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 いろんな奴が出てきますが、みんなイカれてます。

 エメラルド・シティには店が少ない。強力な後ろ盾がないと、商売にならないのだ。店など出したが最後、あっという間に強盗と悪徳警官の餌食である。

 そんなエメラルド・シティにおいて、ブラジャーからミサイルまで(小型ではあるが)なんでも揃うゴドーの店は、非常にありがたいものだった。

 だが、なんでも揃うゴドーの店の倉庫は、実は地下にある。しかも、下手な人間を雇って泥棒の手引きなどされては困るため、品物の整理などは、基本的にゴドーとその忠実な部下であるバーニー、そしてバーニーの彼女のクリスが行っている。しかし、人手がたりない時もあり、そんな時はジュドーの出番だった。


 そのジュドーは、倉庫の中で居眠りをしていた。

 午前六時に寝て昼間に起きる、というサイクルのジュドーにとって、朝の八時に倉庫作業というのは、正直言って面倒だった。

「おいジュドー! 金払ってんだから、もうちょっと真面目にやれ!」

 ゴドーが怒鳴る。五十代の後半であり、でっぷりと太った体ではあるが、エネルギッシュに動き回る姿、そしてやたらと威圧感のある顔を見ると、たいがいの人は圧倒されてしまう。

 だが、そんなものはジュドーには通じなかった。

「ゴドー、すまんが今日は無理だ。金返すからまた今度な」

「バカ野郎! 今日はな、対戦車ライフル十挺と期限切れのレーション千個が届くんだ! いらない物をどかさないと――」

「知るか、そんなもん」

「この野郎……」

「なあゴドー、前から思ってたんだが、いっそウチの庭にあんた専用の倉庫作ったらどうだ? で、オレが管理する。あんたはオレに管理費を払う。いちいちこんなことするより簡単だろうが? もちろん、品物の安全は保証する」

「なるほど、レンタル倉庫ってワケか……」

 ゴドーは思案顔になる。

「ま、考えとこう」


 四時三十分。

 ジュドーは今、Z地区にいる。エメラルド・シティでも、もっとも危険な地域だ。

 まず、電気水道ガスといったライフラインが、すべてストップしている。また、建物は長い間風雨にさらされ、何の手入れもせずにほっぽらかしになっていたため、かなり危険な状態である。

 このあたりにも人は住んでいるはずなのだが、どんな生活をしているのか、ほとんどの人は知らない。

 だが、ジュドーは知っている。

 ここには人間と、そうでない者が、好むと好まざるとに関わらず共存していることを。

 そして、クリスタル・ボーイの住処もここだった。ジュドーは、あちこちに鉄板がくっつけられたキャンピングカーのそばに行き、ドアを叩く。

 ドアが開き、中から野球帽をかぶった若者が顔を出した。

「へいボーイ。とりあえず中に入れてくれ」

 そういって、ジュドーは相手の返事も聞かずに入り込む。


「さっきバーニーから電話あったぜ」

 ボーイはタバコを吸いながら言った。

「お前のおかげで商談成立だ。明日引き取りに行くことになったよ」

「そうか。ところでよう、ゴメスに伝言を頼まれてたから伝えるぜ。ウチのシマを荒らすな、だって」

 ジュドーは芝居がかった表情をしてみせる。

「ああ、わかった。今んとこゴメス敵に回しても、いいことないしな。で?」

「で、ってなんだよ」

「本題は違うだろ、ジュドー?」

「……モレノって奴を知ってるよな?能力者らしいんだが」

「知ってる」

「そいつのことを教えて欲しい――」

「そいつは無理だよ」

 ボーイは頭を振ってみせた。

「ジュドー、オレはドラッグ・ディーラーだぜ。客の情報をべらべら他人に喋ったら信用にかかわる。そいつはクリスタルをヤる。言えるのはそこまでだ」

「そうか……そりゃそうだよな。邪魔したな。あ、でもゴメスの野郎には気を付けろよ」

 そう言ってジュドーは立ち上がり、外に出たが――

「おい、ちょっと待て」

 ボーイが顔を出す。

「あのな、ケン地区の古いデカい駐車場。あそこには行くなよ。誰もいないからな。あとな、モレノって奴は評判悪いらしいぜ。クリスタルのやり過ぎで、仲間からも愛想つかされてるってオレのバアさんの孫が言ってたらしい」

「わかった。駐車場には行かない」

「ああ、そうしてくれ。あとな、今回かかえている件が片付いたら、電話くれ。頼みたいことがある」

「なるほどな……わかったよ。借りができたみたいだし、できることなら引き受ける」

「頼んだぜ」


 次にジュドーが向かったのは、シン地区にあるアンドレの店だった。

「あらいやだ、ジュドーじゃない。久しぶり。なんで来てくれないのよー」

 そう言って、アンドレはジュドーの背中を力強くはたいた。

 ジュドーの顔がゆがむ。

「アンドレ……殺す気かよ……」

「あんた、これくらいじゃ死なないでしょ」

「あんたは張り手で人殺せるじゃんか」

「失礼ね」

 アンドレは身長二メートル超、体重二百キロの巨人女装家である。そして、バー『ボディプレス』のママでもある。『ボディプレス』はタイガーのシマであり、酒だけでなく、望む者には女も用意する。

