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悪徳無用

 食事中の方は見ない方がいいかと思われる描写が一ヵ所ありますが、避けて通れない部分でしたので、そのままにしました。注意してください。


「なんでであるか!」

「しようがねえだろ、オレ仕事だし」

「休むである! 休まなければいけないのである!」

「あのなあマリア、オレだって仕事なんかしたくねえよ。クリスタルでもやりながら、オナニーでもしてたい――」

「ジュドー!」

 カルメンが血相を変えて怒鳴りつける。

「ああ冗談冗談。とにかくだ――」

「くりすたる? おなにい? ジュドー、なんであるかそれは?」

「それはだな――」

「答えなくていい」

 アイザックがボソッとさえぎる。

「とにかくだ、今日は三人で行ってこい。オレは無理だ。仕事がある」

「ううう……絶対にダメである!」


 一昨日、傷だらけで帰ったアイザックを見て、マリアは慌てふためき、夜中だというのに街中へ飛び出して医者を叩き起こして連れ出し、大騒ぎになった。

 で、その時にアイザックと約束したのだ。傷が治り動けるようになったら、みんなで遊びに行こう、と。

 もともと大したケガではなかったようで(もっとも医者のロドリゲスは、チート級の肉体だとアイザックを評していたが)、翌日には動けるようになった。

 ところが当日、ジュドーは不参加の意思を表明したのだ。

「昨日はアイザックがケガしてたろ。だからオレも仕事に行けなかったワケだ。アイザックに何かあったら困るからな。でも動けるようになったら、話は別だ。昨日の分も仕事しないといかんしな。三人で遊びに行ってこい」

 だが――

 納得いかないマリアは、またしても駄々をこね始めたのだ。


「うがあ! 勝負である! ジュドー、マリアと闘うである!マリアを倒してから仕事に行くである!」

「……」

 ジュドーは頭を掻き、大げさにため息をついた。

「マリア、そんなん言ってると遊ぶ時間がなくなる。いいのか?」

「う! ううう……」

 マリアの表情が曇る。

「ここでオレと言い合ってると、遊ぶ時間がなくなるぞ。それよりも三人で遊びに行った方がいいだろ」

「ううう……そうであるな……」

「それによう、アイザックとカルメンを見ろ。お前がわがまま言うから困ってるぞ。ジュドーはいなくていいから、さっさと遊びに行きたいのに、って顔してるだろうが」

「ちょ、ちょっと!」

 カルメンが抗議の声をあげるが――

「わかったである……。今日は三人で遊びに行くである……」

 マリアは淋しそうな顔で言った。

「じゃあ、今日は三人で楽しんでこい。オレは仕事だよ。ったく、商売人は本当に大変だ」


「あ、あの……」

「……なんだ?」

「べ、ベリーニさんでしたっけ?なぜここに?」

「……ジュドーに頼まれたんだ。お前らに付いていろってな」

「はあ……」

 カルメンは、いきなりのベリーニの訪問に困惑していた。


 ジュドーがマリアを説き伏せ、出発したのと入れ替わりに来たのがベリーニである。

 一応、アイザックとカルメンそしてベリーニの三人は面識があったが、ふだん会っているのが殺人現場という非日常の空間であるだけに、日常空間の極みとも言える自宅で会うのは、妙に気恥ずかしく、初めのうちはぎこちなかった。

