第四章「天使創造計画」 3
「はい。科技術特区より、天使創造計画第三型人工機構、名をTODⅢと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」
「科技術特区……その大層な装甲から大方予想はしていたが、魔術街を結界で覆って一体何を企んでいる」
「黙秘。その事に関して貴方にお教えすることは何一つ御座いません。いや、むしろ私と敵対する以上知る必要がないとお答えするべきでしょうか?」
「まぁ、お前の目論見を聞こうが聞くまいが、私の取るべき行動はただ一つ。お前という敵を私のこの魔弾で撃ち抜くことだけだ」
「そうですか。私も主の命により、この門から蟻一匹通すなと死守するよう仰せつかっておりますので、引く訳にはいきません。もっとも、貴方の魔弾が私の身体を撃ち抜くことは万に一つもありはしないと思いますが」
「ほう。魔弾騎士団長を務めるこの私にとんだ大口を叩いてくれるではないか。無論、容赦などするつもりはなかったが、私の全力を持ってその重厚な装甲ごと貫いてやろう」
椎名は両手に握りしめる魔装銃に核力を集中させて、回転弾倉にそれぞれ異なる特性を持った魔弾をフルで装填する。
椎名が扱う魔装銃は回転式拳銃の形状をしており、限界まで弾倉に込められる魔弾の数は六発。二丁拳銃であることを加味すれば、合計一二発までの魔弾を装填することが可能だ。
椎名お得意の《高速術式処理》を使えば、どんな状況下においても即座に弾倉に魔弾を生成することはできるだろう。
だが、椎名の《高速術式処理》は一度装填した魔弾の特性を瞬時に切り替えることをも可能にする。そのため、どの特性の魔弾であれ弾倉に魔弾さえ込められていれば、よりタイムリーな装填処理を行うことができるのだ。
普段では、自分を戒めるために『フル装填を禁ずる』ことにしている椎名だが、魔弾騎士団員を単身で壊滅させてしまい兼ねない彼女の力量を察して、今だけはその枷を外す。
「魔弾騎士団南門部隊全員に告げる。この場はひとまず私に任せて、お前たちは他の門にて負傷した仲間の救護を頼む。引けた腰を上げろ! 戦闘に巻き込まれないよう、迅速に動け!」
「「「了解!」」」
椎名はTODⅢに視線を固定したまま、騎士団に背を向けた状態で声を張り上げると、喝を入れられた騎士団員たちはビシッと姿勢を正して団長の指示通りに手早く行動に移る。
南門部隊の騎士団が三つの部隊に別れ、各門で待つ騎士団たちの元へ走っていくのを横目に確認すると、椎名は姿勢を軽く落とし、眼前の敵をしっかりと見据えて戦闘の構えを取った。
「その構え……あくまで私と対峙する腹なのですね。アルデュイナ魔術学院が誇る魔弾騎士団の団長、三日月椎名様……そのお手並み拝見させて頂きます」
「あぁ……望むところだ。私がお前を標的として捕捉した以上は――――」
顔色一つ変えず冷静を装いながら淡々と言葉を発するTODⅢに対して、椎名は仲間を傷つけられた怒りを露わにしながら肩をわなわなと震わせて言葉を紡ぐ。
しかし、その時の椎名の表情はいつもの凛々しい騎士団長としての顔ではなく、どこか怪しげで不敵な笑みさえ浮かべているような――――殺気と狂気が混在した騎士団にあるまじき容貌だった。
そして、椎名は背筋も凍るような低く冷ややかな声で途切れた言葉の続きを口にするのだった。
「――――――決して、生きて帰れると思うなよ?」
◇
濃霧の結界により、視界がはっきりしない魔術街のなか。
浮かれた足取りで『フェリシダ・アーチェ』を飛び出したはずの時雨は視界に広がった光景を前に呆然と立ち尽くしていた。
白い霧が周囲一帯を大きく包み込み、先ほどまで大層賑わっていた街道には喧騒どころか誰一人の声すら聞こえてはこない。
完全なる静寂がこの場を支配していた。
時雨がこの店を再び訪れたのが、まだせいぜい三十分前のこと。
その短期間で、この魔術街にいったい何が起こったというのだろうか……。
人の気配が完全に断たれたこの閉鎖空間、おそらく何者かによって結界が張り巡らされたと考えて間違いないだろう。
――――――誰が、なんのために。
しかし、じっくりと思考回路を巡らせたところで、その原因を時雨が瞬時に把握することはまず不可能だろう。
だから、そんなことよりも、時雨が最も気にしなくてはならないのは――――、
「―――リンネ、エレナ!」
