第五章「異端の天使」 6
小説記載に関する訂正のお詫び
本日の投稿より、以下の名称に関する<<ルビ>>の読み方を訂正させて頂きます。
ご迷惑をお掛けしますが、後日、全ての章に記載されているものの訂正を行いますので、宜しくお願い致します。
・訂正前:機械玩具→訂正後:機械玩具
「(うわぁ……あれは絶対、何か悪だくみを思いついた時の顔だ……)」
時雨は昔馴染みである悪友の悪党さながらの不気味な表情に一抹の不安を抱えながら、胸中でそっと呟いた。
「おまえ、一体何する気だよ?」
時雨がそう雷斗に問い質すと、雷斗は企み顔を浮かべながら、猪型の《機械玩具》の背に自分の両の手をそっと翳した。
「なにって、こうすんだよ!」
雷斗が両手に核力を集中させると、小さい火花がパチパチっと周囲に弾け、幻想的なまでに蒼い光が輝きを放つ。
すると、次の瞬間――――
「ウウウォォォオオオオオオンンンン!」
先程まで機能を停止していたはずの猪型《機械玩具》が上半身を大きく逸らすように暴れ出し、耳を劈くような大声で雄叫びを上げる。
背に跨っていた雷斗は振り落とされないようにがっしりと脚を引き締め、猪型《機械玩具》の通常の生物とは異なった機械的でゴツゴツとした感触の頭部を「どう、どう」と声に出して撫で、気持ちを宥めさせていた。
無論、人工的に創り出された生物に過ぎない《機械玩具》の頭部を撫でたところで、本来の猪と同様の効果が得られるはずもない。
また、奏夜の技術力や再現力、自身の研究に対する強烈なまでのこだわりは言うまでもないが、単純な戦力の確保だけのために創り出した兵器にわざわざ生物上の弱点や欠陥まで再現して残しておくとは考え難い。
――――そう、雷斗は決して《機械玩具》を宥めようとしているのではない。
――――言うなれば『洗脳』。敵の戦力である猪型《機械玩具》を手名付けて自分の支配下に置こうとしているのだ。
雷斗の所有する核心術は一般的に「雷電操作」と呼ばれるもので、大雑把に言ってしまえば、あらゆる電気を自分の意のままに操ったり、体内で自在に生成したりすることが出来る。術者の扱いようによっては汎用性も高いとても便利な術だ。
最近の出来事で言えば、リンネに街案内をするため魔術街を訪れた時も、時雨がマジックキャプチャにて狐の人形を救出するのに苦戦していた際、雷斗はこの自分の術を活かすことで動作不良だったと思われるマジックキャプチャの可動部に刺激を与え、機体の操作を意のままにしていたことが記憶に新しい。
確かに手数の多いこの場において、雷斗の持つ術は戦力差を補うという意味でも、優位に働く。
「これはまた、大胆な手口に出たな」
「まぁ、幸運な事にオレの術とは相性が良いみたいだからな。雑兵一匹を操るよりか、だいぶ手間も省けて良いってもんよ!」
雷斗は猪型の《機械玩具》の背に跨りながら、お得意の《雷電操作》で獣型の《機械玩具》たちを纏めて踏み潰したり、大きな牙で薙ぎ払いながら豪快に蹂躙していく。
おかげで、獣型の《機械玩具》たちも雷斗の方が危険であると感じたのか、標的が最優先対象として時雨から雷斗に移ったことで、時雨たちを妨害する敵の数が一変して激減する。
「よし、この数なら余裕で押し通せる! 《焔刀逆ノ相》《桜火焔陣》!」
この隙に、と時雨は力強く声を上げながら刃の切っ先を地面に突き立て、弧を描くように焔刀を横薙ぎに振るう。
眼前の獣型《機械玩具》たちの一個体能力はたかが知れている。そのため、僅かに道を塞いでいた《機械玩具》たちは切り込んだ地面から勢いよく噴き出した焔柱に飲み込まれ、そのまま焔の熱量によって跡形もなく消滅した。
――――大きく開かれた重厚な鉄扉の前にもう時雨たちの道を塞ぐ敵兵の影はない。
――――この先で、リンネが待っている。
薄暗い建物の中は酷く痛んだ様子で壊れた家具や壁画、ガラス片などが其処やかしに散乱していた。これは建物の外観からも窺えたことだが、まるで生活感のない不気味な雰囲気に対して更に拍車が掛かっている。
時雨の影に潜んでいたエレナも影との同化を解いて姿を現し、時雨と肩を並べた。
「シグレ、行こう」
「あぁ。この先には奴――――霧雨奏夜もいる。お前も病み上がりなんだから無理はするなよ」
「うん、分かってる。あの時の借りを絶対返してやるんだから!」
エレナは魔術街で奇襲にあった屈辱を思い出して、両腕をグッと引き締めながら気合を込める。
時雨は建物の中に足を踏み入れる前に広場で敵と対峙する雷斗の方を一瞥する。
雷斗は時雨の視線に気が付くと、「行って来い」と合図を返すように親指をグッと立てて反応を示してくれた。
敵の本拠地であるが故に優位性は言うまでもなく霧雨奏夜の方にある。建物内にも無数の罠が仕掛けられている可能性は考えられるし、強靭な伏兵が息を潜めて待ち構えている可能性も十分に否定できない。
敵の戦力はまだまだ未知数――――だが、此処で怖気づいている暇などない。
こうしている間にも、孤独な天使は今も一人で闘い続けているのだ。
――――己の大切なものを護らんとするために。
――――リンネ、待ってろよ。お前のことは俺が必ず護ってみせる!
時雨はふと二対の白い翼を背に生やした空色髪の少女――――そのいつか見たであろう悲痛に咽び泣く天使の姿を脳裏に思い浮かべながら、焔刀を握る拳を一層硬く閉じて敵地内部へと足を踏み入れていった。




