第四章「天使創造計画」 11
「――――《移術鏡》。荒れ狂う霧の刃《霧太刀・獄門》!」
双方から放たれた膨大なエネルギーが衝突し合い、大きな轟音と共に爆風が吹き荒れる。
技の威力はどちらも互角。相殺された霧は微かな粒子となって宙を舞い、静かに散っていった。
「ヒヒッ! 今度はオレの技を《再現》したか。《五行思想》――――まさに人類を発展へと導く可能性を秘めた奇想天外な《術》って訳ダァ」
「御託は良いから、さっさと掛かって来いよ。それとも、自分の《術》でやられるのがそんなに嫌か?」
「ヒヒッ! 青二才な小僧の分際で、あんまり調子に乗ったことほざくんじゃネェよ。オレの野望は誰にも止められネェ。テメェにやられてやる程、オレも甘く無いんでナァ?」
「はんっ! お前の身勝手な《野望》に俺の《思想》が打ち砕けるかよ」
時雨と奏夜は闘志に眼を滾らせて睨み合い、自身の核心力を極限まで高めていく。
時雨は《光》のエネルギーを手甲に集約させると、先制攻撃を仕掛ける勢いで奏夜に飛び掛かった。
すると、奏夜は狂気的に表情を歪めながら、その攻撃を真正面から受け止めようと、両腕に膨大な霧の層を出現させる。
小手先の技術勝負ではない、己の意地を貫こうとする《武×武》による単純な《術》比べに持ち込まれようとしていた――――その、次の瞬間。
ガキンッ!
「――――くっ!」
奏夜は咄嗟に霧の《術》を解除し、《絶対防壁》による防護壁を展開し、時雨の攻撃を受け止めた。
両腕に纏った霧は感情的に挑戦を受けるように見せ掛けた奏夜の《偽装》。
時雨は『しまった……!』と、言わんばかりに思わず額に汗を浮かべる。
次に繰り出されるのは、おそらく奏夜による大技の反撃。
戦闘も苛烈を極め、核心力的にも体力的にも消費が激しい状態だ。今、そんな大技を喰らったら、果たして持ち堪えられるかどうか……。
時雨は咄嗟に手甲を胸の前で交差させるように構え、《光》のエネルギーを集約させることで少しでも威力を軽減しようと試みる。
だが――――次の瞬間、何が起こったのか、奏夜の攻撃が放たれることはなかった。
奏夜は《絶対防壁》に護られた領域の中で、ただ静かに佇んでいる。
その奇妙な様子の変化に時雨は背筋が凍るような寒気のようなものを感じて、ひとまず後退して距離を取る。
しばらくして、奏夜は《絶対防壁》の効力を解くと、先程までの狂気的な雰囲気とは少し違った、まるで何かを気に掛けているような険しそうな表情を浮かべて口を開いた。
「悪いが、テメェとの勝負はひとまずお預けだ。言っておくが、これは《逃亡》じゃネェ。オレはオレの《野望》のために一度退くだけだ」
「……俺がお前を逃がすと思うか?」
「ヒヒッ! オレがそこまで無能な訳がネェだろ? この魔術街に術式結界を張る際、この街のいたる所に予め爆弾を仕掛けてある。まぁ、爆薬の量からすりゃ、こんな街の一つくらい簡単に消し飛ばせるだろうヨォ」
「……ば、爆弾ッ!?」
「くっ……おまえ、増々逃がす訳にはいかないな」
「アァ? 勘違いすんなって、オレはこんな街に大して興味なんかネェさ。所詮、爆弾は単なる予防線に過ぎネェ。まぁ、ただ簡単に探し出せないように迷彩技術は徹底して織り込み済みだが、オレの目的はあくまで其処にいる天使様だけダァ。それとも、今すぐ此処で爆破させちまっても良いんだゼ?」
「……くっ!」
奏夜は蛇のように長い舌を覗かせると、血走った狂気的かつ猟奇的な赤い眼を《天使》であるリンネに向けながら、話を続ける。
「天使様ヨォ。もし、この街が無惨に破壊される光景を見たくなけりゃ、オレの根城まで来い。場所は《精霊の森》の奥地にある廃墟だ。そこの《騎士》様の力を借りても良いが、もし、オレの根城の場所を他の者に漏らしたり、ばっくれやがったりしたら……分かってるよナァ?」
「…………」
「……お前は、どこまでも卑劣な……」
「なんとでも言えよ。オレはオレの《野望》が果たせればそれで良い。あ、そうそう……ちなみに言い忘れてたが、爆弾は《時限式》でもあるからヨォ。持っても、残り八時間が限度って、とこだ。早急な決断をよろしく頼むゼェ、ヒヒッ!」
奏夜はそう言い残すと、背後から自身を包み込むための濃霧を発生させ、あっという間に姿を晦ませた。
そして、同時に術者が居なくなったことで、魔術街を覆っていた霧の結界が次第に解かれていく。
しばらくして、門前で足止めを喰らっていた《騎士団》も現場に駆けつけ、速やかに街の住人の安否と被害状況の調査に取り掛かった。
時雨はひとまずこの場を凌いだことに一息吐くと、リンネの傍に駆け寄ってそっと手を差し伸べる。
「リンネ、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。ありがとう、時雨。私を……護ってくれて」
「おう。なんとか間一髪のところで間に合ったようで良かった。まぁ、とは言っても、あいつにはまんまと逃げられちまったけどな……」
