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創傷無用

 彼らは、間違いなくエメラルド・シティで一番頭の悪い双子だった。

 天は彼ら兄弟に知能を与えず、代わりに丈夫で逞しい肉体と、強固な闘争心を与えた。

 その兄弟には、ジョーガンとバリンボーという名前があったが、街の人間には愚兄弟と呼ばれていた。愚兄弟はやがて、クリスタル・ボーイと呼ばれている男の部下となり、街のあちらこちらで見かけるようになったのだ。


 そして今、ジュドーの目の前で恐ろしい闘いが幕を閉じた。装甲だらけのキャンピングカーの横で、愚兄弟が凄まじい兄弟ゲンカをしていたのだ。兄弟ゲンカは結局、両者ダブルKOで終了したが、その場にいたジュドーにとっては、いい迷惑だった。

 もっとも、めんどくさいから何もしなかったし、そのため直接の肉体的被害がおよぶ事はなかった。しかし二匹の筋肉バカの激突は、物が壊れたり血が飛んできたりと、本当にはた迷惑な兄弟ゲンカだった。

 しかも、クリスタル・ボーイは未だ現れない。

「オレはどうしたらいいのだ……」

 ジュドーは天を仰いで呟いた。


 その時、キャンピングカーのドアが開いて、眠そうな目のクリスタル・ボーイが出てきた。

「お前ら、またケンカかよ……あ、ジュドー……おいおい、起こしてくれりゃあ良かったのに」

「いや、寝てる最中は起こすなって愚兄弟に言われたんだよ」

 ジュドーは困った顔で、ボロボロの愚兄弟をあごで示す。愚兄弟はあわてて立ち上がるが、あちこち傷つき、流血し、見るも無惨な様子であった。

「グキョウダイ? なんだそりゃ?」

 ボーイは不思議そうな顔をする。

「知らないのか?こいつら街の人から、そう呼ばれてんだよ」

「へえ、うまいこと言うじゃん」

「で、オレに頼みたいことってなんだ?」

 ジュドーがやれやれといった様子で聞いた。

「あー、そうそう。ちょっと車の中に来てくれ……兄弟は外で待機。ケンカしないで待ってろ」

 ボーイは、ジュドーを車に招き入れた。


「この前、工場から一キロ持って帰った時に襲われちまってな……」

「襲われた?」

 ジュドーは思案顔になった。クリスタル・ボーイのクリスタルは質が良く、おまけに安い。ただ、どういうルートから仕入れているのかは誰も知らないはずなのだ。

 それを襲うとは……。

「ああ。仕方ないから、クリスタル放り出して逃げたよ。で、誰がオレを襲ったのか、調べてもらいたいんだ」

「オレ探偵じゃないぞ……そりゃ無理だ」

 ジュドーは立ち上がり、ボーイに大げさなお辞儀をする。

「悪いな、ボーイ」

「おい、ジュドー&マリア・カンパニーはなんでも屋だろ? 死体処理からボディガードまで、何でも引き受けます――」

「正確には、何でも極力引き受けます、な」

 ジュドーはさりげなく訂正するが、ボーイは構わず言葉を続けた。

「正直、クリスタルに関してはあきらめるよ。ただ、こんなことが続くようだとオレも仕事にならない」

「そりゃそうだな……」

「オレは思うんだよ。もし犯人を見つけられる奴がいるとしたら、お前じゃないかってな。別に急ぎじゃない。他の仕事のついでにやってくれりゃいいんだ。見つけたら百万出す。前金はなし。見つからなくても文句は言わねえ」

「まあ、それでいいなら……」

「頼むわ。あと、このことは、なるべくなら他の連中には内緒にしといてくれ」

「わかった。そういや、襲われた時に愚兄弟は何してたんだよ?」

「あんな奴ら、連れていけねえよ。基本的に、工場には一人で取りに行ってるんだ」

「そうか……ところで、こないだ妙なことがあったんだ」

「妙なこと?」

「モレノをウチの人間が始末したんだが、待ち伏せされてた、らしい」

「……」

 ボーイの表情が一瞬にして変わる。

「もちろん、お前じゃないのはわかってる。そんなことのできそうな奴に心当たりはないか?」

「できそうな奴……」

「その情報を知り、なおかつモレノに知らせることができた奴だよ」

「わからねえな……」

 ボーイは暗い表情で呟いた。

「そうか。わかった。あと頼まれた件、一応は調べてみる。クリスタルをキロ単位でさばける奴なんか、限られてくるしな」

 言いながら、ジュドーはドアを開ける。

「ああ……」

 ボーイは呟くような声で答える。ジュドーは車を降りて、愚兄弟にあいさつし、立ち去って行った。

 ボーイは一人、車の中で浮かない顔で何か考え込んでいた。

「ジュドー、またなー」

「また来いよー」

 愚兄弟の声。ボーイは思わず笑みを浮かべた。


 次にジュドーが訪れたのは、バー『ボディプレス』だった。開店前の店は静けさに包まれている。まだ化粧前のアンドレがカウンター席に座り、タバコを吸いながら、なにやら物思いにふけっていた。

