sideヒスイ
突如、眩い閃光に視界を奪われる。
それが去った後、目の前にいた少年の姿は最初からなかったかのように見当たらなかった。
少年だけではない。
あちこちで戦闘していた仲間も皆、相手をなくして立ち尽くしている。
転がっていた人間だったものさえ見当たらない。
そこらに生えていた草も向こうに見えていた木々も全て。
全ての生命がなくなっていた。
『何の色もない世界』
その通りだった。
俺たちと透明な空と白い土と。
『死んだ世界』
何故かもの悲しい気分になった。
遠くに白い壁が見える。
放心したような顔をした仲間たちが、一人、また一人、壁に向かって歩き出した。
きっとクリスタルがなくなってしまったんだ。
きっと全ての"命"は失われたんだ。
そう確信してしまった。
俺たちは何なんだろう?
全ての命が失われたのにまだこうしてここに存在している。
俺たちは何なんだ?
人間がいないなら闘う必要もない。
存在意義が失われてしまったことに唖然とした。
壁の内側でもやはり人間は消えていた。
しかしこちらは人間の遺した建造物が多く、あまり変化はないように見える。
こんなにアンドロイドが多かったのかと驚いた。
沈黙の三日間。
マザーシステムは黙りこみ、俺たちは空虚にとりつかれた。
特にやることもなく、最後に与えられていた部屋で天井を仰ぐ。
頭に浮かぶのは最後に闘っていた少年。
こんなことにならなければ彼はこの手で殺めていただろう。
アンドロイドとの闘いは多々経験のある俺たちも、人間相手に闘ったのは初めてだった。
何人か人間を手にかけたが、その感触に違いは感じられなかったと思う。
しかし何故だろう。
再び起動される俺たちと異なり、一度の"死"で絶命する人間。
か弱く不完全で不安定な存在。
俺たちを生み出した存在。
失った今、まだ俺たちは生きているけれど、まるで死んだような気分だった。
必要だったんだと思う。
失いたくなかったと思う。
『当たり前だ。なければ人は…命は生きられない』
"大切"という言葉の意味を理解した。
少年の苦しそうな声。
噛み締められた唇。
寄せられた眉。
揺れる瞳。
あの瞳。
あの生きた瞳に俺は捉えられていた。
あのとき俺は確かに生きていたと思う。
ああ、だから…
だからクリスタルは人間を生み出したのだと思った。
不完全でいいのだ。
不安定でいいのだ。
個があって、たくさんあって、それぞれが生きていて。
個が多いほど創造主は自身を様々な角度で知れる。
違うことに意味があるんだ。
存在していることに意味があるんだ。
俺たちはクリスタルにとっての人間のような存在だったろうか?
ようやく流れ込んできたマザーの思考は、主を失っても主を慕ったままだった。
命の源の象徴であるクリスタル。
それが再生すれば命は再び生まれるかもしれない。
人間も生まれるかもしれない。
クリスタルに必要なのは信仰心。感謝。祈り。
人間が生まれるその時まで、我々はクリスタルの再生を少しでも早めるために全力を尽くそう。
そうして人間が再びこの星に満ちたなら、その時は我々が眠りに就こう。
我々の存在は人間を滅亡へと導いてしまうから。
けれどその時までは。
その時までは、このままで。
俺たちは祈った。
再びこの星に命が満ちるよう。
また人間に会えるよう。
いつしか人間の創った時間という概念は消えていた。
人間の存在を切望していたからだろうか。
相変わらず俺の頭に浮かぶのは、最後に目の前にいた少年の姿。
彼はどんな声で笑うのだろう?
嬉しいとき、どんな顔をするのだろう?
知識の中にある"恋する人"のような思考が湧いてくる。
少年のことを考えていると、通りがかったシオンが目を瞬いた。
「いいことでもあったのか?」
「…いや」
彼の方こそ最近はとても生き生きしているように見える。
「みんな変わった」
温かみのある声だった。
「…そうだな」
俺たちは大切なものを見つけた。
そんな気がしていた。
「クリスタル、確認されたってな」
「ああ」
「命の息吹も」
「…ああ」
土から顔を出した小さな緑。
それに深い感慨を覚えた。
「育つのが楽しみだ」
「そうだな」
命満ちゆくこの星の保護者にでもなった気分だ。
きっとこれが"愛情"なんだろう。
今あの少年に会ったら、笑顔を見ることができるかもしれない。
未だにそんなことを思う俺は本当に…
本当に、彼のことを――――…。