第五章「異端の天使」 5
「……雷斗、すまない。ここを頼んだ」
「おうよ。任された以上、俺は自分の責務を果たす人間だからな。そっちもしっかり目的を果たせよ」
「あぁ……ありがとな、雷斗」
「……別に、感謝されるような事じゃないと思うがな。エレナもしっかりとこいつの事支えてやれよ……時雨の将来の良き伴侶として」
「ふっふっふ、それは問題ナッシングだよ! エレナさん、時雨の絶対的伴侶として、時雨の邪魔となる敵は如何なる手段を用いてでも末代まで呪う腹積もりなので!」
「……いや、だから、お前の愛は重過ぎだっての! 味方をしてくれるのは有り難いけど、それはもう良き伴侶の器を超越して犯罪者ギリギリの思考回路だからな! 一歩間違えたら、サイコパスの仲間入りだからな!」
「サイコパス……? なにそれ? シグレ、日本語でオーケーだよ?」
「いやいや、そんな可愛らしく小首傾げて知らないアピールしてもダメだからな……!」
「か、可愛いらしいだなんて、シグレってば、もう……今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ?」
「……え、なんで、いつの間にか、俺が悪いみたいになってるんですかね」
少し顔を赤らめた様子のエレナは照れ隠しからか時雨の頭にぽかっという擬音が聞こえてきそうな軽めのチョップを落とした。
手加減をしているため痛くはない。ただ、恰も自分の方が空気を読めていないかのような……実に理不尽だ。
「……ふっ。ほんと、おまえらといると、いつもの事だが調子が狂うな」
「おい、最初に場違いな発言をして空気を乱した張本人が何言ってんだよ」
「ん? はて、張本人……? なんのことだ? 時雨、悪いが日本語でオーケーだぞ?」
「……いや、お前が小首傾げるのとエレナが小首傾げるのとでは根本的に意味が違ってくるから。てか、そんな柄でもないあざとさアピールとかほんと誰得だから、真面目に止めてもらえないか」
時雨は苦々しい口調で答えると、若干表情を引き攣りながら冷ややかなジト目を雷斗に向ける。
すると、雷斗も今のはさすがに悪ふざけが過ぎた、と感じたのか「コホン」とわざとらしい咳を一つ吐いて、時雨とは真逆の方向に顔を逸らした。
「まぁ、なんにせよ。お前らと馬鹿やったおかげで俺も少し頭が冷めたみたいだ。こいつらの事は俺に任せて、早いとこリンネを救出しに行ってやりな」
雷斗は手中に収めた大槍を軽々と振り回しながらそう答えると、自身の核力を大槍に集中させていく。
大槍を向けた先では、雷斗の奇襲によって一時的に体勢を崩していた《機械玩具》たちも着実に陣形を立て直しつつあった。
結局、街で別れたはずの雷斗が何故こんな森の中に居たのかは分からないままだが、彼が作ってくれたこの好機を決して逃す訳にはいかない。
それに、今の雷斗からは先程まで感じていた複雑な負の感情も読み取れなかった。
――――大丈夫。ここは彼を――――俺の『悪友』を信じよう。
「あぁ、此処はお前に任せるよ、雷斗」
「おう。一応、お前からの貸し一つって事にしておくぜ」
時雨は雷斗の言葉に軽く頷くと、右手に収めた《焔刀-ヒノカグツチ-》に自身の核力を再び集中させていく。
エレナが二人の邪魔にならないように時雨の影と同化すると、雷斗は頭上に槍を掲げて豪快に振り回し始めた。
「さて、と。じゃあ、いっちょ手始めにド派手なの一発喰らわせてやるか!」
雷斗がそう意気込むように大きく声を張ると、頭上に抱えていた槍から蒼いプラズマが発生し、パチパチと音を立てながら徐々にその質量を増していく。
そして、それと同時――――時雨も強く大地を蹴って、一見無謀とも言える敵陣の真正面へと躊躇なく飛び込んでいく。
「《雷槍―イシュクリウッド―》よ。その神聖なる蒼き雷をもって我に仇名す敵に鉄槌を下せ! 《蒼閃の雷光》!」
時雨の前方に構える敵の軍勢。雷斗は詠唱を終えると、勢いよく槍を頭上へと掲げる。
すると、次の瞬間、蒼い閃光が天から地へと奔り、雷鳴の如く響く轟音と共に《蒼の雷》が敵の軍勢を豪快に薙ぎ払っていく。
膨大な質量を帯びた《蒼の雷》は宙で弾けるように分散し、まるで赤子の手を捻るかのような勢いで周囲の《機械玩具》らもろとも再起不能状態に陥れてみせた。
時雨はこの隙に手数の少なくなった合間を縫って駆け、微かに難を逃れた残党を焔刀で捌きながら強行突破を仕掛ける。
無論、時雨の影に潜伏中のエレナもお得意の《陰影魔術》を駆使して時雨に襲い掛かろうとする敵の動きを封じるなど援護の役割を担ってくれている。
実に心強い。
しかし、依然として扉の向こうからは削がれた戦力を補填するかのように新たな獣型の《機械玩具》たちが排出され続けている。
一体、霧雨奏夜という男はこの時のためにどれほどの時間を費やして準備を重ねてきたのか、彼の狂気とも言える理想への執着心は計り知れない。
時雨がなんとか扉の目の前まで辿り着くと、今度は大型の猪のような形をした《機械玩具》が姿を現した。
鋭く尖った大きな牙が二つ。あれで身体を貫かれでもしたら一溜りもないことは言うまでもないだろう。以前、精霊の森で出くわした《竜神》程ではないにしても、体長四メートルは下らなかった。
造形物であるにも関わらず、野性味抜群と言わんばかりのけたたましい雄叫びを上げる猪型の《機械玩具》。
時雨も自身の核力を高めて刀身に宿す焔の熱量を膨張させると、焔刀を握る右手に思わず力が入る。
一触即発の切迫した状態――――と、思いきや、先程まで巨大な牙を前に突き出して臨戦態勢にあったはずの猪型《機械玩具》が突如どういう訳か《実行不良》を起こしたかのようにぴたりと固まって動かなくなっていた。
突然起きた変調に警戒をしながら、時雨は猪型《機械玩具》と一定の間合いを取りながら様子を窺う――――と、その時だった。
「こいつはまた凝った玩具を創り出したもんだな」
声の振る方に顔を向けるとそこには、いつの間に移動を試みたのか、猪型《機械玩具》の背に跨るようにして直立する雷斗の姿があった。
雷斗は雷槍を持つ反対側の手を猪型の《機械玩具》の背に翳しながら、見下ろすようにこちらを一瞥する。
「雷斗、おまえいつの間にそんなとこに……後方で援護してくれていたはずじゃ?」
「いやなに、ちょいと図体のデカい輩が出てきたのが見えたんでな。この手勢相手ともなると、俺も楽出来る方法に縋りたくなるわけ。で、折角の大型だ。利用できるもんは何でも利用しないと損ってもんだろ?」
雷斗はそう言って堅苦しそうに肩を鳴らすと、その行動や言動とは裏腹にどこか楽し気な様子で不適な笑みを浮かべる。
「(うわぁ……あれは絶対、何か悪だくみを思いついた時の顔だ……)」
時雨は昔馴染みである悪友の悪党さながらの不気味な表情に一抹の不安を抱えながら、胸中でそっと呟いた。