 しかし――

「ベリーニ? では、べりりんである!」

「あ、ああ……」

「では、みんなで出発である! お弁当も水筒もお菓子も持ったである!」

 はしゃいでいるマリアを横目に、ベリーニはアイザックをつつき、そっと耳打ちする。

「お、おい……この娘はなんだ?」

「……気にするな」

「よし、行くである!」


「うおおお! 花である! めんちん、花である!」

「そうね。綺麗ね」

「めんちん、こんな生き物を捕獲したである!」

「それは蛇! 捨てなさい!」

「へび……へびは変態動物であるか?」

「ちがーう! そんなことどうでもいい! 早く捨てなさい!」


 四人は街外れの草原で、布を敷いて座っていた。マリアは大はしゃぎで、草原を駆け回り、カルメンがそれを追っている。

 その様子をアイザックとベリーニが眺めていた。ベリーニは戸惑いながらも、どこか暖かいものを感じていた。

「あんた、目が見えないんだよな」

 ベリーニは横を向き、アイザックに話しかける。

「見えない。見えないが、音は聞こえる。すごく楽しそうな音だ。匂いもする。草の匂い、木の匂い、土の匂い」

「そうか……そうだよな。あんだけ殺しているんだもんな。他の感覚が優れてなきゃ、できないよな」

「……ああ」

「ところで、前々からあんたらに聞きたいと思っていたんだか、ジュドーって普段はどんな奴だ?」

「あんな奴だ」

「いや、そうじゃなくて……あんたはジュドーの部下っていうか……身内みたいなもんだし、言えないこともあるだろう。それはわかる。言える範囲でいいから教えてくれ」

「それを聞いてなんになるんだ?」

 アイザックは、ベリーニの方に顔を向ける。何かプレッシャーのようなものを感じ、ベリーニは思わず顔を逸らした。すると、

「オレは……両目をえぐりとられ、この街に放り出された」

 静かな口調で語り始めるアイザック。ベリーニはその迫力に呑まれ、黙ったまま聞いていた。

「物凄く怖かった。周りからは、嘲笑と侮蔑の声しか聞こえなかった。みんながオレを、面白半分で殴ったり蹴ったりした。相手が飽きるまで耐えるしかなかった。食い物といえば、誰かに恵んでもらうしかなかった。ヤギの吐いた物も喰った。うんこのかかった物を喰わされたこともあった。オレは真剣に呪ったよ。自分の運命を、全ての人を、そして神って奴を」

 アイザックはここで言葉を止めた。

「たぶん、その時のあんたを、オレは通りで見たことがあると思う。あんたはひどい有り様だった」

 ベリーニは遠くではしゃいでいる二人を見ながら、誰にともなく呟く。

「たぶん、ジュドーに拾われなかったら……オレは今ごろ野垂れ死にしていただろうな」

 アイザックは、また語り始めた。

「あいつは、ジュドーはオレに言った。お前は最低野郎だと」

「最低野郎?」

「最低最悪の街で、一番の最低野郎だと。あとは這い上がるしかないんだと。食い物をやるから、オレの言う通りにしろ、と言って、家に無理やり連れてこられた。そこでオレは――」

「あいぽん! 次はあいぽんの番である! マリアとレスリングで勝負するである!」

 アイザックの言葉は、マリアの乱入により中断された。その後ろから、フラフラになったカルメンが這って来る。

「ハア、ハア……あたし、もう駄目……アイザック替わって……」

「構わんが……お前何してたんだ?」

「その前に……水……」

 カルメンはダウンした。「ベリーニ、すまんがカルメンに水を。マリア、久しぶりに遊んでやる」

「しゃーっしゃっしゃっしゃっしゃ! 勝負である! いくである!」

 二人は草原でぶつかり合った。それを横目でみながら、ベリーニは水筒を手に取りふたを外す。そして口元に運ぼうとすると、

「ありがとう。あとは大丈夫」

 カルメンは両肘で器用に水筒をはさみ、ごくごくとおいしそうに飲んだ。

「あんたら、凄いな」

 カルメンの姿を見ながら、ベリーニがポツリと呟いた。

「ん? どうしたのよ、あんたらしくない」

「いやさ、あんたといい、アイザックといい、本当に凄いなって思う……こんな街で……その、なんていうか、不自由な体で……あんなに明るく元気でいられるなんてさ」

 言いながらベリーニはアイザックに目を向ける。アイザックとマリアは草原で取っ組み合いをしていた。だが、体格差がありすぎ、まるで大人と子供だ。

「なんかオレ、自己嫌悪ってヤツを感じるよ。四十過ぎて、頭もハゲて、腹も出てきてさ、嫁も子供もいない。オレ今まで何やってたんだろうって。今日あんたら見て、つくづくそう思ったよ」

