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進行と親交

 俺はとある牛丼屋で、たっぷりとチーズが乗っかった物をカツカツと掻き込んでいた。箸を団ぶりの中に突っ込み、毀れていきそうな柔らかいご飯と、熱で蕩けた濃厚そうなチーズがかけられた肉を口に運ぶ。

 濃い味がご飯とよく絡み合い、後味のくどさも独特のうまみのようにさえ感じる。

 時間は6時30分前後。夕ごはんのピーク時でもあり、家族連れがちらほら店内にはみうけられ、忙しそうに二人の店員で厨房をまわしている。

 今食べている牛丼にはタバスコもついていきたが、正直要らない物としか思えない。食わず嫌いでしかない為、その真偽は分からないが。

 その食っている最中。

 舌鼓を打つ、というほど上等なものを食っている気分はしないが、一応牛丼を味わっていたとき、背後でからんからんと、店のドアに備え付けてある鈴がなった。

「……なんだかんだいいながら、来てるじゃねぇか」

 そういいながら、俺の横に来店者が座る。ドカッ、という効果音が似合う、乱暴な座り方。

「……興味本位だ。大した意味はない」

 口のなかの肉とご飯のすし詰め状態を水で流し込んで打開した後、ふぅと息をつき、俺は直輝を見ずに直輝に向かってそう言った。

 店員が直輝に向かってお冷を出す。軽く会釈して礼の代わりとして、直輝はお冷に口をつける。

「……なに食うんだ」

 箸を動かしつつ、片手にメニューを構えて頬杖をつく直輝を見て聞く。

「はてさて……ねぎ玉にでもするかな」

 答えるようにそう呟くと、手元のベルを鳴らさず、店員が近くにいたようで、すみません、と呼びかけた。

「ねぎ玉牛丼の大盛りを単品で」

 店員は手元のタッチパネルを捜査し、直輝の言葉を鸚鵡返しして確認を取る。

 直輝がそれに頷くと、少々お待ち下さい、といって厨房へと戻っていく。

「……んで、どこら辺にあるんだその鏡とやらは」

 お待たせしました、と店員に言われ、直輝の目の前に頼んだ品が出てくるのを見ると俺はそう口を開いた。

 卵を開き、専用の容器にいれて白身と君を分離させる。黄身のほうだけをどんぶりのうえに流し込み、混ぜ始める。

 それが大体終わると、直輝は口を開く。

「ここら辺の近く。あんまりせっつくな」

 箸を持ち、手を合わせていただきます、といってから直輝は牛丼を口に運ぶ。

 少し急ぎ目で、掻き込むようにして直輝は口の中に牛丼を詰めていく。

 口元から葱が少し零れ落ちたが、それにも気にせず腹の中に入れていくように様子に、少し顔をしかめた。

「……あんまり急がなくても良いぞ」

 すでに食べ終えた俺は、どんぶりの上に箸を置き、肩肘をつきながらそういう。

 しかし直輝の勢いは留まるところを知らず、白飯が次々と腹の中に納められていく。

 溜息をつきながらお冷をかるく喉に流し込むと、やがて、横で箸を置く音が聞こえた。

 ごちそうさまでした、という声が聞こえる。時間にして、10分程度での完食。

 直輝はふぅ、と少し息を吐き、お冷を一気に流し込む。

「……行くか」

「ああ」

 直輝の声に頷くと、それぞれ伝票を取り、立ち上がる。

 会計を終え、店員のありがとうございました、という声をバックに、牛丼屋の外へと出る。

 風が体をすり抜けるのを感じる。車道を走る車の音が明瞭に聞こえ、夜特有の少し澄んだ空気が鼻腔を刺す。

 直輝は肩と首を回しながら、準備体操でもしているようにゆっくりと進んでいく。

 俺は何も言わずに、それにゆっくりとついていく。

 ジャリ、ジャリというアスファルトを踏みしめる音だけが二人の間にはあり、他は沈黙が埋めていた。

 暫くの間は大きな通りを闊歩する。真横の車道で車が次々と過ぎ去り、少しだけ風を感じさせる。

「……なあ、これで時間までにつくのか?」

 あまりに大きな通りを歩いている為、少しだけ不安になってそう直輝にといかける。

 ポケットにいれておいたスマートフォンのスリープモードを解除し、表示された時計の時刻を見る。

 6時50分。

 あと、16分程度で噂話の時間になってしまう。

 本当にこんな所に話の鏡があるのだろうか、と不安と共に期待感があった。

 やはり噂は噂に過ぎないとほっとしたい自分と、噂が真実であって欲しいという、非現実を望む自分がせめぎあう。

「……ああ。大丈夫だ」

 俺の前を歩く直輝は、振り向きもせずそう答える。

 そういわれてしまうと、俺は何も言えなくなってしまう。

 6時55分。

 大通りの横にある、小さな小道へと直輝は方向転換した。

 延々と続いていた、歩道側の鉄柵が不意に途切れている場所があった。そこへとなんのためらいも無く直輝が進んでいくのを見て少し驚いたが、みてみればなんてことはなかった。

