第三章「魔術街」 5
アグニが護法鎖へと帰り、再び用事に戻ると言うことで雷斗と別れた時雨たちは、魔術街での散策を続けた。
リンネは雷斗に取ってもらった狐の人形を大事そうにぎゅっと抱きしめ、柔らかな素材でできた毛並に顔を埋めながらとても幸せそうな表情を浮かべている。
本来ならば、カッコ良く決めてプレゼントする予定だっただけに時雨としては少し複雑な心境である。
一応、時雨が精一杯尽くして手に入れたヨダレ猫の人形はいらないか尋ねてみたが、まるで眼中になしといった様子で『なんだかヨダレ臭そうなので遠慮します』と厳しめな返答を頂いてしまった。
エレナにもどうかと聞いてみたところ『キモカワ系は嫌いじゃないけど、この子はちょっと論外かな』とさすがに渋面を浮かべていた。
たしかに逆にこの人形を勧められたとしても、正直ほしいとは思わないだろう。
おそらく微妙に顔を引き攣らせながら『ちょっと、申し訳ないんですけど……』と丁重にお断りするに違いなかった。
時雨は、 軽く嘆息して仕方なく羽織っていた上着のポケットの中にヨダレ猫を突っ込むと、リンネが喜びそうな露店がないか周囲に視線を巡らせる。
すると―――
「あ、これ可愛い!」
通過しようとしていた店前で何やら目新しい物を見つけたエレナは声を上げて、こっちこっちと言うようにこちらに振り向いて手招きをしている。
そこはどうやら、可愛らしい雑貨に布地、手作りの装飾品や小物のアクセサリー等を多く扱っているお店ようだ。
「春の桜をイメージしたブレスレットですね。たしかにとても可愛いです!」
「だよねだよね! 時雨もこのブレスレット良いと思わない?」
「たしかに女の子によく似合いそうな可愛らしい柄だな。付いているタグによれば、『不幸を吹っ飛ばす開運のお守り』と縁起を担ぐ効果があるみたいだな」
「ほうほう。つまり、このブレスレットはむしろワタシではなく、今のシグレにこそ必要なアイテムだと言う訳だね」
「……うっ」
「そうですね。今の時雨の肩にはがっしりと不幸の怨念が張り付いていますから。こういった道具を身に着けることで少しばかり浄化を促した方がいいかもしれませんね」
「……え、俺ってそんなにヤバいくらい不幸に見えてるのか?」
「う~ん。まぁ、ドンマイだよシグレ」
「え、またその一言で済ましちゃう系!? 一応、最初に話振ったのエレナだからな!?」
「時雨、ドンマイですよ」
「えー……まさかリンネまでそんな反応……なんだか自分が本気で不幸体質なのかと疑ってしまうよ……」
時雨がショックそうに肩を落としていると、その様子を眺めて二人は顔『なんてね。嘘だよ~』『ほんの冗談です』と、仲良さそうに顔を見合わせてくすりと笑みを浮かべながら答えた。
(あ、また俺からかわれたのね……)
時雨は冗談だと理解するなり、ふぅ、と安堵の息を吐いた。
エレナとリンネはもっと色々物色しようと、店内へと足を踏み入れる。
時雨もそれに着いて行くようにして中へと足を運んだ。
ここの店内は他の露店に比べれば大きくないにしろ、多種多様な物品が各種類ごと丁寧に陳列されており、この店ならではのオリジナルアクセサリーを前面に押し出したような内装になっていて経営者の熱意が感じられる。
アクセサリーといっても着飾るような物だけにあらず、魔術街ならではの魔術が施された護身用や家庭などでもお役立ちアイテムとしてお手軽に活用できる物まで幅広く取り扱っているようだ。
「ほぅ、中々凝った物が多く取り扱われてる店だな。この火耐性のオリジナルアクセなんか料理中の火傷を防止してくれる、だとか主婦に重宝しそうなものまで置いてあるぞ」
「こっちは、核力を少し込めるだけでどんな大きい無機物でも小型化収納できる指輪なんてのがあるよ。へぇ、指に嵌めておけば遠方の旅行先でも軽々キャンプが楽しめます! だって。すごいね!」
「見て下さい! この全面的に押し出された当店オススメらしいネックレス。『足腰が弱ってきている老人方必見! 毎日身に着けるだけで衰え始めた機能が見事に改善される! ご愛好につき多くの方からの支持を受けております! さぁ、貴方も年齢に関係なく日常をエンジョイハピネス!』とありますよ。ゲルマニウム素材に魔術回路による効率化を加えた至高の逸品らしいですね。高齢者にも気を配る立派な経営精神素晴らしいです」
