弾丸無用
ちょいと毛色の違うバトルが勃発します。
「いやである! 絶対に行くである!」
「マリアー、ダメだって言ってるだろう」
「絶対に行くである! 一人仲間はずれである!これはイジメである!」
「どこで覚えたんだよ、んなセリフ」
ジュドーは天パ頭をかきながら、どうしたものかと考えていた。
「マリアだけお留守番である! 嫌である! 理不尽である!」
マリアの決意は固いようだ。
昨日、ジュドーはモレノに関する情報を調べた。その結果わかったのは、モレノは念動力の使い手ということだった。触れずに物を動かしたり飛ばしたりできるらしい。
それなら、さほどの脅威ではないだろう、ということで、さっそく仕留めに行くこととなった。
しかし、ここに来て問題が浮上した。マリアが一緒に行くと言ってきかないのだ。
殺しを行う時は、マリアを家に残し、三人で出かけていく。もちろんマリアには適当に「子供の入れない場所の仕事だ」とか「機械をいじる仕事だ」などと言って、上手くごまかしていた、つもりだった。
だが、マリアも何かに気づいたようなのだ。
もともとマリアはバカではあるが、人の気持ちに妙に敏感だったり、空気を読みすぎたりするところがある。殺しの前、独特の心理状態にある三人(特にアイザックとカルメン)を見て、不安になったのかもしれない。
今日に限って、やけに強情だった。
「行くのである! 絶対絶対に行くのである!」
「マリア! いい加減にしなさい!」
しびれを切らしたカルメンが怒鳴りつける。
いつもなら、ここで引き下がるはずだった。
だが、今日のマリアは引かなかった。
「連れてくである! 連れてくである!」
「あんたって娘は! あたしの言うことが聞けないの! いい加減にしないと怒るわよ!」
「うがあ! マリアも怒るである!」
「あ、あんたって娘は……人の気も知らないで……うっ、うっ」
「め、めんちん……」
カルメンは本当に泣き出していた。
殺しは、やる方の心にも極めて高いストレスを生じさせる行為である。
まして、カルメンには両手両足がない。カルメンの感じている恐怖は、常人にははかりしれない。
そんな恐怖感との闘いの最中、マリアの絶え間なく聞こえる無理な要求を聞いていたら、感情のコントロールがきかなくなってしまったのだ。
「ごめんなさいである……わかったである……お留守番である」
マリアは淋しそうな顔をして、リビングのソファーに座った。
「おとなしくしてろよ。ほら行くぞ」
ジュドーはアイザックの腕を引いた。
カルメンのすすり泣きは止まらなかった。
「トラビス、ケン地区の立体駐車場だ。頼む」
ジュドーはタクシーに乗り込み、アイザックの手を引いた。
カルメンは、まだすすり泣いている。
「カルメン、いい加減に落ち着いてくれ。お前の目が涙で曇ると、死人が二人でるんだぞ」
低い声でジュドーがたしなめる。
「うん、ごめん」
「……さっさと終わらせて、明日は四人で遊びに行くか」
アイザックが珍しく優しい言葉をかける。
「ア、アイザック……。ジュドー、いいかな……やっぱり駄目?」
カルメンが恐る恐る尋ねる。
「その答えは仕事を無事に終えてからだ」
・・・
モレノは退屈だった。
エメラルド・シティに来て、初めて自由を知った。自由を感じた。だが、自由に慣れてしまうと、今度は退屈になり、さらにはそれが苦痛になり……。
そんな時、仲良くなったチンピラの一人にクリスタルを勧められた。
モレノはクリスタルに溺れた。初めは砕いて鼻から吸うだけだったが、やがて注射器を使うようになった。
あとはお決まりのパターンである。モレノはクリスタルのもたらす快感を堪能し、クリスタルのもたらす苦痛に喘いだ。モレノは自分の退屈な時間のためにクリスタルを使うのではなく、クリスタルのために自分の全ての時間を使うようになっていた。
そして金がなくなった時チンピラの一人が言った。誰かからもらえばいいじゃん、と。
モレノは娼婦に目をつけた。娼婦なら、金をためこんでいるだろうと。娼婦なら、殺されても、誰も報復しないだろうと。万が一、自分だとバレても、能力者に手は出さないだろうと。
クリスタルを打つ。
快感に身悶えする。
効き目がなくなり、精神的、肉体的な苦痛を強く感じる。
そのイラつきを、娼婦を殺すことで解消し、金を奪い、そしてまたクリスタルを買う。
これがモレノの生活サイクルだった。
・・・
「ここだぜ。降りな」
トラビスがタクシーを止める。
ジュドーはタクシーを降り、駐車場を見上げる。
