第三章「魔術街」 4
「おお、雷斗。お前も魔術街に来てたんだな。もう用事とやらは済んだのか?」
「いや、まだだ。道中、一層騒がしいオマエたちの姿が目に留まったんで、顔を出したってだけだ。それよりもどうした? まさかこの手のゲームに手古摺ってる訳ないよな?」
「ぐっ……」
(もう既に十回以上も失敗しているなんて、口が裂けても言えない)
顔を覗き込もうとする雷斗に対して、時雨はそっと視線を逸らす。
「図星か。今じゃ大してやる機会もないが、たしかオマエそんなにゲーム下手じゃなかったよな?」
「……そのはずなんだけどな」
時雨は自分の霰もない結果を振り返り、肩を落としながら声を低くして答えた。
「ははっ。その様子だと、相当返り討ちにされたみたいだな。ま、詳しいことは聞かないが、ま、とりあえず選手交代するか。オレもなんだか久しぶりにやってみたくなった。悪いが時雨、そこ変わってもらってもいいか?」
久しぶりに腕が鳴ると言わんばかりに肩を回す雷斗。
時雨は雷斗に言われたように場所を変わると、邪魔にならないように脇の方に移動する。
雷斗は狙っている標的を時雨から確認すると、早速、機械の動力部である核に手を翳した。それから標的の位置を正確に眼で捕らえ、慎重に自身の核力を流し込んだ。
雷斗は次第にゆっくりと動き出したアームを操作し、微調整を加えながら標的の丁度真上に座標を合わせて固定する。
だが、時雨もここまでは順調に事を運んでいただけにまだ油断はできない。
時雨は『ここからだ』という局面に僅かに息を飲む。
その妙な緊張感が伝染したのか、リンネやエレナ、アグニも合わせるように息を飲むと、強張った表情でガラス板の向こう側に視線を集中させた。
張り詰めた空気が微かに漂う中、雷斗は余裕そうな笑みを浮かべて核に自らの核力を込めて最後の指示を出す。
アームが指示を受けて降下を始めたその瞬間――――
「……なるほどな。そりゃあ、時雨が取れないのも無理ねぇな」
雷斗は誰にも聞き取れないくらいに微かに呟くと、最終操作を終えたはずの核に再び強く力を籠めて今度は核力ではなく魔術を巡らせる。
すると、駆動していた機体はその魔術の刺激を受け、降下を続けながら大きく左右に揺れた。
「おい、雷斗これ大丈夫なのか?」
突然の事態に雷斗が魔術を発動させたことに気付いた時雨は不安そうな声色で尋ねる。
「大丈夫だ。まぁ、見てろって」
雷斗は短めにそう答えると、先程まで触れていた核から手を放して腕を組み、自信満々といった様子でアームの行く末を見守る。
時雨も疑心暗鬼ながらもその末路を見届けようと目を見張った。
そして、ぐらつくように降りてくるアームの先端部分がそろそろ人形に触れるかというところで一同は目を疑った。
つい先程まで乱雑に揺れていた機体はまるで嘘のように静止し、アームはゆっくりと人形の懐へと潜り込んだ。
標的をがっしりと掴んだアームは全くと言っていい程に揺らぐことなく、抜群の安定感を持って上昇していく。
緊迫していた状況の中、時雨の時とは対照的に女性陣の興奮染みた声が上がる。
(……仕方ないことなんだが、なんだろうな……この温度差は……別に羨ましくなんてないし!)