噴水広場に残してきた一人の天使と一人の幼馴染。
リンネもエレナもそれ相応の術者(一名は天使)であることに違いはないので、万が一事件などに巻き込まれるようなことがあったとしても、おそらく自衛してその場を上手くやり過ごすだろう。
だが、どうしてだろうか、妙な胸騒ぎがしてならない。
時雨は濃霧の影響で方向感覚もおぼつかないなか、腕に嵌めた赤、青、緑、金、銀色の五色にそれぞれ彩られた精霊を格納するための腕輪式魔装具―――『護法鎖』の一つを強く握りしめると、精霊魔術の詠唱を口にしながら、それを強引に腕から引き剥がした。
「主に契約せし紅焔の精霊よ。聖なる焔を賜わりて我が魔を糧とし、汝の魔を奮え!」
「顕現せよ!《紅焔の思想-アグニ-》!」
時雨の呼び掛けに応じて足元に緋色の魔方陣が光輝き出すと、そこから赤いリボンで装飾された黒いドレスに身を包んだ紅焔精霊が姿を現す。
精霊は現実世界に顕現されずとも、契約した主人の眼を通して護法鎖の中でも情報を共有することができる。
そのため、アグニは現在の緊迫した空気を察してか、いつもより険しい表情を浮かべて主人である時雨の要望を聞き入れる姿勢を取っていた。
「紅焔の精霊、アグニ。我が主の願いは聞くまでもなく承知しているつもりですが、なんなりとお申し付けください」
「あぁ、いつもながら頼りにさせてもらう。主の元、焔集いて剣と為さん。願主天恵!」
時雨がアグニの手をそっと握ってそう叫ぶと、アグニは人の形から無形の焔へと姿を変え、時雨の手中に一本の刀剣として集約する。
紅焔の思想の刀剣覚醒《焔刀ヒノカグツチ》。
時雨はその柄をぎゅっと強く握ると、自身の核力を一気に焔刀へと流し込んで刀身に膨大な熱量を供給する。
剣先から火の粉が舞い上がる程にまで熱を送り込むと、時雨は姿勢を低く落として居合の構えを取った。
そして次の瞬間――――
「焔刀滅ノ相! 薙ぎ払え、《焔ヶ一閃》!」
時雨は街道に沿った方角を意識しながら、焔に包まれた焔刀を勢いよく横に薙いで強力な一閃を放つ。
すると、焔刀から放たれた焔の一閃は周辺の霧を広範囲に巻き込み、やがて膨大な質量を得た焔が強烈な轟音と共に爆発を生じさせる。
先程まで視界を塞いでいた霧はその爆発の衝撃によって見事に雲散し、街道の様子がくっきりと把握できるようになった。
しかし、それはあくまで一時的な処置でしかない。
結界の大元を崩さない限りは、延々と霧が立ち込めて視界を奪われてしまうだろう。
時雨は霧を払った街道の建物や路地を確認し、通い慣れた魔術街の地理を脳内に思い浮かべると、現在地からリンネたちと別れた噴水広場までの最短ルートを瞬時に導き出す。
「裏道を使えば、そう時間は掛からないか……アグニ、ここからリンネたちの気配を探ることはできるか?」
時雨は視線を手元に落として、焔刀の姿であるアグニに尋ねる。
「さすがに完全とまでは言えませんが、微かに気配を感じ取ることは可能です。ですが、この結界の霧がどうも複雑な力場を形成しているようで、微弱な気配こそ感じ取れても、その方角までは曖昧なもの……正確な道案内は難しいかと思われます」
「そうか。じゃあ、取り敢えず強行突破しかないな。出来れば、核力の大幅な消費だけは避けたいところだけど、その方が手っ取り早そうだな」
「はい。我が主であれば、そう仰るだろうと思いました。ある程度の濃霧を排除出来れば、私もリンネ様たちの気配をより強く辿ることができます」
「よし、決まりだな。策としてはかなりの力技だし、アグニには焔刀の維持や探知にも気を配ってもらう必要がある分、余計に負担を掛けてしまうことになるが、よろしく頼む」
時雨は自分を鼓舞する気持ちで焔刀を握る右手にグッと一層力を込めると、自身の核力の半分をアグニに供給して優しく語り掛ける。
すると、焔刀姿故に表情を窺うことは出来なかったが、アグニは『ふふ』と笑うかのように焔を帯びた刀身からチカチカと軽い火花を揚げた。
「了承です。我が主の願いとあらばこの紅焔の思想、全身全霊を掛けて契約主の力となりましょう」
「おう。ありがとうな、アグニ」
(どうか無事でいてくれよ……二人とも)
時雨はまだ霧が濃く漂っている噴水広場の方角に視線を移すと、両手に構えた焔刀を横に薙いで一閃を放ち、繰り返し活路を開きながら、地面を強く蹴って駆けだしていった。