三階立ての巨大な駐車場の中には、誰の物かもわからないボロボロの車が、何台か止まっていた。
「トラビス、あとで呼び出すから、ここに来てくれ。頼んだぜ」
ジュドーはトラビスに金を渡す。
「まかせな。なんたってオレは二十年間無敗のタクシードライバーだからよ」
「何に無敗なんだよ」
ジュドーの呟きを聞く前に、トラビスは走り去ってしまった。
「さて、うまくやってくれよ……」
ジュドーは物陰に隠れ、誰も近づいてこないことを確認すると、そのまま見張りの役目につく。
駐車場内に侵入したアイザックは、手探りで移動していた。
「アイザック、まっすぐ行って……止まって。あたしが見てみる」
カルメンはアイザックの背中のリュックから首を伸ばし、あたりを見回す。
アイザックはほふく前進の体勢で止まっている。
「誰もいないわ……」
「いや、気配は感じる」
「どういうこと……」
その時、右の方で何かが動いた。
カルメンは頭を下げ、アイザックの体をつついて合図する。
(アイザック、右の方で何か動いた)
アイザックはうなずき、つつき返す。
(近づいてみる)
(OK)
アイザックはそろりそろりと、車の影に隠れながら移動する。
不意に何かを感じた。
アイザックは動きを止めて、左頬を地面に密着させる。
同時に右耳にも神経を集中させる。
左頬から、地面の微妙な振動を感じる。明らかに人の動く振動だ。また右耳は、かすかな声を拾った。
「ほん……いる……きた……ど……」
(カルメン、妙だ)
(何が?)
(待ち伏せかもしれん)
(本当?)
(試してみる)
アイザックは、手近にあった石のようななにかを拾い、放り投げた。
壁にぶつかり、音が響き渡る。
その瞬間――
「いたぞー!」
「ブッ殺せ!」
音のした所に、銃弾が何発も打ち込まれる。
響き渡る銃声……火花……たちこめる煙。
静けさが支配していた駐車場は、一瞬にして戦場と化す。
だがアイザックとカルメンは、ずっと伏せて気配を消していた。
「やったか?」
「わかんねえ!」
「行ってみようぜ!」
男たちの声が響き渡り、ドタドタという足音が聞こえてきた。足音はアイザックとカルメンを通り過ぎていく。
「おい、誰もいないぞ」
「んなワケねえだろ。確かに音したんだぜ」
「ネズミかなんかじゃねえの?」
アイザックは、ほふく前進で近づいて行った。カルメンは小声でささやく。
「相手は四人。全員十代後半から二十代前半。全員百七十センチ前後。全員密集隊形。距離は約六メートル先の二時の方向」
「わかった。皆殺しだ」
アイザックは深く息を吸い込み――
立ち上がると同時に、両手の拳銃を乱射した。
悲鳴を上げながら、次々と倒れる男たち……。
アイザックとカルメンは転がっている四人を調べていた。
一人、まだ息がある。
「おい、モレノはどこだ?言えば助けてやる」
アイザックは男の額に銃口を押し当てた。
「言うよ……モレノは……上だ……上でクリスタルやってる……」
「アイザック……もう、いないんじゃないの……銃声を聞いて、逃げたんじゃ……」
カルメンがおずおずと尋ねる。
「いるにしろ、いないにしろ、確かめてみないと話にならん」
アイザックは立ち上がった。だがその瞬間、アイザックの体は車に跳ねられたかのような衝撃を受け――
さらに、見えない巨大な手で放り投げられたかのごとく、軽々と放り投げられる。
「ぐ……」
アイザックは腹から落ちたが、どうにか立ち上がると、拳銃を構える。
「おー、タフだねえ。さすがだよ」
男の声がする……と同時に、アイザックは声の方向に拳銃を乱射――
当たったはずだった……が、なにかおかしい。相手の息づかいがまだ聞こえているのだ。
「アイザック……た、弾丸が止まってる……」
カルメンのうわずった声が聞こえた。
「残念でした!」
モレノの勝ち誇った声。そして――
「!!」
アイザックは危険なものを感じ、右方向に飛び退き側転した。
次の瞬間――
何か巨大な物がぶつかる音。そして何かが砕ける音……。
「おいおい、なんてヤツだよ。本当にめくらか、あんた?」
アイザックはその言葉に構わず、後ろを向いて逃げ出した。
車にぶつかる。だが、パッと身を伏せて車の影に隠れた。ほふく前進で距離を広げる。
カルメンの小刻みな震えが伝わってきた。
「カルメンしっかりしろ!お前だけが頼りだ!」
アイザックは動きを止めて、カルメンに小声で語りかける。
カルメンは震えながらも合図で返してきた。
(ごめん。わかった)