 鉄柵が途切れている場所から、そこから下へとアスファルトで出来た階段が出来ていたのだ。

 ゆっくりとそこを下っていくと、一転して人通りもなく、車すら通らない道へと出た。空き地が点々と続き、それを飾るように僅かな民家がある程度。本当にここは都内なのか、と言いたくなった。

 ある程度歩いても、はるか後ろとなった大通りから走行音が聞こえるほどの静けさだ。

 そこの、僅かにある民家の間のさらに細い道。

 そこをためらい無く直輝は進んでいく。

 徐々にあたりは薄暗くなり、周りは住宅やら店舗やらで囲まれ、ようやく人一人が通れる程度の隙間となっている。

 電柱が隙間を圧迫し、横向きになってようやく通れるくらいの場所すらあった。

 らしくなってきた、といえばそれまでだが、俺は背筋の寒気を感じずにはいられなかった。

 大通りから何も無いところに来たことによる、ヒートアイランド現象からの脱却と、夜だから。この二つの理由を見つけ、それが原因だと自分に言い聞かせた。

 やがて、直輝は足を止めた。

 7時ジャスト。

 俺も脚を止めて、直輝の目の前にあるものを見てみる。

 ……廃墟と化した家。

 それがそこにあった。

 大きさは普通の一軒家。一般人が住宅説明会を受けよう、と思える程度だ。

 しかし人気どころか、人が住んでいる気配すらなかった。ところどころ窓は割れ、屋根も崩れ落ち、庭に一部分が突き刺さっている。

 呪われる、などより物理的にも危ない気がする家だ。

 入るところは鉄格子に囲まれていた形跡があるが、今は錆び、崩れ落ちている。インターホンの上には大きな窪みがあり、そこに表札を入れていたのだろう、と思う。

 何故取り壊されていないのか、何故空き地になっていないのか。それは今は考えないことにした。

「……行くぞ」

 直輝はそうとだけ言葉を発する。

 少しその声は上ずっていた。緊張していたのだろうか。しかし表情は見えず、その原因まではうかがい知れなかった。

「……ああ」

 俺は直輝の言葉にそうとだけ返す。

 もし此処にも怪談に属する物があるのなら、直輝は目を輝かせていっている筈だろう。言わないということは、無いという認識でいいのかもしれない。

 ――いや、もし、直輝ですら自主規制するようなものが、ここにあるとしたら――。

 そんな考えを、頭の中で馬鹿馬鹿しいと打ち消す。

 直輝だって馬鹿じゃない。流石にそんな場所に来るはずもないし、一応は友達である俺に、都市伝説、という説明だけで済ますわけが無いからだ。

 ……とりあえずは、ここにはなにもない、という当たり前の結果を実感するのが先だろう。

 直輝についていく。

 なんなく鉄格子を超えると、泥棒防止用のジャリを踏む。大きな音がなり、不審者が来ることを察知させる為の物だ。今の俺らは明らかに不審者であるはずだが、誰かが家から飛び出てくるわけも無い。寧ろ、飛び出してきた奴も不審者だ。

 ジャリ、ジャリと耳障りな音を聞きながら進む。何故か、此処の音が何かをおびき寄せている気がする。気のせいだと思いたいが。

 玄関まで至ると、直輝がノブを回す。

 驚くことに、ここはすんなりと回った。鍵はしまっていないようで、ノブは錆びている様子はあったが、どうやらシリンダーの部分は無事だったようだ。

 大きく開け放ち、直輝が俺を家へ招く。

 一歩踏み入れた瞬間、カビのような香りが鼻腔を襲った。顔を、思わずしかめてしまった。

 そして……腐臭。

 どこからするのかは分からないが、物が腐るすっぱい香りも鼻を突く。

 これが不気味な雰囲気を演出していた。

 こんにゃくなどよりも腐った卵を置いておいた方が、お化け屋敷では客が来るだろう。そう感じるほどに。

 玄関は非常に暗く、あたりくらいしか見えなかった。すぐ横に下駄箱があるのは分かったが、体重をかければ崩れ落ちてしまいそうな、脆く年季の入ったものだった。

「……この家の、どこにあるんだ?」

 玄関で立ち止まっている直輝に、俺はそう問いかける。

「……正直なところ俺も知らなかったんだが……」

 そう話しつつ、苦笑を浮かべる。

 どういうことだ?と戸惑う俺をよそに、直輝はズボンのポケットを叩き始め、あったあった、と呟く。

 直輝はズボンに備え付けてあったポケットをまさぐると、掌サイズの懐中電灯を取り出し、囁く。

「……どうにも、探すまでも無いようだぞ。雅樹」

 え、という俺の驚きの声よりも前に、直輝の懐中電灯が前方を照らした。

 目の前に、あった。

 俺たち二人が横に並んでも映し出せるくらいの横幅と、玄関いっぱいの背丈の人が入ってきても身だしなみを見れるような、高い縦幅。

 そのサイズの鏡が、玄関の目の前に鎮座していた。

 暗い世界での、圧倒的な存在感。

 呪いの鏡。

 紫鏡の親戚のようなそれは、来訪者を待っていたかのように、丁度玄関の目の前に位置してあった。その横には廊下が続き、とおれるようにはなっているため、鏡がひとりでに移動した、などというわけもなく、元々この位置だったのだろう。何故こんな所に置いたのか、意図は全く見えないが。

