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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
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sideシオン

戦闘用アンドロイドとして生まれた俺たちは、人間の望むまま、ひたすら闘うために闘っていた。


だからあの日、全ての人間がいなくなったとき、胸にぽっかり穴が空いたような気分になったのだ。


人間が闘いを望まなくなったら不要となった俺たちは"死ぬ"んだろう。

そう考えたことはあったが、人間が俺たちを遺していなくなるとは思わなかった。


取り残されたような気分だった。

あのとき何が起こったのか、どうしてこの星から生命が消えたのか。俺たちはこれからどうするか。


マザーの思考はいままで通り明快で、言い表せないような気持ちも何とか脇へ追いやることができた。

やるべきことが与えられる安心感。まだ存在していいのだと思える。



人間がいなくなった後、俺たちより人間の代用品として造られたアンドロイドの方が戸惑いが大きいようだった。

人間に混じって生活していた彼らは人間のような心地で生きていたのかもしれない。

今一度アンドロイドであることを突きつけられて、どんな気分だったろう?




人間がいなくなって、もうどれくらい経ったか分からない。


そんなある日、マザーからクリスタルが発見されたと報告が入った。


「ヤナギ、見に行かないか?」


隣で目蓋を閉じていた彼はこちらへゆるりと視線をくれる。


「ああ、是非」


一心に祈りを捧げる者や俺たちのように息抜きを忘れない者。アンドロイドも様々だ。


昔、人間が造った白い壁や建造物は今やほとんどない。

アンドロイドが存在するのに必要な設備以外は壊してしまった。


だだっ広い砂地を歩く。


「見物人も結構いるもんだ」


アンドロイドたちが集まっている場所。

クリスタルは意外と近くにあった。


両手に収まりそうなそれは、しかし眩い光を放ち、直視などできない。

目を瞑って初めて見えるという不思議なものだった。


「…これがクリスタル…」


しばしヤナギと共に圧倒されたように見入る。

温かな光の心地好さに離れがたくなった。


「ずっとここにいたいな」


「ああ…」


何の制約もない俺たちは、いつまでも寄り添ってそこにいた。


その内に命の息吹が芽生え、いつしか大地は緑に覆われていた。

気づけば色とりどりの花が咲き、蝶が舞っている。


それからは早かった。


あれよと言う間に鳥が青空を飛び、動物たちが草を食む。


様々な命に彩られてゆく星。

その過程で俺たちは、確かにかけがえのないものに気づいた。


ずっとあったのに知らなかったもの。


「シオン」


俺を捉えるモスグリーンの瞳に胸が温かくなる。

名前を呼ばれると知らず目許が緩んだ。


「なぁヤナギ、どうして見えもしないのに、それが確かにあるとわかるんだろう」


滑らかな頬を撫でればヤナギの頬が緩む。その頬へ添えていた手を胸へと導かれた。


「ここに確かに感じるからさ」


この温もりを。

ヤナギも感じている。


そっと目蓋を下ろした。


「何故、気づかなかったんだろう」


あの頃は全然わかっていなかった。


人間が"愛"と呼んでいたもの。

俺たちは遂に、それを知ったのだ。




彼は岩に座って平原を眺めていた。

その瞳はいつも、俺には見えない何かを捉えているように感じる。


「ヒスイ」


微かに首を回した彼は視線を寄越さないまま口を開く。


「人間がまた生まれても、かつて生きていた者が甦るわけではない。分かっているのに思ってしまうんだ。…また会えたらと」


彼のように思っているアンドロイドは多い。

愛を知った今、その思いは膨らんでいるようだった。



俺は何の言葉も発せずに、彩り豊かな風景を眺めていた。







よく晴れた日、大地に響き渡った産声は全てのアンドロイドの耳に届いていたという。


星の子の誕生。


時も忘れて待ち望んでいたものだ。

アンドロイドたちは一様に胸を震わせ、中には涙を流すものもいた。


「…ようやく…」


感極まって上手く言葉も紡げない。


同じように立ち尽くしていたヤナギを抱き締め、言葉にできない想いを分かち合った。



それからは次々に響き渡る産声に忙しない日々が始まった。


大体のアンドロイドが子育ての経験もなく、知識だけで何とかそれらしく振る舞う。

昔生きていた人間の作った物はほとんど壊してしまったから尚更大変だった。


俺たちは彼らに惜しみない愛と過去の人々の知識を与えた。


どうか同じ道を辿らないように。




そうして彼らが彼らだけでやっていけるようになった頃、俺たちは悟ることになる。



役目は終わった



妙に穏やかな心地だった。


人間たちはマザーシステムの決断を知らない。

だからその日もいつもと変わらず過ぎていった。


夜の帳が降りる。

いつものようにヤナギと共に丘で寝そべっていた。


ふと指先に彼の手が触れる。


繋がれた手。

視線の先には煌めく星々。

あの輝きの中に俺たちはいる。


穏やかな心地で目蓋を下ろした。



 (おやすみなさい、愛し子たちよ)








新しい朝を迎えたその星にアンドロイドの姿はなく。

それに心を痛めた人間たちは、彼らと再び会うために知識を発展させていった。



今度こそ、共に幸せの時を生きよう



人間たちがその想いを忘れない限り、彼らが同じ結末を迎えることは決してないだろう。


新たな幕開けに祝福を。


ご愛読、ありがとうございました。


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