「でも、生きてる。この街で生きていられるって、それだけで凄いことだよ。そう思わない?」

 カルメンはベリーニを見上げる。彼女の瞳は、自信と優しさに満ちており、ベリーニは眩しさを感じた。カルメンを初めて、美しいと感じた。

「そうだ! あんたもマリアと遊んでよ。マリアー、今度はベリーニと遊びなさい!」

 突然、カルメンがマリアを呼んだ。だが、マリアには聞こえていない。マリアはアイザックと取っ組み合っているのだ。

 さすがに、百十キロあるアイザックのパワーの前では、マリアもかなわなかった。ごろん、と草原に転がされる。だが、すぐに立ち上がって、腕をぐるぐると振り回した。

「うがあ! まだである! まだまだ、である!」

「マリア、今度はベリーニが相手だ」

 アイザックは敷き布まで行くと、ベリーニの腕をつかみ、引きずり出した。

「お、おい……オレはだな――」

「マリア、ベリーニはおまわりさんなのよ。鍛えてあげて」

「おお! べりりんはおまわりさんであるか! 凄いである!勝負である!」

 言うが早いか、マリアの両足タックルがベリーニを襲う。ベリーニは一瞬にして組みつかれた。

「べりりん、倒すである! さあ、こらえるである! べりりん、これがテイクダウン……べりりん、どうしたのであるか?」

 ベリーニは仰向けに倒れたまま、空を見た。

 いろいろ思い出す。

 若かりし頃、警官の制服を着た時の熱い思いを。

 ここに配置された時の敗北感と絶望感を。

 悪徳警官として賄賂を受け取った時の虚しさを。

 そして、あの傷だらけの少女の一言を。

(おまわりさん、ありがとう……)

 さらに、今のマリアの言葉を。

(おまわりさんであるか! 凄いである!)

「べりりん!? どうしたのである? 痛かったのであるか?」

 マリアはベリーニから体を離し、心配そうに顔を見つめる。

「大丈夫だよ、マリアちゃん。大丈夫だよ」

 そう言いながら、立ち上がったベリーニの瞳は濡れていた。

「そうであるか……ん、何か悲しいことでもあったのであるか?」

「いや、本当に大丈夫。おまわりさんが泣いちゃいけないよな」

「ジュドーが言ってたである。たまには泣くことも必要だと言ってたである」

「そうか……なあマリアちゃん、オレ、正義の味方に見えるかな?」

「ううう……見えないである」

「そりゃそうだ」

 ベリーニは笑った。

「でも、べりりんはおまわりさんである。おまわりさんだから、今日ついてきてくれて、あいぽんとめんちんを悪い奴らから守ってくれたである。これからも守って欲しいである」

「……わかった。おまわりさんとして、命に替えても守る」


 そんな二人を、アイザックとカルメンは微笑みながら見ていた。

「なあ、マリアってどんな顔してる?」

「それは、あんたの目が見えるようになってからの、お楽しみね」

「オレはまず、お前の顔が見たい。その次にマリアの顔が見たい。ジュドーの顔は……どうでもいい」

「見ない方がいいかも」

 二人は笑った。

 こんな時間が、いつまでも続いて欲しかった。

 そして草原では、マリアの声が響き渡る。

「べりりん! へびを捕獲したである!」

「……マリアちゃん、もうちょっと女の子らしくしようか……」


 ・・・


 その頃、ジュドーはタイガーと会っていた。

「タイガーさん、ちゃんと仕留めましたよ」

「報告は聞いている。早いな、お前は」

「早いのは嫌いですか? オレ早いんですよ。あ、でもタイガーさんに早いって叱られるのも、それはそれで――」

「黙れ」

 タイガーの声と同時に、死神が一歩前に出る。

「はい黙ります」

 タイガーは後ろを向き、机の上に置いてあるカバンから札束を取り出し、丁寧に数え始める。

 しかし、その時……ジュドーはタイガーの豊満な腰から尻のあたりを見て、バカ丸出しの顔でニヤニヤしていた。そして無表情で、ジュドーのバカ面を見ている死神。

「お前、凄いな」

 ふだん無口な死神が、珍しく言葉を発した。

「お前もな、血ばっかり吸ってないで肉でも喰え。肉はいいぜ――」

「ほら、残りの五十万だ。また頼むぞ」

 タイガーは封筒に入れた五十万ギルダンを差し出しす。ジュドーは封筒を受け取ると同時に、よろけたふりをして右手を巨大な乳房に伸ばし……だが、その右手はタイガーにつかまれ、捻りあげられた。

「いててて!」

「貴様……いい加減にしろ……」

 タイガーは腕を離すと同時に、思い切り突き飛ばした。ジュドーは本当によろけて、扉にぶつかる。

「さっさと帰れ」「……減るもんじゃあるまいに……あ、そうそう、ちょっと聞きたいんですが、タイガーさんの部下のなかで、オレがモレノを始末することを知ってたのは誰です? 」

