第四章「天使創造計画」 8
時雨と奏夜が噴水広場で激突していた頃――――一方、魔術街南門入口前でも、激しい
攻防戦が繰り広げられていた。
無数の魔弾が宙を飛び交い、無機質な鉄塊の破片がそこかしこに無造作に散乱している。
《高速術式処理》により素早く装填された魔弾はその全てが正確にTODⅢの急所を捕らえるような軌道を描いて撃ち放たれる。
幾ら厚い装甲に身を纏っているTODⅢとはいえ、一発でも喰らえば致命傷は免れないだろう。
しかし――――
「《破壊》」
秒速で襲い掛かる無数の魔弾をTODⅢは顔色一つ変えずに全弾余すことなく破壊し尽くしてみせた。
驚異的な破壊力と俊敏な反応速度に心底驚かされるが、おそらくそれは彼女の身に着けている厚い装甲と繊細な機械部による産物なのだろう。
一見、小柄で非力そうな彼女だが、科技術の力をもってすれば、一つの組織を壊滅し兼ねない程に強力な兵器的《術》を容易に得ることができてしまう。
《術》の扱い方を一歩でも間違えれば、世界の発展どころか在らぬ大参事を引き起こしてしまうだろうことは言うまでもない。
――――まぁ、そういった懸念に対する抑止力が我々《騎士団》と呼ばれる存在なのだがな。
しかし、如何せん、非常に面倒で厄介な相手であることは間違いない。
あらゆる物質をただ触れるだけで跡形もなく消失させてしまう《科技術-破壊(デストラクト-》――――それが、TODⅢの最大の脅威であり攻撃の要だ。
こちらがどれだけ《高速術式処理》で素早く魔弾を生成しても、それを相手が手を翳すだけで破壊してしまえるのなら、やはり真正面から闘っていてもキリがない。
三日月椎名は動く標的を鋭い眼光で追い掛けながら、魔弾を乱雑に撃ち続け、冷えた頭の中で獲物を確実に狩るための算段を綿密に構築していく。
「無益。幾ら騎士団長を務めている実力者とはいえ、私の『破壊』の前ではどのような攻撃も意味を成しません。速やかに降伏することを提案致します」
「ふっ……そうやって、軽口が叩いていられるのも今のうちだ。生憎、私の魔弾は貴様のように誰かに与えてもらった軟弱なものとは違うのでな。日々、鍛錬を重ね磨いてきた私の《術》を安易に捉えていると、大火傷する羽目になるぞ」
「虚言。私の《術》は誰にも劣らぬ絶対的なものです。そこまで豪語されるのであれば、その《術》の神髄とやら、是非とも見せて頂きましょうか」
TODⅢは無表情にそう答えると、背部に備わった装甲を解放し、そこから二対の機械翼を出現させる。
そして、彼女はそのまま宙へと飛行すると、地に立つ椎名を見下ろしながら、静かに左腕を頭上に掲げた。
「《具現》」
TODⅢが呪文を唱えると、虚空には無数の鉄塊が生み出される。
騎士団を襲った際に生み出された鉄塊と比較すると、かなり控えめな質量ではあるが、さすがに数が多い。
「《強襲》」
TODⅢが呪文を唱えて掲げていた左腕を勢いよく振り下ろすと、浮遊していた幾多の鉄塊が一斉に椎名に襲い掛かってくる。
すると、椎名は二丁の拳銃を構えて《高速術式処理》を施すと、回転弾倉にありったけの魔弾を装填して相対した。
「標的の数が一度に装填できるこちらの最大の総弾数を上回るというのなら、ただその隙を我が技量で埋めるのみ! 射出!《魔弾乱舞》!」
鉄塊が間近に迫るなか、椎名は装填された全魔弾を銃口から高速で撃ち出す。
放たれた魔弾は全てが違う軌道を描き、周囲の木々や障害物と接触すると、今度はそれぞれの魔弾が互いに衝突し合い、乱反射を起こすようにして迫りくる鉄塊を片っ端から木端微塵に砕いていく。
そして、椎名が間髪入れずに更なる魔弾を構築し、撃ち出そうとしたその刹那――――
椎名の胸部を目掛けて厚み数十センチ程の鉄塊が一つ、物凄い速度を伴って襲い掛かってきた。
椎名は咄嗟に二丁の拳銃を交差させて盾代わりに防御の体勢を取るが――――
――――轟ッッッッ!
「か……はっ……」
突如、鉄塊は四方に分裂を起こし、椎名の防御の隙間を縫って腹部を強く圧迫した。
椎名はあまりの衝撃に顔を歪めて、思わず息を洩らす。
「《破砕鉄槌)。音速で叩き込まれる鉄塊の感触は如何ですか?」
幾多の鉄塊を生成して強襲を仕掛けたTODⅢの猛攻撃。
しかし、それは単なる目晦ましに過ぎなかった。
彼女の本命は椎名を一撃で仕留めることにあらず、より確実に致命傷の一撃を与えることにあったのだ。
《破壊》という《術》を単なる物理攻撃に留めることなく、間接的な遠距離攻撃の手段として用いることで、相手の不意を突くTODⅢの戦法。
更には、椎名の《高速術式処理》における弱点についても彼女は把握していた。
《高速術式処理》は如何なる戦闘においても圧倒的な優位性を発揮することが可能となる高度な技術である。
しかし、その利便性故に脳に掛かる負担も大きく、発動させた直後では若干の《鎮静時間》が必要となってしまうのだ。
魔弾騎士団団長を務める椎名はこの《鎮静時間》を極限まで抑える鍛錬を積むことで、戦闘の中でその弱点を相手に悟られないように振る舞っていたつもりなのだが――――どうやら、《科技術の玩具》にとって、その程度の情報を見破ることなど造作もなかったようだ。
顔色一つ変えずに機械的な翼を羽搏かせて、悠然と地に降り立つTODⅢ。
圧倒的な破壊力を誇る攻撃が直撃し、大木に身を預ける負傷した椎名の姿を感情の薄れた視線が捕らえていた。
「はは……今のはさすがに堪えたか。肋骨の何本かは持ってかれたかもしれんな……」
「肋骨の数本で済むだけでも、さすがは騎士団長クラスと言えますが、例え、貴方が人間である以上、高度な『術』を用いた際には、必ず何処かに欠陥が生じてくるのは必然の断りです。ご自身の『術』を過信し過ぎたようですね。今度こそ確実に葬って差し上げます」
TODⅢは、そう言葉を発すると、椎名の眼前まで移動して『破壊』を纏った右腕を大きく振りかぶった。