「アンドレー、来たよ」

 ジュドーは隣の席に座って、物憂げな表情の大巨人を見上げる。だが、アンドレはつまらなさそうな表情でジュドーを一瞥した。

「……なんか、機嫌悪そうだな。明日にしようか」 ジュドーはそそくさと引き上げようとしたが、腕を掴まれ引き戻される。

「アンタって、ホントどうしようもない奴ね。普通こういう時は、どうしたの? とか、悩み事でもあるの? とか聞くもんでしょ、男なら」

「いや……あんたの悩みは凄すぎて、オレなんかじゃ役にたたなさそうだし」

「この野郎……」

 アンドレはジュドーの腕を思い切りつねった。

「痛い!」

「憎らしいわ……この場でアンタ押し倒してヒイヒイいわしたい」

 アンドレは怖い目で見つめた。

「オレ帰る」

「待って! 行かないで! 仕事だから!ちゃんと仕事の話するから! もう憎らしいったらありゃしない!」

 アンドレの声には、本気の憎しみがこもっているように思え、仕方なくジュドーは立ち止まった。


「あのね、ウチの店の二階なんだけど、困った客が来てたのよ」

 『ボディプレス』の二階は売春宿になっている。アンドレは飲み屋のママであると同時に、売春宿の女たちを束ねる役目も果たしていた。

「んなもん、あんたが出てきゃ一発――痛え!」

 アンドレに背中をはたかれた。

「だったら、わざわざ呼ぶワケないでしょ! 相手は治安警察なの」

「それはやっかいですな。タイガーの姉御に頼むのが――痛いって!」

 再度はたかれ、苦悶の表情を浮かべるジュドー。

「アンタ真面目に考えてんの? タイガー姐さんに泣きつけるワケないでしょ! 店任されてるアタシが、何とかしなきゃいけないの! やる気あんの、アンタ?」

「わかったよう」

「……」

 アンドレは何とも言えない表情でジュドーを見つめた。

「ソイツはね、モラレスっての。治安警察だからって、ただで遊んでいって……でも最近は、それじゃ済まなくなってきて……」

 アンドレは言葉を止め、下を向いた。

「女の子たちを、傷つけるの」

 アンドレは数枚の写真を取り出した。写真には、顔を殴られ変形したり、背中にやけどを負わされたり、乳首を切り落とされた女たちが写っている……ジュドーの表情が変わった。

「なんで――」

「こんなことを、って言いたいの? アンタだって知ってるでしょ。女を傷つけないと感じない男がいるってことくらい」

「知ってる。でも、やり過ぎだ……」

「タイガー姐さんに言え、ってアンタさっき言ったでしょ。アタシが言う前にタイガー姐さんは出禁にしたのよ、モラレスを。でも、それじゃアタシの気が治まらない……被害に遭った女の子たちも……」