リンネはネックレスに興味深く触れながら感心するように呟く。
「これは穴場発見って感じだな」
「だね!」
思った以上に斬新な商品が並んでいて、アクセには正直疎い時雨も思わすテンションが上がってしまっていた。
手の平サイズ程の小物を収納するための木箱。これには男心をくすぐられるものがあった。少し核力を注ぐだけで瞬く間に木箱が変形を始め、主の指示を受けて動作する小さなお手伝いロボットへと姿を変える。見た目は木製ということもあり、多少不格好さが残るがそれでも『変形』というのはやはりカッコ良い。
添えられていた説明書きによると、木箱の重量の三倍までの重さを持ち運ぶことができたり、器用に道具を用いて様々な業務をこなすことができるらしい。
価格もそこまで高くないようで、身近なお手伝いグッズとしては申し分ない商品だろう。
小さな男の子がいる家庭には大変重宝しそうである。
そして、そんなこんなで各自は目新しいものを片っ端から見つけては報告し合うという流れができつつあり、気付けば陳列されているほとんどの商品を吟味しながら楽しんでいた。どれも個性的な品揃いでついつい心惹かれてしまう。
店員さんがたまにこちらの様子を窺ってはしてやったりといった様子で満足そうに微笑んでいた。
露店を出すことに掛けて競争率の高い魔術街だが、この短時間でどうしてもこの店には利益を上げて残り続けてほしいと心の底から思ってしまうくらいに居心地が良かった。
人を退屈させない面白みに溢れた楽しい露店だ。
後でこの店を出る時に店名をしっかりと押さえておこう。
時雨がそんなことを考えていると、すぐ傍で一点を熱い視線で見詰めるリンネの姿が目に映った。
「どうしたんだ、リンネ。何見てるんだ?」
時雨はリンネの視線の先に目を向ける。すると、そこには白い片翼を模った髪飾りがあった。
「はわぁ~、とても可愛いです」
リンネは目を奪われたかのようにその髪飾りに釘づけになりながら言う。
天使であるリンネにとって、これ以上にないくらいマッチしたデザインの髪飾り。
素材にもこだわっているようで、触れてみるとしっかり羽毛のようなふわふわとした気持ちの良い感触が手に伝わる。
一応、値札を確認してみると――――
「うおっ……二万セイン……。そこそこ性能の良い魔装具が買えるぞ……。よっぽど価値のある素材で造られた髪飾りなんだな。えっと、ちなみに効力なんかは……」
時雨は備え付けられた説明書きに目を凝らす。
『特別な効力はありません。普通にお洒落としてご利用ください』
「……って、付加効力なしでこの値段かよっ!?」
たしかに先程触れてみた感触からして質感は大したものだったが、まさか素材としての質のみでこの価格設定とは……。
それほどまでに貴重な素材でできた商品を提供できるとは、やはりこの店は侮れない。
依然としてうっとりとした表情で熱い視線を髪飾りへと注いでいるリンネ。
(あの髪飾り、きっとリンネに似合うだろうなぁ)
時雨は脳内で風に靡く空色の髪に白い片翼の髪飾りを着けたリンネの姿を想像する。
(うん、やばいな。想像とはいえ、ガチ目に可愛さが爆発している)
どうにかしてあの髪飾りを着けている姿を見れないものか、と時雨はある提案を思いつく。
「そこまで気になるなら、その髪飾り試しに着けてみたらどうだ? この店ではそういうの大丈夫みたいだし、きっと似合うと思うぞ」
リンネは時雨の提案を聞くと、ほんのりと顔を赤らめてもじもじと落ち着かない様子を見せ、目線を下げるようにして答えた。
「いえ、ですが……なんだか気恥ずかしいと言いますか、見てるだけで満足ですので。時雨に着けてもらう訳にいけませんし……」
「なら、ワタシが着けてあげるよ! それなら問題ないよね! ほらほら、リンネが恥かしがっちゃうから、時雨はあっち向いててね~」
エレナは妙に張り切った様子で名乗り出ると、ほれほれと促すように手を払った。
時雨はエレナに言われた通り仕方なく反対側を向くようにして待機する。
女心は複雑なんだなぁ、と分かったような事を思いながら、内心ガッツポーズを取り近くの装飾品を眺めたり、触ったりしながら適当に時間を潰す。
「シグレ~、もういいよ!」
しばらくしてエレナから合図が掛かり、時雨は『待ってました!』と言わんばかりに期待に胸を膨らませ振り返る。
すると、そこには――――




