第三章「魔術街」 7
露店が多く立ち並ぶ街道を抜けた先の噴水中央広場。
あの後、程なくして店を出た時雨たちは、他にも洋服屋に本屋、アンティークショップ等色々な店舗を見て回った。
洋服屋ではエレナの発案から、女子たちによる試着会のようなものが催され、活発的でボーイッシュ系な服装から袖のフリフリなんかが可愛らしいロリータ系まで様々な服装に着替えていく二人を時雨が男目線で評価判定するという流れになっていた。
二人は元々素材が良いこともあってどんな服を着ても相応に似合ってしまうので、時雨はその度に目を奪われ、正直な賞賛の声を洩らした。
その結果、二人に火が付いたのか一人何十着もの数の試着を評価する羽目になったが、それはそれで目の保養という意味で時雨としても大変満足である。
それから二人は、その中から最も時雨の目を引いたと感じられる洋服のセットを三組ずつ選び、郵送という形で購入を決めた。
入学して間もないリンネには手持ちの金銭などありはしなかったのだが、エレナが転入祝いと称してプレゼントしてあげる、とのことでリンネは飛びつきそうな勢いで表情を明るくし、エレナに礼儀正しくお辞儀をする姿は姉妹のような関係を思わせるようでとても微笑ましかった。
他の店でも同様に楽しい時間を過ごした時雨たちは、各所を色々と廻ってさすがに少し疲れたということもあり、現在は噴水近くに設置された長方形型のベンチで腰を落ち着けていた。
噴水広場には露店が並び多くの人たちの声で賑わう街道とはまた違った趣がある。
そもそも魔術街は東西南北にそれぞれ一つずつ噴水広場が設置されており、その中央に魔術特区随一の歴史館が建てられた構図となっている。
もちろん東西南北にもそれぞれに入口が存在し、住宅地から繁華街まで区域によって特色が異なっているのが特徴的だ。
ちなみに時雨たちが通ってきた繁華街は、魔術街の東側にあたる。
東の噴水広場には、移動販売のクレープ屋やソフトクリーム屋にそれなりの人が休憩がてらに座れる長方形のベンチが点々と設置されている。
また、己の核心術を日夜磨いて練習しに訪れる大道芸人の姿や、観光客が噴水をバックに写真を撮っている姿などもあり、自由に寛ぐためのスペースとして活用されることが多い。
そして、それは時雨の両脇に座ってクレープ(時雨の奢りで購入)を満足そうに頬張っている少女二人も例外ではない。
「はぁ~、茶屋で頂いたお餅というものも良かったですけど、このクレープという食べ物もほっぺが落ちそうなくらい美味しいですね。濃厚な甘さの生クリームとこの苺の甘酸っぱい組み合わせがなんとも言えません」
目を細めながら手に持つストロベリークレープをちまちまと口へと運び、幸せそうな表情を浮かべるリンネ。
「あはは。リンネってば、表現が大袈裟だよ~。でも、ここのクレープはどれを取っても絶品なのはたしかだね。でもワタシのオススメは何と言っても、この餡子もどっしりタバスコブルーベリークレープだよ!……はむはむ、う~ん、癖になるこの独特な味わいが堪らない!」
きっとクレープ屋も遊び半分で考案したであろうゲテモノクレープを片手に心底気に入っているご様子のエレナ。
「……相変わらず物凄いな、それ」
「シグレも少し食べてみる?」
エレナはにこっと笑うと、『ほいっ!』とクレープを時雨の方へと傾ける。
「ちなみに参考までに聞くが、これってどんな味なんだ?」
「え~とね。うまく伝えられないんだけど、甘いんだか、辛いんだか、酸っぱいんだかよく分からない味覚が舌を一度に刺激するような他では絶対に味わえないであろうインパクトのある味かな。言うなればそうだね。パンチの効いた……いや、コークスクリューブローの効いた味ってやつかな!」
長い間食してきた本人にすら説明のつかない味って、なんなのだろうか……。
まぁ、それよりも『コークスクリューブローの効いた』って、表現はどう考えてもおかしい。
(てか、そんな表現が仮にあったとしても、明らか舌が完全にノックダウンだろっ!?)
「……悪い。気持ちだけ貰っとくな……」
時雨がそう言うと、エレナは『こんなに美味しそうなのに……』と少々不満げに言葉を返すと、再びゲテモノクレープへとかぶりついた。
(……あぁ、コークスクリューブローが炸裂してる……)
美味しそうに咀嚼するエレナとは対照的にそれを眺めていた時雨は、ふとエレナの舌の安否が心配になるが、頭をぶんぶんと横に振って敢えて考えないように努めた。
すると、右隣りで美味しさのあまり足をばたつかせながらクレープを食べていたはずのリンネがじっとこちらを凝視していることに気が付く。
リンネは時雨と視線が合うと、小さな手に握られたクレープを軽く時雨の方へと押し出してゆっくりと口を開いた。
「時雨。あの……私の方のクレープはどうですか? こっちなら時雨も安心して食べられます……よね?」
リンネはそう言うなり、微かに頬を赤らめてなにやら少し慌てた様子で顔を俯かせた。
「ん? そうだな。じゃあ、折角だしお言葉に甘えて一口だけ貰おうかな」
「それでなんですけど……私から一つお願い聞いてもらっても、良いですか?」
「ん? お願い? あぁ、俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
時雨は不思議そうに首を傾げて答えると、リンネは先程以上に頬を紅く染め、どこか落ち着きのない様子で身体をそわそわと動かしていた。
そして、何度か口籠るようにして言葉をぼそぼそと呟いていたかと思うと、リンネはそっと顔を上げて、強請るような上目使いで時雨の様子を窺い始めた。
(あれ? なんだろ、これ? よくわからないけど、すごく可愛い!)
そのどうにも愛くるしい仕草に時雨は思わずドキッと脈を打つ。
しばらくして、リンネは恥かしそうに眼を潤ませながらも、覚悟を決めたようにその重たげな口を開いた。




