる大海原を目にしたことはある。


あそこで伸び伸びと泳いだら気分がいいに違いない。


「アサギも泳ぎたいのか?」


「もっと広い場所ならな」


「…住む場所を知った時、話したっけな。海に泳ぎに行こうって」


「結局、そんな暇なかった」


でももういいのだ。


こうして二人で長閑な日々を過ごすのが、一番最高に違いないから。


不意にマツバの手が重ねられる。


 木洩れ日がきれいだ


辛うじて頷けたと思う。



 ――― ―― …



俺たちは同じ容姿をしている。

生まれた時、隣に確かに存在を感じていた。

同じ所で同じように造られたのだと思う。

起動される前、唇に触れた柔らかな感覚を、この器が覚えていた。


触れるだけの口付け。


それは相手を確かめる手段。



 ффф



何となく青空を見上げていたら、不意にマツバの口ずさむ声が聞こえた。


どこかで聞いたことがあるようなメロディ。


懐かしいそれは暖かい気持ちになるのにどこか切ない。


いつ聞いたか…?


思い出せそうで思い出せない。


マツバに聞いてみようと振り返る。

かち合ったエヴァグリーンの穏やかな瞳。



何故だろう、言葉が出ない。



唖然と見詰めていた。



 ――― ―― …



マツバの笑みはとても綺麗だ。


まるで永遠の別れの時に向ける顔みたいに。



どれくらいのアンドロイドが終わりの時を思うだろうか?


メンテナンスを受ければ生は永遠。

不要と判断された個体はある日突然機能を失うという。

決断を下すのはマザーシステムだ。


前列は聞かない。

マザーシステムは人間のために働くが、アンドロイドを粗末にしたりはしなかった。


まるで母親のように思っているのかもしれない。



 ффф



麗らかな日差しに誘われるようにバルコニイへ続く硝子張りの扉を開いた。


「ああ、いい天気だ」


マツバが穏やかな声で言う。


エヴァグリーンの瞳がこちらへ向けられた。


「今日はバルコニイで本でも読もうか」


「ああ」


ゆったりと流れる時間。

それはいつか心から望んでいたものだ。


傍らにはマツバがいて。

とても安らかな気持ちになる。


鳥が飛び立つ。



羽ばたきが聞こえた気がした。

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