第三章「魔術街」 3
「よし、いくぞ!」
その後、二人の声援を受けて二度目の挑戦を試みた時雨は見事に失敗を繰り返し、三度目、四度目と幾度と連戦を重ねるも成功に至ることはなかった。
計十回にも及んだ結果報告を順番に上げて行くならば、一度目の『首突』を初め『首突』『首突』『目潰し』『鳩尾』『首突』『顔面圧迫』『鳩尾』『首突』『目潰し』と生物のあらゆる急所を的確に突く大変残念な成績となってしまった。
「…………」
あまりの惨劇に肩を震わせ言葉も出ない様子のリンネ。
重たげな空気が漂う沈黙の中、最初に口を開いたのはエレナだった。
「……シグレ、さすがに首突が全体の割合の半分を占めちゃうとなると、いくらワタシでも確信犯なのかなと本気で疑っちゃうよ?」
「……あぁ、済まない。俺もこんなつもりじゃなよかったんだよ。なんかほんと……ごめん!」
時雨は、自分の不甲斐なさとガラスの向こう側で物言わぬ狐人形の痛々しい姿(罪悪感より瀕死寸前に見えている)に目も当てられない様子で顔を手で覆うようにして呻いた。
「……コンちゃんが生死の境目を彷徨って瀕死寸前…………」
リンネは、ガラス腰に狐の人形(通称コンちゃん)を心配そうに眺めて微かに涙を浮かべている。
実質加害者とも言える状況の時雨が『人形だから死ぬことはないよ。安心して』などと返せるはずもなく、時雨は女の子のために人形一つ取ることのできない自分の無力さに愕然と肩を落とした。
するとその時、突然時雨の腕にはめられた赤色の護法鎖が輝き出し、黒いゴスロリ風のドレスに身を包んだ紅焔精霊、アグニが虚空から姿を現す。
アグニは、ドレスの裾をふわりと翻して地面に着地すると、先程の出来事を一部始終見ていたのか淡々とした口調で呟いた。
「ふむふむ。我が主がこういう趣味をお持ちとは新たな発見です。いずれ鬱憤を晴らすための矛先が我ら精霊へと向けられ、蹂躙されるその日が訪れることを私は我が主の精霊として甘んじて受け入れる所存で御座います」
「いや、甘んじて受け入れちゃダメだろ! それ以前にそんな日は未来永劫訪れないから大いに安心してくれ!」
「もしかして、我が主は私などでは不服だと、そうおっしゃっておられるのですか?」
「……そういうことじゃなくてだな。不服も何もそもそも俺にそんな趣味はないってことだよ」
時雨が頭を悩ませながらそう答えると、アグニはなんとか理解してくれたのか「あぁ」と声を洩らしてポンっと軽く手を打った。
やはり、そこは契約精霊。
主である時雨の言葉をしっかりと受け止めてくれたらしい。
時雨は「わかってくれたか」と灌漑深く自分の契約精霊を見詰めて頷く。
「なるほど、左様でしたか。では、百歩譲ってそういうことにしておきましょう」
「俺の話全然信じてないじゃねぇか! 百歩譲っちゃったし、なるほど、って一体何を理解したんだよ!」
「結果が結果でしたので、我が主の発言は信憑性に欠けるかと思いまして。なるほどに関しましては、ただ言ってみただけで特に意味はありませんよ。実際、ぶっちゃけちゃいますと、我が主の失態に乗じて悪ノリしてみようかな、と思った次第で参上しましたので、最初から理解する気など毛ほどもなかった、というのが本音でございます」
「結果については返す言葉もないが、最後のぶっちゃけは正直聞きたくなかったよ」
悪ノリをするためだけに顕現してくる契約精霊……。
契約精霊は、交わした契約において契約主から一定量の核力を供給されている。
実際、アグニが自発的に顕現できるのは、アグニ自身が特別高位の精霊であるから可能であるという訳ではなく、契約主である時雨によって得られる核力を消費することによって可能となる術なのである。
それを、悪ノリ一つ披露するために行使したのだから、契約主である時雨からすれば、たまったものではない。
だが、こういうことは今に始まったことではないので、その都度怒りを露にしていては余計に体力を消耗するだけと理解しているため、言うなればもう慣れっこである。
世の中、意外と諦めが肝心なのかもしれない……。
(いやいや、こんなことで暗くなってどうする!)
いつの間にやら暗い方向に考えてしまっていた時雨は、気持ちを切り替えようと胸中で囁き自分を鼓舞する。
「ねぇ、アグニ。結局、勝手に顕現した理由を十文字以内で要約すると?」
「傷口を抉っちゃうぞ♡」
「……もう、嫌だ。こんな契約精霊」
面白そうな空気を感知したエレナの問いかけに、最大限の悪ノリで答えるアグニ。
その場でくるっと一回ターンをして黒いドレスを靡かせると、目元にピースサインを添えてポーズまで決めている。
悪ノリで顕現したということを暴露してなのか、恐れるものは何もないといった勢いで普段では絶対ありえない勢いの悪ノリをお披露目していた。
(あれは俺の知っている冷静沈着な紅焔精霊・アグニの姿ではない!)
止まらない契約精霊の暴走に両手で目を塞ぎ、現実逃避を測ろうとする時雨。
それを見兼ねたエレナが、その場でしゃがみこむ時雨の肩にそっと手を置いて、気の利いた一言でも掛けようと口を開いた。
「まぁ、ドンマイだよシグレ! 色々と」
「それ全然慰めになってねぇよ!」
「そうですよ、我が主。そんなときもありますって」
「え、それお前が言う!?」
元はといえば、マジックキャプチャで無残な結果を招いてしまったことが一番の原因であるが、時雨は最善を尽くしたつもりだった。
計十回とも、アームが人形に触れる瞬間に僅かながら座標がずれたような妙な感覚。
機械が故障でもしているのだろうか、とも考えたがアームが人形に触れるまでは確実にこちら側の操作に応じた動きを見せていたし、やはり単純に腕が鈍っていただけなのだろうか。
(……勘繰りすぎか?)
時雨が『う~ん』と首を傾げて機械と睨み合っていると―――
「よう、時雨。難しい顔して何突っ立ってんだ?」
突然背中をバシッと豪快に叩かれ、」咄嗟に視線を移した先には茶髪のツンツン頭にプラチナ製のヘッドフォンを首から提げた少年、雨宮雷斗の姿があった。