女性陣が盛り上がる様子に時雨は多少複雑な気持ちを抱きながら胸中で叫ぶ。
やがて最上部まで到達した機体はガタンッと僅かな衝撃を受けるも、バランスを崩してアームから人形が滑り落ちることはなく、順調に所定の位置まで帰還していく。
何事もなく商品獲得となる取り出し口に直結した穴の真上まで運ばれたところで、狐の人形はアームから解放され、そのままスルッと穴を通過すると、ようやく取り出し口の透明な窓の向こうに顔を出した。
「な、問題ないって言っただろ?」
雷斗はその場にしゃがんで中から狐の人形を取り出すと、それをリンネに手渡す。
リンネはコンちゃんを抱きしめるなり、ふわふわとした生地に顔を埋めて幸せそうな表情を浮かべた。
「雷斗さん、ありがとうございます。はわ~、もふもふとして気持ちが良いです」
「ま、喜んでくれたなら取った甲斐があったってもんだな」
「ライト、一発で決めちゃうなんて流石だね。シグレは……ほんとドンマイ」
「我が主は計十回もやって持ち上げることすら叶いませんでしたからね。我が主ながら少々情けなく存じます」
景品獲得により株を持ち上げられる雷斗。
そして、相対的に残念な度合が強調され株が大暴落の時雨。
「……ぐぬぬ。ち、くっそおおおおおおおおお! こうなったら、俺ももう一度チャレンジだ! 今度こそは必ず成功させてやるっ!」
「お、がんばれよ時雨。オマエならきっとやれるはずだ。真の男子力を見せてくれ」
「おう! 今までの汚名を返上して俺は男子力に満ちていることを証明してみせる!」
意気込んだ時雨は雷斗に負けじと再び硬貨を投入し、核に触れて機体を起動させる。
もちろん、標的は先程雷斗が獲得した同じタイプの狐の人形である。
もう既に当初の目的である狐の人形は手に入っているため、必要ないのかもしれないが男としての尊厳を掛けてこれ以上失敗は許されない。
時雨は慎重に機体を操作して狙いを定めた。
今まで以上に真剣な時雨の表情に一同も顔が引き締まる。
座標問題なし。落下地点は良好。
(今度こそ――――いけるっ!)
時雨が核に最後の命令を指示すると、アームを大きく開きながら機体は降下を始める。
先程、雷斗が魔術を行使したおかげか今まで感じていた違和感はなく、時雨の予想した軌道通りにアームは獲物に接近していく。
狐の人形の頭部と尻尾を挟み込むようにして持ち上げることができれば景品獲得は間違いないだろう。
緊迫した空気の中、時雨はそっと息を飲む。
そして、アームは時雨の期待した通り狐の頭部と尻尾を挟み込むようにして人形たちの山に食い込んだ。
「よっしゃああああああ! もらったあああああああああ!」
時雨はその様子に確信を抱き、大きな声で叫ぶ。
―――――その瞬間。
狐の人形の頭部を押さえるはずだった左側のアームは人形の柔らかな弾力によって、横にするりと滑った。そして、同時に右側のアームも尻尾の位置から座標がずれてしまい、小さな後ろ足に若干引っ掛かかりながら耐えるも虚しく、弾かれた左右のアームはその傍らに埋もれていた人形の頭部をがっしり挟むようにして上昇を始めた。
標的だった狐の人形に擦れて落ちそうになるも、その小さな人形はなんとか踏ん張るようにしてアームの中に収まる。
機体が最上部まで上昇を済ませると、その姿はとても珍妙なものだった。
ヨダレをだらしなく垂らした一種のキモカワ系と呼ばれる小さな猫の人形(正式名称、ヨダレ猫)。
それが首根っこを鋭利なアームによって絞め上げられた状態となっており、ヨダレという妙な要素がこの状況においてはただ苦しそうに泡を吹いているようにしか見えなかった。
時雨および一同が半ば固まった状態でその様子を眺めていると、機体はそのまま安定感を保ちながら取り出し口まで景品を運ぶと、アームをゆっくりと開いて掴んだ人形を底に落とす。
時雨は黙り込むようにしてその場にしゃがみ込むと、取り出し口の窓から戦利品であるヨダレ猫(見方によれば瀕死状態である)をそっと手に取った。
そして、しばらくの沈黙の後、時雨は『……ふう』と一つ深呼吸をして息を吐く。
「ふっ……笑いたければ笑えよ! どうせ、俺なんてこんなもんだよ! 畜生おおおおおお!」
時雨は恥かしさと悔しさのあまりその場で顔を覆いながら絶叫した。
「あー、なんというか惨め……だね」
「あんまり言ってやるな。あいつは精一杯やったさ。結果は……まぁ、それとして」
「我が主、ようやく景品獲得できたではありませんか。おめでとうございます。ですが、まぁあれだけ大きな声で『よっしゃああああああ! もらったあああああああああ!』などと叫んでいた割には情けないですね」
「……時雨。やっぱり人形に何か恨みでもあるんですか? 気が病んでいるのなら私相談に乗りますよ?」
各自にそれぞれの感想を述べる一同。
一度は感極まって大声を上げてしまったことへの恥かしさによる葛藤と男としての尊厳を守れなかった悔しさに時雨はどんよりと肩を落とした。
また、リンネが本当に心配そうに話掛けてくれるのだが、返ってそれが心苦しくもあった。
そして、時雨は手中に収められた細目でヨダレ顔の小さな猫の人形からしばらくの間視線を逸らすことができすに、ただただ自分の無念さを嘆いたのだった。