「……私と死神、それにギャリソン、他に二、三人だが、それがどうした」

「……いえ、どうもしません。じゃ、また」

「待て」

「いや、今から仕事なんで――」

「待てと言ってる」

 タイガーはジュドーの腕をつかんだ。

「なぜ、そんなことを聞いた? 理由を言え」

「いや、ただの好奇心ですが」

 タイガーは、ジュドーの瞳をじっと見つめた。

「本当にそれだけか」

「……すみませんが、忙しいので失礼します」

 ジュドーは腕をするりとはずし、扉を開けて出ていった。


 ジュドーは外に出ると、携帯電話を取り出し、かけ始めた。

「……あー、ボーイか。仕事が片付いたから電話したんだが……わかった。明日な。ただ、やるかやらねえかは……わかった。じゃ、明日な」

 ジュドーは電話を切り、その場でしばらく思案顔で立ち止まっていた。


 そして――

「イチ、どこだ!ジュドー様が来てやったぞ!」

 ジュドーはボロボロになった小学校の前にいた。立校門の前で、大声で叫ぶ。

 次の瞬間、携帯電話が鳴った。

「イチ、今日はどこに……屋上? ふざけやがって……今から行くからな」

 ジュドーは面倒くさそうな顔で、校舎内に入って行った。


 屋上に上がると、イチがいたが……なぜか全裸で寝転んでいる。それを見たジュドーは、無言でポケットの小銭を投げつける。

「おいおい、ごあいさつだなジュドー」

「服着ろバカ」

「うるさいな、自分の家で裸になってなにが悪い」

「あのなあ……ここは、もともと学舎だぞ。子供に教育を施す神聖にして犯さざるべき場所だぞ。学舎に対する敬意ってものがないのか。嘆かわしい」

 ジュドーは大げさに頭を振ってみせる。

「知らないよ。オレは学校って所が大嫌いだ」

「じゃあ学校に住むな」

「小学校は好きだ」

「……まあいいや。そんなことより――」

 ジュドーはイチの横に腰を降ろした。

「一昨日、ウチの人間がモレノって能力者を殺したんだよ」

「知ってる」

「で、妙なことを言ってたんだ。待ち伏せされてたってな」

「お前が方々でベラベラ喋って、それが伝わったんじゃないのか」

「んなワケねえだろうがよう」

「だろうな……一つ言えるのは、オレは聞いてないってことだ。しかし妙だな」

「なにが」

「ジュドー、お前がモレノを始末するなんて話、オレは知らなかった。あの競りの時の的か?」

「そうだよ」

 イチは表情を一変させ、ジュドーを見つめる。

「オレは、モレノが殺されてから気付いたんだ。お前の仕業だろうってな。ところがだ。そいつを事前に知ってるってのは、相当な情報網か……タイガーの身内に裏切り者がいるかだ」

 言い終えるとイチは立ち上がり、衣服を身に付け始めた。

「ジュドー、これはえらいことだぞ。情報が的に洩れてたとなると、タイガーの仕事も下手に受けられないってことになる。必然的にタイガーの株も下がるってことだ。タイガーには言ったのか?」

「言ってない」

「……なんで言わない」

「いや、その……惚れた女にさ、心配させるようなことは言えないじゃん」

「あのな……オレも一応は探りを入れてみる。でないと、タイガーの仕事を受けられないからな。まず、女たちにそれとなく聞いてみる」

「うう、なんかムカつく。モテ自慢ですか?」

「顔がいいのは生まれつきだ」

「……いつか殺す」




 そして、学校を後にしたジュドーは……。


「……本当か」

「ああ、アイザックがオレに嘘つくとは思えない」

「……事前に知っていたのは、他に誰がいる?」

「クリスタル・ボーイは、オレがモレノを探してることを知っていた。しかし、奴は違うだろ。そもそも、奴が居場所を教えたんだしな」


 ジュドーはアンドレの店で、テツと会っていた。エメラルド・シティは夜十時を過ぎると出歩けないが、アンドレの店、及びその近辺は何とか出歩ける。タイガーは力のみで住民に言うことを聞かせるのではなく、住民の不安や心配事の相談相手も務めるなどしたり、自らの配下に通りを見張らせたりして、つまらないことが起きるのを防いでいた。結果、シン地区のタイガーのシマは非常に住みやすいものになっているのだ。


「はいよテツさん。あとジュドー」

「ケイさん最近どうなの?相変わらず男に逃げられてんの?」

 ジュドーは運ばれてきたトマトジュースを飲みながら、ウェイトレスのケイをからかう。

「ほっといてよ。だいたいね、バーでトマトジュース飲む奴に言われたくないわよ」

 ケイは機嫌が悪そうな様子で戻って行く。

「また逃げられたな、あれは。それにしても、今日は空いてるな」

 テツが周りを見回しながら言った。確かに店内には、ジュドーとテツを除くと二人しかいない。

「テツ、あんたは何か聞いてねえか?」

「いや、聞いてねえよ。そういやゴメスの奴がお前にかなりご立腹だったみたいだがな」

「ゴメスか……」

 ジュドーは考え込む表情になった。

「奴がそこまでの情報網を持ってるかな……それ以前に、あいつ嫌われ者だし。バカではないと思うんだがよ、どうもやり方がな……アメとムチっていうが、奴はムチの比率が高すぎるんだよな」

