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その果てにあるもの  作者: ふゆしろ
10/12

sideソラ

荘厳な雰囲気の漂う神殿に安置されている、神々しいまでに清らかな光を放つクリスタル。


それは俺たちにとって欠かすことのできない存在だった。


一日の始まりの時、無事に新たな朝を迎えられた感謝の祈りを捧げ、一日の終わりには無事安らかな眠りに就けるという感謝の祈りを捧げる。


クリスタルのお陰でこの星は命に満ちている。

清らかな空や水も鮮やかな草花も全て、クリスタルにより創られている。


全ての恵みはクリスタルあってこそ。


人の命さえ。


だから俺たちはその現しきれない感謝をいつも心に抱き、日々を大切に生きていた。



いつからか、大地に聳える白い壁が出現したという。

その壁の向こうで暮らす人々がいるというのだ。

その人たちはなんと、クリスタルに頼らずに生きようとしているらしい。


ソラには意味がわからなかった。

自分の命を創りしものからどうやって離れるというのだろう?


『憧れに欲望が混ざり傲慢を産んだのじゃ。クリスタルを超えようなどと…命を得た時点で無理な話よのぅ』


じい様はそう言って、遠くに見える白を眺めていた。


兎に角、いつからか新たな生き方を模索し始めた人たちと、昔から変わらぬままに生きる俺たちと。


白い壁を挟み、まるで違う生き方をしている。


『向こう側の人々が増えるにつれ、儂らのような生活を送る者は随分減った。見るがよい。クリスタルの輝きを。言い伝えによれば、その煌めきは目蓋も上げれぬほどじゃという。それが今や、この様じゃ』


神々しいまでの光は淡く、易々と直視できる。クリスタルの形まではっきりと見てとれた。


『クリスタルは人々の祈りで輝きを保つのじゃ。人が在るのはクリスタルが存在を認識するため。それを果たせなくなれば、いよいよ人も用済みになろうて』


もういつこの星の命が枯れ果ててもおかしくない。


そんなじい様の言葉に戦慄した俺たちは、一層祈りを捧げることに熱心になった。


『全てはクリスタルの意思。人はただそれを受け入れるしかできぬ』


じい様は現状を嘆いたりしなかった。全てを有りの儘受け入れる気でいる。

けれどそのように達観できないソラは、熱心に祈りを捧げるのだった。




その日、一人の見知らぬ男がやって来た。

何でも、壁の向こうから神殿に安置されている水のクリスタルを見に来たらしい。

しかしじい様は彼を神殿へ通すことはしなかった。


「後日、改めて」


男はそう言って帰って行った。


後で聞いた話によると、男はクリスタルの調査をしたいと言ってきたらしかった。


クリスタルを敬うどころか冒涜的な行いをしようとする。

それをこの地に住まう者たちが許すはずがない。


壁の向こうの者たちがクリスタルを軽んじていたからクリスタルの輝きが褪せてしまったというのに、これ以上状態を悪化させる気か。


俺たちがそう思ってしまうのも仕方ないだろう。





そうして運命のその日、壁の向こうから来たのは人の姿をした人ならざる者たちだった。


「クリスタル…力ずくでも我々の好きにさせてもらう」


彼らは強行手段に出たらしい。


「なんなんだ…」


感じたことのない気を身に纏う彼らの動きは人間離れしている。

それに加えて人の命を奪うことを全く躊躇しなかった。


「なんだよ、アイツら!?」


戸惑いながらもクリスタルを死守するために果敢に攻撃を仕掛ける仲間たち。

俺たちは近づかれたら終わりだと判断し、魔法で闘っていた。



気づけば互いに数が減り、一対一のような体制になってしまう。

俺に向かってきたのはシルヴァグリーンの長い髪を持つ背の高い男だった。

見たこともない長剣を振り回している。


「お前たちのその力はなんだ?」


彼らは魔法を知らないらしい。


「魔法だ」


相手は言葉のやり取りの方に興味があるらしく、全力を出してこなかった。


「…ああ。この目で見るのは初めてだ」


攻撃の合間に交わされる言葉。


「向こうでも、人なら使ってるだろ?」


すると男は鋭利な美貌に笑みを浮かべる。


「俺は人ではないと?」


「…そうだろう?」


「ああ。しかし何故わかる」


「気が違う」


男は愉しそうに笑みを深めた。


「外の人間は興味深いな」


「…向こうと違いがあるのか?」


同じ人間なのに何が違うというのだろう?

壁の向こうの人との接触が今までなかったソラは微かに眉根を寄せた。


一端距離をとった男。


「こちらでは完全体はそうそういない。だから魔法を使えるヤツも稀だ」


「…完全体…?」


ソラは剣を構えたまま耳を傾ける。


「お前たちのように生まれつき健全な肉体を持ち、それを保有したまま生きている者のことだ」


「…流行り病があるのか?」


「ふっ、病と言えるのか…。生まれつき肉体の一部がない者はザラらしい。皆、代わりに人口物をくっ付けている」


ソラには全く想像できない話だ。

そこで徐々に男の存在に興味がいく。


「あんたたちは何なんだ?」


すると男は不思議な輝きを放つ双眸を細めた。


「俺たちは戦闘用アンドロイド。人に産み出されし存在だ」


それから再び向かってきた彼は、今度は本気で斬り込んでくる。


「ッ命を奪うこと、何も感じないのか」


「ああ、何も」


言葉の通り、彼の目には何の感情も窺えない。


「クリスタルをどうする気だ!?」


魔法を放って距離をとる。


「さぁな。興味がない」


鎌鼬のように鋭い太刀筋を寸前で避けた。


「この星は今、ギリギリで保たれているんだ」


魔法を余裕でかわす男。


「ほぅ?」


「これ以上、クリスタルに付加を与えるな」


「クリスタルがそんなに"大切"か?」


「当たり前だ。なければ人は…命は生きられない」


ちっぽけな自分の命よりよほど大切だった。


男は感情の読めない目をしている。


「俺たちアンドロイドは人がいなくても生きられる」


その瞬間、鋭い剣先に腹を貫かれた。


「お前たちがおらずとも」


ソラは必死に刺さっている剣に手を添える。


「…草花も…鳥も蝶も、何もない、世界を…、望む、のか」


何の色もない世界を。

遂に剣を腹から引き抜いたソラはガクリと膝を付いてしまった。


男は流れ落ちる鮮血をじっと見詰めている。


ソラは吐息のような声で続けた。


「…そんな死んだ世界、生きたいなんて…思えない」


その瞬間、眩い光が唐突に視界を覆い尽くす。

感覚が曖昧になり、妙な開放感に襲われた。



全て真っ白だった。

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