(反撃するぞ)
「おいおい、オレを殺しにきたんでしょ?かくれんぼしにきたの?」
モレノは薄ら笑いを浮かべ、芝居がかった動きで歩き回る。
その時、背後からの銃声――
「うぐぅ!」
強烈な衝撃……モレノは前のめりになるが、どうにかこらえる。
アイザックは追い討ちをかけるべく、さらにトリガーを弾く。だが、激鉄はカチン、カチンと空しい音をたてるだけだ……。
そして次の瞬間、アイザックの肉体が硬直し、動かなくなる。指一本すら動かせない。
「いやー危なかった。これ着てなかったら本当にヤバかった。それにしても、弾丸切れとはツイてないな。顔を撃てば、あんたの勝ちだったのによ」
モレノは自身の防弾ベストを叩いた。左手は、手のひらを広げた状態でアイザックに向けている。
「でもよー、防弾ベスト着けてても、すげーいてえなー。マジいてえ」
言いながら、モレノはアイザックに近づく。
アイザックは動かない。いや、動けない。
「いてえだろうが!」
モレノは右手でアイザックを殴りつけた。
「いてえんだよ!」
さらに殴る。
「聞いてんのか!めくら野郎!」
さらに殴る。
「い、いてえ……てめえのせいで拳を痛めちまったじゃねえか!」
今度は蹴りを入れる。
そんなモレノの背後から近寄る者がいた。
(いいかカルメン、戦いの鍵を握るのはお前だ)
ジュドーの言葉を思い返す。
(お前らは、基本的には二人で一人だ。だがな、同時に二人であることも忘れるな。逆に、敵はお前らが二人とは認識しない。敵がお前らを見れば、まず間違いなくアイザックの方を敵と認識する。お前のことは、荷物程度にしか思わないだろう)
気配を消し、モレノの背後から音もなく近づくカルメン。
昔のジュドーとのやり取りを思い返す。
(手足のないあたしに、どう戦えっての!?)
(それは自分で考えろ。大事なのは戦う意志だ。戦う意思のない健常者と戦う意思のある障害者、勝つのはどっちだ)
戦うよ、ジュドー。
待ってて、アイザック。そいつを二人でブッ殺して早く帰ろうね。
さっきはごめんね、マリア。さっさと片付けて、明日はみんなで遊ぼう。
カルメンの全身に、戦う意思がみなぎっていった。恐怖を闘志が駆逐する。
生きるために、この戦いに勝つんだ。
勝って、みんなのところに帰るんだ。
帰って、明日はみんなで遊ぶんだ。
そして、いつか、もう一度手足を……。
「ったく、頑丈なヤツだぜ……。いい加減疲れた。飽きた。お前殺す」
モレノはかざした左手を上に挙げた。
アイザックの体が浮き上がる。
その時――
モレノの背後から、カルメンが飛びついた。一瞬のうちに肩のところにしがみつき、右耳にかみついた。
そして、一気に咬みちぎる。
「あ?あ、ギャー!いで!あ!いでえ!」
モレノは耳を押さえてうずくまる。
カルメンは口の中の肉片を、ペッと吐き出した。そして、四つん這いのままでモレノを睨みつけると、血まみれの口をゆがめて笑った。
「なによ、そのザマは! あんたはチカラがなけりゃ、なんにもできないんじゃない! 手足のない女にやられた気分はどう?」
「てめえ……」
モレノは血まみれの耳を押さえて立ち上がる。
「あんたさあ、女とヤる時もチカラを使うんでしょ? 女を動けなくしないとヤれないんでしょ? あたしみたいな女も、動けなくしないとヤれないんでしょ!? どうなの?!」
「ブッ殺す……チカラなしでブッ殺してやる!」
「やれるもんならやってみなよ! 来な! どうせヤれないくせに!」
カルメンは挑発的に笑ってみせた。
「上等だよ……」
モレノはズボンを脱ぎ始める。
「殺す前に――」
だが、言い終わることはできなかった。後ろから、アイザックの太い腕が喉に巻きつく。
抵抗する間もなく、モレノは一瞬の内に絞め落とされる。
傷だらけのアイザックは腕を離さず、なおも絞め続けた。
「ジュドー、任務完了だ……」
アイザックは仰向けの体勢でジュドーへの報告を終えると、携帯電話をポケットにしまった。
カルメンが寄り添う。
「アイザック、大丈夫?さんざん殴られたみたいだけど」
「どうにかな。しかし……奇跡だ」
「何が?」
「待ち伏せされてた。その上、奴のチカラなら、オレたちを一瞬で始末することもできた。勝てる可能性は五%もなかったはずだ」
「でも、あたしたちは生きてる。それでいいじゃないの」
カルメンはアイザックの上に乗り、分厚い胸に顔を埋めた。
「生きてるんだね、あたしたち……また、生き残れたね……」
「ああ」