「……時雨が気に病むことじゃないよ! アレをこの街に引き込んじゃったのは《天使》である私のせい……私がもっと注意深く周囲に眼を向けていれば……って、いたっ!」
――――こつん。
自責の念に駆られたように肩を落としながらリンネが呟いていると、それを制止するかのように時雨の軽く握った拳が頭にそっと落ちてくる。
「こら。『自分のせいで』とか『自分が悪い』みたいに言うもんじゃ、ありません。今回の件は、あの奏夜とかいうやつの行き過ぎた行動が原因なんだからさ。リンネが自分を責める必要なんてないだろ?」
「……でも、私が居なければ、この街のみんなが巻き込まれることも、爆弾が仕掛けられることもなかった。だから……むにぃ、こ、こんふぉはなんれす?」
「まだ、そんな風に自分の事を悪く言う人には、学院長直伝、お仕置きの頬っぺた抓りの系だ。ほれほれ~!」
「……むぅ。もほぉ、なにほぉするんれすか。――――私は真剣に」
「ほら、よく辺りを見てみ?」
「……え?」
「今、駆けつけてくれた《騎士団》の連中が総動員して街のみんなのために必死に動いてくれてる。爆弾の件に関しても俺から説明して隠密に調査して貰ってるところだけど、リンネがそんな様子じゃ、あいつらが浮かばれないだろ? 頼って良いんだよ、誰だって。それこそ、リンネが《天使》だからとか、そんなこと関係ない。もし、リンネが起きてしまった事にどうしようもなく不安になったり、解決の糸口すら掴めないような状況に陥ったとしても、少なくとも俺がいつも傍にいるから。あんまり何でも一人で抱え込まないように、ってな」
「……時雨」
「それにさっきみたいに、学院長直伝のお仕置き頬っぺた抓りでリンネを励ますことだって出来るだろ?」
「ふふ、あれは励ましてくれていたのか、正直、微妙なところでしたけどね。地味にアレ、痛かったんですよ?」
「……え? そんなに?」
「うふふ。な~んて、嘘ですよ。冗談です」
リンネの心の底から嬉しそうに笑う姿に時雨の胸が思わずドキッと高鳴る。
奏夜の強襲で、ずっと暗そうな表情をしていただけに相対してその破壊力が桁違いに感じられた。
(……やっぱり、リンネは笑ってる方が可愛いな)
時雨はそう胸中で囁くと、照れ臭そうに頬を掻く素振りを見せながら、話に戻る。
「なんだ、脅かさないでくれよ……真面目にやり過ぎたのかと、正直焦ったぞ……」
「うふ、ほんとにありがとね、時雨」
「おう。いつでも頼ってくれ」
時雨はそう言うと、リンネと一緒に毒の影響で倒れたエレナの容体を確認するべく、《騎士団》の医療班が待機する突貫作業で設置された仮の救護施設へと足を運んだ。
医療班から話を聞く限りでは、エレナの容体はまだ若干ながら毒の影響で痺れが身体に残っているものの、時雨が持っていた治癒の核術鉱石のおかげで大事には至らず、しばらく安静にしていれば、すぐに良くなるとのことだった。
時雨はエレナの安否を確認し、胸を深く撫で下ろした。
奏夜が告げた、タイムリミットは後残り八時間。
安堵して間もない状態だが、呑気に構えている場合でもない。
「――――あいつの《野望》は必ず俺の《思想》が打ち砕く」
時雨はそう宣言して腕に嵌めた《護法鎖》を硬く握りしめると、奏夜との決着に闘志を燃やす。
しかし、時雨はその一方で、リンネの決意が大きく揺らいでいたことなど知るよしもなかった。
彼女は時雨の隣に腰を下ろした状態で制服の袖から《式札》を一枚だけ取り出して、そっと目を瞑る。
リンネはまるで遠い記憶に思いを馳せるかのように複雑な表情を浮かべながら、その《式札》を胸の前で強く握りしめた。そして――――
「――――時雨、ごめんね」
リンネは何やら微かな声で呟くと、その《式札》を時雨の右肩に強引に押し付けた。
その行動は一瞬、奏夜との戦闘による疲弊からリンネが身体のバランスを崩したのかのようにも見えた。しかし――――
「――――リンネ、一体何を……」
時雨がその錯覚に気付いた時にはもう既にゆっくりと自分の意識が遠退くのを感じていた。次第に視界が狭まり、リンネの顔色もはっきりと窺い知ることができない。
やがて、時雨は催眠効果を含んだ《式札》の強制力に抗えぬまま、必死の抵抗も虚しくそのまま静かに眠りに付いた。
「時雨は頼っても良いよ、って、そう言ってくれたね。いつだって傍にいる……その言葉はすごく心強くて、とっても温かい気持ちが込み上げてきた。でも……それでもね、私は……護られているばかりはもう、嫌なんだ……だから――――」
リンネはそこまで言い掛けて時雨が小さな寝息を立てて眠りに落ちていることを確認すると、誰にも気付かれないようにそっと救護施設を抜け出した。
そして、リンネは一人、夜の《精霊の森》へと足を踏み入れ、その可憐で小柄な彼女の姿は深い深い闇の中へと消えて行った。
「私が戻るまで、貴方はゆっくりと休んでいてね――――おやすみ、時雨」