 その鏡は懐中電灯の光を反射し、玄関の全てを映し出していた。

 俺たち二人と、木製でところどころが皹われ始めている下駄箱。その上に置かれている、招き猫のような置物。踏めば軋んでしまうような、ひび割れている廊下。割れた照明を吊り下げている天井。

 そして開けっ放しの扉。

 ……それが、全てだった。

 何度も瞳をきょろきょろと動かし、確認した。

 結果、人ならざるものが移りこんでいたり、誰かの姿が見えた、などという事は無かった。

 目の前の鏡はごく普通に見えるものを見えるように。見えないものをみえないようにしていた。

 当たり前の、鏡としての仕事をただ淡々とこなしていた。誰も使用しようとはせず、寧ろ都市伝説として嘲笑っているにもかかわらず。

 それは鏡であり、それ以上でも、それ以下でもなかった。

 俺は人知れず、胸をなでおろしていた。少しばかり、不安感が過ぎ去る気がした。

 そんな俺をよそに、直輝は何も写っていないのを確認すると、ふん、とつまらそうな声を出して踵を返す。

「……おい、何処に行くんだよ」

 俺が呼びかけるときには、直輝はもうすでに玄関から出ていた。

「……帰るんだよ。鏡は見たしな。後は呪われているかどうか、自己観察だろう?」

 振り向きながらそう直輝は言う。何故か、はきすてるような憮然とした表情で。

 ……そうか。

 そう、直輝の言葉に一人で納得していた。

 何かが写る、という都市伝説ではなく、この鏡は呪われる、という都市伝説だった。

 これから身に何かが起こる、という可能性は確かにある。……噂が本当ならば。

「あ、ああ。分かった」

 玄関から、少しだけ足を出す。

 そういい、そう行動しつつも、俺は少し後ろ髪を引かれていた。

 ……腐臭。

 この二文字で表せてしまう香りがどうにも気にかかる。

 入った瞬間感じ、今でもなお香っているこの匂い。

 下手なものより、よほど不気味な匂い。

 すっぱく鼻腔を突き刺すその香りは、俺の脳髄につきささり、抜けようとはしなかった。

 何が腐っているのだろう。……一番ありえるのは、処理していなかった生ゴミ。

 他の可能性としては――。

「おい、雅樹。行くぞ」

 考えの途中。直輝のそんな声に思考は遮断された。

 ……それでよかったのかもしれない。

 もう、ここはつつかないほうが良い。

 今さらながら、そう感じた。

 理由は……分からない。

 強いて言うならば――。何か、いいようのない負の物をこの家からは感じたのだ。

 霊などとは断じて違う。いじめを目の前で見ているような、人の悪意を直視しているかのような、居心地の悪い感じ。

 そして、人であれば誰でも目をそらしたいもの。

 つついてしまえば、蜂の巣の如く何かがここから溢れ出ていきそうで。

「……ああ」

 もう、いいんだ。

 自分にそう言い聞かせて、玄関から出る。

 体を完全に出した後、後ろ手で玄関のドアを閉める。

 ……鏡は、俺とドアを写していた。

 ガチャ、という音共にノブが締まり、ドアが閉まると、そこにはもう鏡は見えなかった。

 少し間玄関の前に立っていた。

 溜息を吐き、踵を返す。

 すでに鉄格子をまたぎ、俺を待っていた直輝に悪い、とだけ言うと、いいさ。と答える。

「何も無かったしな。つき合わせて悪かった」

 直輝は歩き出しつつ、肩をすくめてそういう。

「……いいさ。何も無いことははなから分かっていたしな」

 違う。

 俺が発した言葉を、自分で否定する。

 あの腐臭。あれだけがどうしても気になる。

 鏡には何も無かった。家の中に何かがあったのだ。

「はは。確かに、何も無かったな」

 何故直輝はそれに言及しないんだ。気づいていなかったのか。

 なら……俺だけがあの香りを感じているのだろうか。

 何故だ、何故だ……何故だ。

 そのときの俺は、自問自答に必至だった。

 だから、直輝の口が動いたことも、そこから囁きが毀れたことも、何も分からなかった。

「……そう、何も無かった……有言実行できない馬鹿が」

 ひきつきそうな笑いで、そう囁く直輝がいたことも。

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