 アンドレの声は震えていた。

「わかった。オレがそいつを殺す」

 ジュドーも真剣な表情になっていた。

「ダメ……殺しちゃダメ、絶対に……アンタにそこまでは頼めない」

「何遠慮してんだ? あんたらしくねえよ。タイガーの競りにかけて殺せばいいだろ?」

「殺すなんて生ぬるいわ。モラレスを捕まえて、この娘たちに引き渡したいの。そのあとで、アタシが始末する。アンタは連れて来てくれればいいから」

「わかった」

 ジュドーは力強くうなずいた。

「アンタ、やっぱイイ男だわ……見た目は凄く残念だけど」

「余計なお世話だよ」

「じゃ、これ前金よ。百万入ってる。終わったら、また百万払うから」

「いいのか、そんなにもらって……」

「相手は治安警察よ。これくらいじゃないと割に合わないでしょ?それにアタシ一人だけが出したんじゃないわ。女の子たちみんなで出しあったのよ」

「ああ、わかった。必ず連れて来る」


 ・・・


 その頃。

「しゃーっしゃっしゃっしゃっしゃ!お前ら弱すぎである!」

「いやー、マリアちゃんは強いな」

 腕をさする老人。

「次は誰である?! マリアとのアームレスリングで勝ったら、明日も炊き出しに来るである!」

「マリア! そんなこと勝手に言ったらジュドーに叱られるわよ!」

 ジュドー以外の三人は、炊き出しに来ていた。マリアは、昨日に続き今日もテンションが高く、カルメンがもっぱらフォローとツッコミに回っていた。そしてアイザックは――

「アイザックさん、筋肉触らしとくれ」

「ああ……」

「いやー、凄い凄い。若返るねえ」

「あの……」

「アイザックさんは、カルメンちゃんと籍は入れたのかい」

「まだだ……」


 その様子を、離れた場所から、じっと眺めている老人がいた。

 おそらく七〇歳は過ぎているであろう。痩せた体と髪の毛がすっかり抜け落ちた頭。身長はマリアと同じくらいだが、マリアよりも小さく見える。

 その老人の背後に迫る影が一つ。

「ジュドー、あれがお前の手下か?」

 振り向きもせず、老人は尋ねた。

「手下じゃねえよ、社員だよ、タン」

 ジュドーは微笑みを浮かべながら、言葉を返した。

「で、ワシに頼みたいこととは? ワシらは何をすればいいかの?」

「あのな、ジイさんバアさんたちに言ってくれ。オレの知り合いのドラッグ・ディーラーが扱ってたクリスタルが一キロなくなった。パクった奴を知りたい。何か見たり聞いたりしたら、すぐ知らせてくれってな。頼んだぜ、タン」

「クリスタル……あんなもの、この世からなくなればいいんじゃ」

「ここはエメラルド・シティなんだぜ。クリスタルごときに目くじらたててちゃやっていけないぜ。それにな、仕事もらうのに贅沢いえねえ」

 ジュドーはポケットから数枚の紙幣を取り出し、タンに手渡した。

「なんじゃ、しみったれとるの」

「前金もらってないんだ。仕方ないだろ」

「ま、お前さんには炊き出ししてもらってるしな。感謝しておる」

 タンは真面目な顔になると、ジュドーに合掌してみせた。

「その代わり、オレはあんたから情報をもらってる。おあいこさ」

「情報といえば、ロペスを覚えとるか?」

「ん? ああ、あのショタコンでクビになった奴だよな。あいつがどうしたんだよ?」

「あいつ、タイガーの部下のゲンタツという男と、夜中にわしらの住処の近くで何やら話とった」

「ゲンタツ……聞いたことない奴だな」

「まだまだじゃな、お前。あれは……何か企んでおるぞ」

「わかった。ありがとう、タン」

「礼の代わりに、明日も炊き出しを頼む」

「そりゃ無理だ。週二回って決めただろ」

「ケチじゃのう」

「商売上手と言ってくれ。あとな、もしクリスタル盗んだ犯人がわかったら、ボーナスを出すよ」

「そうか。ワシも調べてみよう」

「頼んだぜ。おーい! お前ら、そろそろ帰るぞ!」

 ジュドーは老人たちと戯れているマリアたちに呼び掛けた。

「おおジュドー! 終わったであるか! では、みんな帰るである!」

 マリアの楽しそうな声が、夕暮れ時の公園に響き渡る。


 その夜。

 ジュドーとアイザックはリビングで今後の仕事について話し合っていた。

「そうか……そんな奴は殺した方が世のため人のためだな。で、いつ殺る?」

 アイザックは珍しく怒りの色を見せていた。

「お前らの出番はなしだ。オレ一人でやる。お前らは留守番だ」

「おい……」

「今回は、モラレスって奴を連れていって、アンドレと女たちに引き渡すだけだからな。お前らはウチの安全を守ってくれ」

「わかった……」

「ま、次回の競りは必ず落とす。そん時はお前らの出番だ。頼むぜ」

 ジュドーはアイザックの分厚い胸に、軽いパンチを浴びせた。

「任せろ……」

「あとな、クリスタル・ボーイのクリスタルが一キロ奪われた。で、お前さえ良ければ、次回からウチでボディーガードをやろうかと考えている。どうよ?」

「ヤクの売人のボディーガードか……」

「向こうもOKしたらな。だが、お前が嫌だってんなら――」

「やるよ。仕事選べる立場じゃない。まとまった額の金を手にして、カルメンと二人で一刻も早くここを出るんだ」

「マリアも頼むな」

「ああ……」

「じゃ、さっそくボーイに聞いてみる。いやー、商売人は忙しいぜ」





 活動報告を初めて書いてみました。よかったら読んでみてください。次回はまた二日後になるものと思います。


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