 ジュドーはそう言うと、トマトジュースを一気に飲み干した。

「この件では、イチも動いてる。あんたも一応は注意してくれ。オレは明日、クリスタル・ボーイと会うことになってるから、奴にも聞いてみる」

「クリスタル・ボーイか……そういや噂は聞くがツラは見たことねえな。どんな奴だよ?」

「売人の中じゃ変わり者だが、えらく安くて、しかも質のいいクリスタルを売ってる。半年くらい前から商売してるみたいだが、奴のせいで商売替えした売人がいるらしい。じゃ、オレはそろそろ失礼――」

「待てよー」

 テツは立ち上がりかけたジュドーの腕をつかみ、座らせた。

「付き合い悪いなー。もうちょっといてもいいだろうが」

「テツ、もう十時だぜ。帰らないとウチの奴ら、何しでかすかわからん」 ジュドーはテツの肩をぽんぽん叩く。

「テツ、なんだったら今度はウチに飲みに来いよ。オレは酒飲まないし、アイザックやカルメンは、ウチに来てから一滴も飲んでないだろうし――」

「ちょっとー、アンタたちホントに仲良しねえ。妬けてきちゃう」

 突然アンドレが巨体を揺らして現れ、ジュドーの隣に座った。

「テツ、良かったな。アンドレが付き合ってくれるみたいだぜ。じゃあ、そういうことで――」

 ジュドーは立ち上がりかけたが、今度はアンドレに肩をつかまれ、力ずくで座らせられる。横のテツは渋い顔になり、あえてアンドレを見ないように顔をそむけていた。

「待ちなさいよアンタ。たまには売り上げに協力してくれてもいいじゃない」

「い、いや、テツが協力するから」

「冗談じゃないわよ。テツさんはいっつもツケなんだから。もうそろそろで二十万になるのよ。アンタ払ってくれんの?」

 アンドレは、ジュドーに巨大な顔を近づける。

「いや、それはちょっと……」

「だったら、少しは協力しなさいよ。ところでアンタさあ、タイガー姐さんのケツ触ろうとして、ひっぱたかれたってホント?」

「ああ本当だよ。あん時は痛かったなあ」

 その時の痛みが甦り、ジュドーは左頬をさする。

「アンタ凄いわ。タイガー姐さんのケツ触る男なんて、アンタぐらいよ」

 アンドレは本気で感心しているようだった。

「いや触ってないから。触ろうとして、ひっぱたかれただけだし」

 そう言いながら、ジュドーは椅子を少しずらし、アンドレとの距離を広げにかかる。

「んなことどっちでもいいの! 大切なのは触ろうとした意思。アンタ勇者よ」

「な、何を言ってんのか、よく――」

「そいつは女の趣味が悪いだけだ。デブ専なんだよジュドーは」

 テツが口をはさむ。

「ちょっと待て。テツ、オレはデブ専じゃねえ。ガチムチ専だ」

「一緒じゃねえか」

 テツはコップの中身を飲み干し、吐き捨てるように言った。

「一緒じゃねえ。テツともあろう者が、わかってないなマニア道を。デブ専とガチムチ専は似て非なるものなんだよ」

「アタシはどっちよ?」

 アンドレが口を挟み、そしてジュドーに密着する。

「え、あ、いや……それはだな――」

「ジュドー、そこの大巨人をオレの視界から消せ! 酒がまずくなる。ケイ、もう一杯よこせ!」

「誰が大巨人よ! ツケ払えば消えてやるわよ!」

「んなツケくらい、なんだってんだ。ケツの穴がちいせえな」

「見たいの?」

「お前のだけは絶対に見たくねえ! ケツ出したら殺すぞ!」

 いつの間にか、テツとアンドレの言い合いになっている。この隙に、ジュドーは逃走を試みたが――

「待ちなさいよ! 何アンタ逃げようとしてんの! まったく油断も隙もありゃしない」 アンドレに腕を捕まれ……と、突然真顔になり、耳元に口を近づけてくる。

「実はさ、アンタに頼みたいことがあるの」





 二、三日後に更新すると思います。暇な方は、次回も付き合ってください。

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