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天使と術者の永遠機構(リンネシオン) ~運命をもたらす天使巫女~  作者: もふもふ(シノ)
第一幕 「運命をもたらす天使巫女」
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第五章「異端の天使」 4

「……ここが奴の根城か」


 陰陽魔術によって時雨の影と同化したエレナに導かれながら、森の中を駆けることしばらく――――広場に出た時雨たちの眼前には、廃墟と化した古びた建物が酷い傾斜を描いて建っていた。


不気味な程に視界が良過ぎるその広場は、まるでそこだけ空間が切り取られてしまっているかのように空が吹き抜けており、淡い月の光が一層その妖艶さを醸し出している。


敵の本拠地。決して油断は出来ない。魔術街襲撃での一件のことを考えてみても、霧雨奏夜という男は『非常に用心深い』人間だ。本人の荒々しい口調や性格からどうにも眩みがちではあるが、奏夜は用意周到に準備を重ねた『絶対的安全圏』の上でしか大胆な行動を起こさない。それは『絶対防壁アルタイル』の性質においても同じことが言えるだろう。


彼の大胆さはただの勢いに身を任せたものとは決して違う。魔術街で実際に拳を交えた時雨はその事を重々承知している。


 奏夜は計画的に魔術街の各所に爆弾を設置することで騎士団の追跡を阻み、自責の念に駆られたリンネが一人で敵の本拠地を訪れるように誘導を行った。


 現在も騎士団は迷彩機能を搭載しているらしい爆弾の処理などを含めた現場の収拾に負われていることだろう。彼らの助太刀を期待するだけ時間の無駄というものだろう。とはいえ、奏夜も時雨たちの存在を安易に忘れてしまうほど、馬鹿ではないだろう。


リンネには一人で来るように脅しを掛けてはいたが、その脅しに対して時雨たちも同様に「はい、そうですか」と、要求を素直に呑み込むとは考えていないはずだ。


時雨たちは罠が仕掛けられていないか慎重に足元を確認しながら、警戒を強めて敵の本拠地である歪な建物へとおそるおそる近づいていく。


 すると、次の瞬間――――地面が轟音を上げて震えると同時、先程まで静寂を保っていた森の中に甲高い警報のような音がけたたましく鳴り響いた。


 建物の正面。如何にも重厚そうな扉がゆっくりと開いたかと思うと、そこから獣の形をした小型の《機械玩具ロボット》たちがぞろぞろと滝のように溢れ出してきた。


「……やっぱり、罠くらい用意してあるよな」


「見た感じだと、それぞれの個体は特別大したことなさそうだけど、ちょっと数が多いかも……て、いうかどれもビジュアル的に全然可愛くないよ、シグレ!」


「かわ……って、おまえ、そこはどうでもいいだろ! でも、まぁ、この手勢はちょっと歓迎され過ぎにも程があるってもんだな」


 侵入者を決して逃すまいと、時雨たちの周囲を瞬時に取り囲む《機械玩具ロボット》の大群。

自分たちの置かれた状況に時雨は険しい表情を浮かべながら軽口を叩くと、手中に収めた《焔刀-ヒノカグツチ-》に自身の核力を巡らせて焔刀に宿る熱を増幅させる。


その間にも敵はこちらの様子を窺うかのようにじりじりと距離を詰めてきた。


時雨たちはお互いの死角を補うように背中合わせの状態で敵を見据え、こちらも臨戦態勢を維持しながら敵の出方を慎重に窺う。


 そんな一触即発の最中、時雨が先手を打とうと焔刀を横に薙ごうとした――――次の瞬間だった。


 時雨の視界の端から強烈な雷光が物凄い勢いで過ぎっていった。その勢いよく放たれた蒼の雷光は眼前で群れを為していた《機械玩具ロボット》たちを一瞬のうちに飲み込んで問答無用に薙ぎ払っていく。


 また、雷が落ちた時のような凄まじい轟音に時雨の背後を任されていたエレナも驚いた様子で咄嗟に後ろを振り返った。


「な、なに今の音、一体何が起きたのっ!?」


「蒼い雷光が敵を薙ぎ払った……? でも、こんな特徴的な《雷の術》を使える奴と言えば、俺の知る限り一人しかいないんだが――――」


 時雨がそう言って、雷の飛んできた方角に視線を向けると、そこには案の定時雨の脳裏にふと浮かんだ人物の姿があった。彼は自身の身の丈程もある大きな槍を片手に携えながら、首に提げたプラチナ製のヘッドフォンを揺らしている。


 そして、こちらに向き直るや否や、その人物は緩やかな足取りで傍まで近づいてきた。


「よぉ、なんていうか、偶然にも偉い局面に居合わせちまったようだが、これは一体何事だ?」


「――――え、雷斗っ!?」


「……やっぱり、雷斗か。どうして、お前がこんなところに……たしか、大事な用事があるとかって言ってなかったっけ?」


「……まぁ、その筈だったんだがな。どうも世の中ってのは、そう簡単に事が運ぶようには出来てないらしい」


「……もしかして、何かあったのか?」


「いや、別に大したことじゃないさ。ただ、今の俺は少し腹の居所が良くなくてな……ちなみに、こいつら、お前の敵か?」


「あぁ、雷斗がいない間に魔術街で色々とあってな。どうしてもここを突破して、奥の建物にいるリンネと合流しなくちゃならない」


「オーケー。……なら、話は簡潔明瞭だな。時雨、エレナ、ここは俺に任せて早くリンネのところに行ってやれ。丁度、むしゃくしゃしてたとこだしな。こいつらには俺のストレス解消に付き合ってもらう」


「いや、でも、この手勢だぞ……? 雷斗一人残して行く訳には……」


「そうだよ! 幾ら雷斗の《術》が強力だからって、一人になんて出来ないよ!」


「二人の俺を心配してくれる気持ちは素直に有り難いけどな。何事も事が済んだ後じゃ、取り返しは効かないもんだぜ……それに、例え幾ら敵兵が増えようとも、俺はこんな雑兵の群れに遅れを取ったりなんてしねぇよ。だから、お前らは何も気にせず、あの娘を助けに行ってやれ、な?」


 そう言って敵側の陣地に一歩を踏み出す雷斗の表情には何処か複雑な心情が渦巻いているように見えた。


『事が済んでからでは、取り返しは効かない』。その言葉はまるで雷斗自身に対しても自問自答しているかのようであったが、彼の言い分は至極真っ当であり、実に的を射ている。


 リンネの護符の力によって強制的に眠らされたことで、幸か不幸か一時的な仮眠を取ることが出来た時雨の核力は魔術街での激しい戦闘で消費した分を差し引いても、ある程度には回復するに至っている。


 だが、同行者のエレナは毒から回復して間もない病み上りの状態……この先、奏夜との衝突を鑑みても、時雨としても無駄な核力の消費は避けたいところだった。


 正直、不安もある。しかし、ここは雷斗の事を信じて少しでも早く先に進む以外に選択の余地はないだろう。奏夜は自分の目的のためなら手段は厭わない思想の持ち主だ。増してや、時雨が睡眠状態に陥ってからも時間は着実に進んでいる。一分一秒が惜しいことに変わりはなかった。













 こうしている間にも、リンネがまだ無事でいるという保障は何処にもないのだから……。










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