「怖かった……勝てないんじゃないかって……今度は死ぬんじゃないかって」
「……死ぬ時は一緒だ、カルメン」
ジュドーら三人は今、駐車場の前でタクシーを待っていた。
「んだと、待ち伏せ?」
ジュドーは驚きの表情を浮かべた。
「ああ、間違いない。しかも、あいつのチカラは凄かった。弾丸を止めたんだろう、カルメン?」
「そうよ。映画の特殊効果みたいに、あいつの目の前で止まったのよ」
「恐ろしい奴だなー。しかし、よくもまあ生きて帰ってきたもんだ」
「あいつはバカの上にお調子者だったのさ。慎重になれば九九%オレたちの負けだった」
アイザックは言葉を止めて脇腹をさする。
「……。なのに、あいつはさんざん無駄な動きをしたあげくに自滅した。ま、オレたちにとっちゃありがたい話だったがな」
アイザックは顔をしかめながら語った。
「ま、どんなに強くても、死んだ奴は負けだ。お前らも、それを忘れるな」
ジュドーは真剣な表情になる。
「いいか、勝ち目がないと思ったら逃げろ。逃げることは恥じゃねえ。どんな形でも、生き残れば逆転の可能性はある。忘れるな」
・・・
その数時間前。
テツは、ゴメスの事務所にいた。
とはいっても、ジュドーたちの時とは違い、椅子とテーブルが用意され、コーヒーが出され、わずかながら客をもてなす意思を感じさせた。
もっとも、もてなしているのが、見事なひげの悪人面であるトレホなだけに、今ひとつ効果は薄いように見える。
テツはじっとしているのに耐えられなくなり、鼻くそをほじった。ついで、耳あかをほじくった。さらには、足の裏をぼりぼり掻き始めた。
トレホの顔がひきつる。だが、無理して作り笑いを浮かべていた。無理して作り笑いを浮かべるトレホの顔はさらに怖い。子供が見たら、間違いなく泣き出すだろう。いや、気の弱いおっさんが見ても泣き出すレベルの怖さだ。
「待たせたなテツさん」
ゴメスが両脇に小山のような体格の男二人を従えて入ってきた。もっとも、片方の大男の顔には包帯が巻かれているが。
「あんたがゴメスさん?あんた、最近えらく評判悪いよ」
テツは足の裏を掻きながら、ゴメスの顔を見もしないで返した。
トレホの顔がさらにひきつる。
「手厳しいな、テツさん。ま、こんな商売やってりゃ敵も多くなる。言わせとけばいいんだよ。ところでだ……」
ゴメスはテツの正面に座った。
「もしもの話、オレとジュドーがモメたら、あんたはどっちの味方をする?」
「知らねえよ。時と場合によるが、たぶんどっちの味方もしねえよ」
「そうか。それ聞いて安心したよ。いや、ジュドーの奴、最近えらく態度が悪くてな。そう思わねえか?なあ?」
「思わねえ。つーか、あいつの態度の悪さは今に始まったことじゃねえ。今さら言ってもなあ」
「そうか。まあ、テツさんもよく考えてくれ。ジュドーは大きな組織を仕切る器じゃねえ」
「器以前によ、あいつは組織ってのがあんまり向いてねえな。テキトーだし」
「そうだろう? だがな、あいつはオレに楯突くんだよ。わかってないんだ、組織ってものが。しかも、このエメラルド・シティに必要なのは強大な組織――」
「知らねえよ。あんたがジュドーとモメるのはあんたの勝手だ。話ってのはそれだけか? だったらオレは帰る。そんなもん、オレには関係ねえよ」
テツは立ち上がり、扉に向かって歩く。
だが二人の大男が、扉の前で行く手をさえぎる。
「あと、あんた昔、刃物を使う殺し屋と組んでたな。そいつはどうしてる?」
ゴメスが尋ねる。
「そいつはな、オレの切り札だ。オレに何かあった場合、そいつがオレの仇を討つ手筈になってる」
テツは言葉を止め、テーブルの上のコーヒーを一気飲みした。
「逆にそいつに何かあった場合、オレが仇を討つ手筈にもなってるがな」
「そいつは誰だ?」
「それを言ったら、切り札にならんだろう」
テツは包帯を巻いた大男に笑いかけ、いきなり握手を求めた。
大男は一瞬面食らったものの、それに応じた。だが、みるみるうちに表情が変わる。どうにか、握手した手を外そうとする。しまいには全身を震わせ、空いている手でテツを殴りつけさえする。
もう一人の大男は、何が起きているのか理解できない様子で、ポカンとしていた。
ようやくテツは手を離したが、大男の手は握り潰され、見るも無惨な形になっていた。
「じゃあな、ゴメスさん。今度は金になる話を頼む。それから、そこのヒゲ。お前は顔が怖すぎる」
テツは去って行った。
ご意見などあれば、暇な時にどうぞ。まだしばらく続くと思いますので。