sideキハク
学舎には小綺麗な顔の生徒が多いが、大半がカネと引き換えに得たものでオリジナルではない。
貴族層は皆美人だ。
元々血筋がいいのは顔も整っているらしいが、今ではどこまでオリジナルか分からない。
それに比べて下のクラスの平民たちはオリジナルっぽい顔つきが多かった。
彼らの多くはそれをコンプレックスと思うらしい。
年々、人間が産まれた時に欠落している部分は増えているというのに、敢えて貴重な自前の部分をなくそうとする心意気が分からない。
俺は人工物を好かなかった。
まるで違和感なくくっついている両足がまさにそうだなんて、考えたくもない。
ффф
風紀の巡回をしていた。
聞いてしまった。
…同室者の真実。
涙を流していた。
苦しそうに唇を噛み締めて。
信じられない。
クロトビがアンドロイドだったなんて…―――
泣いていた。
辛そうに肩を震わせて。
アンドロイドも泣くんだと他人事のように思った。
綺麗な顔が歪んで、それでもやっぱり綺麗で、放っておけない気になる。
心の冷めた部分では裏切られたような気になっていた。
一部では今まで酷いことを言ってしまったと後悔していた。
知らなかったのだ。
アンドロイドがこんなに人間っぽいなんて。
苦しんでいたなんて。
造り物なんて思えないくらい。
クロトビが人間じゃないなんて。
頭がその事実を受け入れられない。
不意にクロトビが視線を上げた。
見開かれるブルーグレイの濡れた瞳。
歪む。
駆け出した背中を追っていた。
必死で腕を掴んだ。
暴れる躯を抑えつけるように腕に閉じ込める。
すっぽり収まってしまう。
彼はこんなに華奢だったのか。
シャツ越しに感じる確かな温もり。
強く抱き締めれば抵抗は止み、肩が震えているのが分かった。
丸い頭を肩口に押し付ける。
指通りの良いダークブラウンの髪。
頬を寄せる。
こっちまで泣きたくなった。
どうして…
どうしてクロトビは人間じゃないんだろう。
アンドロイドは何が違うんだろう。
何も違わないような気になっていた。
泣いて、苦しんで、悲しんで。
もう分からない。
ただ、クロトビがアンドロイドだと思うと悲しかった。
どうでもいい。
どうでもいいじゃないかと言い聞かせる。
確かに感じる温もりにすがるように柔らかな髪に顔を埋めた。
アンドロイドとか人間とか、そんな言葉がなくなればいいと思った。
何も考えたくなかった。
「…キハク」
しばらくして小さく聞こえた声に腕の束縛を緩める。
目が合うとクロトビは一瞬固まってから小さく苦笑した。
「聞いてたのか」
「…悪い」
首を振った彼は自嘲するように口角を上げる。
「誰にも言えなかったんだ。…軽蔑しただろ」
「そんなことねぇ!今でも…信じられねぇけど…」
滑らかな白い頬に手を伸ばす。
伝わる体温に胸が苦しくなった。
「…知らなかったんだ。お前は人間にしか見えねぇし…」
今や苦しそうな顔をしているのはキハクの方だ。
クロトビは微かに眉根を寄せて瞳を揺らす。
「アンドロイドを嫌ってるのに、何で…」
「…お前が、そうだったから…」
どこか離れた所にいるのだと思い込んで、見た目が似てるだけの全く別な存在だと思っていた。
あれは生きてるなんて言えないとすら思っていた。
実物がこんなに近くにいたなんて、知らなかったから。
「…悪かった。お前は人間にしか思えなかったんだ。…きっと、アンドロイドも人間も変わらないんだ。いいんだ、そんなの」
どれだけ人工物になっても自己の認識はきっと変わらないだろう。
俺は俺。
だからいい。
それでいい。
クロトビはクロトビで、それだけでいい。
そう思うと胸がスッキリした。
改めて綺麗に整った顔を見詰める。
ダークブラウンの睫毛が微かに震えた。
「これからもよろしくな、クロトビ」
「、ああ…」
戸惑いを含んだ声を聞いてつい、少し低い位置にある頭を撫でてしまう。
クロトビはブルーグレイの目を丸くした。
「もう帰ろうぜ」
端末で見回り終了の旨を送り、寮へと足を進める。
隣に並んだ気配に口角が上がった。