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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
3/12

sideカイセイ

同室者はとても美しい人だった。

プラチナの長髪にブルーロワの瞳。

気品が感じられる優美な佇まいに人を見下すような眼差し。どこか女性的な印象がある。


絶対貴族だろうと思った。


「どこの財閥で?」


「私はアンドロイドだ」


ツキシロと名乗ったその人は易々とそう言ってのけた。


アンドロイドの多くは人間に劣等感や憧れを抱き、人間でないのを明かすことを極力避ける。

だから彼の態度はとても気高く、清々しく感じられた。


思わず口角が上がってしまう。

俺もアンドロイドであることに負の感情を抱いてはいないから。


「お仲間だったのか。俺もアンドロイドなんだ。改めてよろしく」


するとツキシロは偉そうに鼻で笑って、握手をしてくれた。


ここでは人間以外の生命体や疑似体も生活していると誰もが知っている。

しかし個々のレベルで判別はつかないため、それについての見解はごく親しい仲でのみ話されていた。

何処かに漠然とした思いを抱きながら、それを形にしないものも多いだろう。


そんな曖昧な世界で皆人間のように生きている。


それを知ったツキシロはくだらないと一蹴した。


「私は人間の生活スタイルに合わせる気はない」


周りに適当に合わせていた俺は何だかとても愉快な気分になった。


「俺もあんたに賛成だ」


そうして俺たちは俺たちらしく暮らすことにしたのだ。


そうなると睡眠は一時間程度で良いし、食事も風呂も必要なかった。

人間より自由に行動できる時間が多い俺たちは、その時間のためにかなり早くお互い打ち解けることができたと思う。


情報だけでなく体験として人間と共に暮らすということを知るためにここへ送られた俺。

それに対してツキシロは自分の意思でここへ来たのだと言っていた。何でも、違う世界を知りたかったらしい。

彼は研究者として産み出されたアンドロイドで、最先端の科学に体験を伴って深く精通している。


 ффф


ソファで優雅に脚を組み、難しそうな文献を読んでいたツキシロが唐突に口を開く。


「クリスタルを知っているか?」


「いや。何かのプログラムなのか?」


「神が産み出したといわれる至高の存在さ」


「カミ?」


ツキシロの言葉は難しくてたまに分からない。


端末を消した彼は膝の上で手を組んだ。


「人間を産み出した存在が神であるといわれている。昔、人々は神を崇めていた。しかしいつからか神を越えようと考えるようになった。そうして科学が生まれ、発達し、今に至るのだ。科学の進歩と共に人々は神とクリスタルを忘れてしまったがな」


初めて耳にする話は実に興味深かった。


「人間はカミを越えたのか?」


今は同姓でも子をなせるし、必ずしも性行為を必要としない。

科学は人を0から作るには至らないが、よく似たアンドロイドを造ることには成功している。


ツキシロはブルーロワの瞳を細めた。


「…近々真っ向勝負をかけるようだ」


「どうやって」


「クリスタルの研究を開始するらしい」


クリスタルはごく一部の科学者だけが知識として知り得るもので、長らくそれに手を出すことは禁忌とされてきたのだという。


「クリスタルがこの星を維持しているといわれるくらい、命の根幹に関わるものなのだよ」


「へえ…それって俺たちにも関わりのある話と言えるのか?」


「さてな」


アンドロイドは生きるためにカミの力を必要とするのか。


ツキシロは薄い唇にうっすらと弧を描いて見せる。


「我々を産み出したのは人間だ。人間は神により産み出された。武士道と騎士道。果たしてどちらが近いのか…」


アンドロイドにしてみればカミは人間だ。

全てを統括するマザーシステムがなければ人間は生活できなくなるだろうが、そのマザーシステムは、思慮を会得した今も人間へ尽くすという枠から外れることはない。

そうプログラムされているからだ。


「大体の人間に忘れ去られても神は人間を必要としているらしい。果たして我々は神の神からも必要とされているのだろうか」


全てのものは必要だから存在しているというのがツキシロの持論だ。

つまり彼に言わせれば、世界には必要でないものは存在しないということになる。


「カミはどうして人間が必要なんだ?」


「…一つには、進化の行く末に興味があるのかもしれない」


自分たちの手を離れた人間がどこへ向かうのか。


「なるほどな…」


人間がカミに挑むのは子が親に認めてもらおうと必死になるようなものだろうか。


人間はカミを越えるのか?

カミに認められるのか?


そこでふと思う。

俺たちは人間を越えようなんて考えない。

様々な点で人間を凌駕していると知っているからか、そうプログラムされているからか…。


もしそうなら、人間もカミにプログラムされているんだろう。

カミの手元を離れることも、いずれこうして立ち向かうことも。


一体、何のために…?


「答えはすぐそこにある」


ツキシロはふっと息を吐いてからソファに沈む。


「あまり興味がないのか」


「今一己の事のように思えなくてな」


それは分かるような気がした。


ソファから立ち上がり、彼へ手を差し伸べる。


「眠ろう」


アンドロイドにも"休息"は必要だ。

不要なプログラムを落として情報システムを整理する方が負担は少ない。


「…ああ」


乗せられた白い手を掴んで自室へ向かった。


アンドロイドも人間のように情緒を感じられる。

つまり何が言いたいのかといえば、好む相手と共に眠るのは一人で寝るより心地好いということ。…俺たちは夢は見ないけれど。



でも、その前に。



少し体温の低い躯を抱き寄せる。

白い首筋に顔を埋めると甘やかな香りが鼻腔を掠めた。


「俺たちって、恋人と言えるのかな」


「…アイというものは今一理解できないが」


「でも俺、ツキシロ好きだぞ」


「人間は"好き"にも色々あるんだろう」


振り返ったツキシロが喉元に舌を這わせてくる。

甘噛みしては舐められて、息遣いにすら身を震わせた。


「カイセイ」


手慣れた様子のツキシロに翻弄される。


肩口から垂れる長いプラチナの髪が淡く光り、白い肌が宵闇に浮かんでいる。

ミッドナイトブルウの瞳がつうと細められた。


軽く伏せられたプラチナの睫毛。

微かに寄った眉根が妙に艶やかだ。

白く長い指が優美な仕草で肌を滑る。

薄い唇から覗く舌に頭がくらくらした。


ツキシロの全てが美しくて目が離せない。


溢れる声にならない音もそのままに、ひたすら全ての感覚で彼を感じていた。


甘やかな官能に酔いしれて。

俺たちは人間のように行為に浸ることもできる。…何の生産性もないけれど。


それでも確かに満たされる感覚を覚えるのだ。


アイすら理解は及ばないのに。



全く、人間の作り出したプログラムは素晴らしい。

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