 そこの女が二人、モレノによって殺されていた。


「モレノね……初めっからヤバいと思ってたのよ、アイツは」

 アンドレは写真を見ながら、いかにも不快そうな顔つきで言う。

「アタシは、ほら、オカマでしょ。だから、いろんな人間見てきたワケ。そうすると、わかるようになるのよ、ヤバい男ってのが」

「へえ、凄いな」

「アンタ、バカにしてんでしょ?」

「してねえよう。それよりさ、コイツはどんな技使うんだよ?」

「アタシが知るワケないでしょ、そんなこと……とにかく、コイツには気を付けろって、女の子たちには言っておいたのに――」

「そうか、ありがとう。邪魔したな」

 そう言って立ち上がろうとすると――

 アンドレに肩をつかまれて、強引に座らされる。

「ちょっと何なのよアンタは。聞きたいことだけ聞いて、はいさよなら?! アンタ、ヤリたい時だけ優しくするタイプ?」

「いや違うし。それに、ここ三年くらい女としてねえしな」

「え、それホント?! ちょっと二階に来なさい。アタシがオカマの良さを教えてあげる!」

「えー……」

「アタシ、けっこう尽くすタイプよ。アンタの弱点だって、だいたいわかるし、それに――」

「はいはいまた今度」

 ジュドーはするりと身をかわし、出ていった。

「何なのよアンタ!んなことしてたら地獄に落ちるわよ!」

 アンドレの罵声を背中に浴びせられる。

「ま、間違いなく地獄行きだよ」

 ジュドーは誰にともなく呟いた。


 最後にジュドーが向かったのは、シン地区のはずれにある崩れかけたビルだった。崩れかけたビルの中には背の小さな小太りの男が立っている。

「ベリーニ、今度はコイツだ」

 ジュドーは写真を取り出し、ヒラヒラさせた。

「どれどれ……あーコイツか……コイツなら、殺しても大丈夫だろ」

 ベリーニは写真を眺めながら言った。

「ま、でも一応はあんたにも協力してもらうから」

 言いながら、ジュドーはベリーニの肩を叩く。


 ネバーランドの治安警察隊に配置されるのは、左遷以外の何物でもない。

 一日十件以上の殺人事件わかっているだけでがあり、犯罪者や能力者たちが毎日十人以上わかっているだけで逃げ込んで来る。さらには、暇を持て余した頭の悪い少年たちが、こっそり侵入してくることもある。

 こんな街に法と秩序の番人である警察など、何の意味ももたなかった。


 そのため、治安警察隊とは名ばかりで、実質的にはギャング組織と大して変わらない。エメラルド・シティに配置された警官は、賄賂をもらい、私腹を肥やし、何事もなく勤め上げることを目標にしていた。

 しかし、どこにでも例外はいる。


 いつからか、治安警察隊の中に妙な噂が広まっていった。

『逃げ込んだ能力者を七人以上仕留めれば、また大陸での勤務に戻れる』

 だが、能力者を七人以上というのは、並大抵のことではない。治安警察の看板があるとはいえ、下手をすれば反撃を喰らい、こちらがやられてしまう。

 それ以前にその噂の真偽も怪しく、そんなことのために命を賭けようという者はいなかった。そもそも、そんなことにトライできる情熱のある人間だったら、最初からここに飛ばされたりしないが。

 だが、ベリーニは別だった。


 そもそも、ベリーニもそんな噂にチャレンジする気はなかった。 たまたまシン地区の勤務になり、そしてたまたまジュドーたちの住処の近所をパトロールしていただけなのだ。他の警官と同じく、賄賂をもらい、見て見ぬ振りをした。そのまま、何事もなく勤め上げるはずだった。


 だが……それら全てが狂ってしまったのは、一年前のことだ。

 ある日、ベリーニは夜のパトロールをしていた。パトロールとは名ばかりで、ただ金になる話はないかとうろついていたのだが。

 狭い路地の方から、叫び声が聞こえる。

 ベリーニは、やれやれという表情でそちらに向かうと……いたのは、警察署長のイスクイだった。イスクイは、傷だらけの少女を犯そうとしていのだ。

 やって来たベリーニの姿を見てギョッとした表情になり、手を止める。だが、それが部下のベリーニであることを確認すると、すぐに安堵の表情を浮かべ、少女を押さえつけた。

「ベリーニ! 貴様、ちょっと見張っていろ!」

 イスクイに命令され、ベリーニは背中を向けた。

 その時――

「おまわりさん助けて! お願いだから助けて!」

 はあ?

 おまわり、さん?

 オレのことか……。

 おまわりさんって……子供じゃないんだから……。

 おまわりさん、って呼ばれるの、何年ぶりだろう……。

 そうだ……オレ、おまわりさんだったんだ……。


 ベリーニは振り返る。そしてイスクイを睨み、銃を抜いた。

「さっさとその娘から離れろ、クズ野郎!」

 イスクイの表情が、みるみるうちに変化する。

「ベリーニ……貴様……気でも狂ったか……」

「狂ってるのはお前だ!さっさと離れろ!」

 ベリーニの怒号。イスクイは凄まじい目で睨み続ける。しかし――

「離れろって言ってんのが聞こえないのか!」

 ベリーニはトリガーを弾き、イスクイの足元に一発ブッ放す。

「ク……」

 唇を噛みしめながら、少女から離れるイスクイ。

「お嬢ちゃん、気をつけて帰んな」

 ベリーニはイスクイから目を離さず、少女に声をかける。

「おまわりさん……ありがとう」

 傷だらけの少女は精一杯の感謝の気持ちを表し、走り去って行った。

「ベリーニ……貴様……」

 イスクイの声が響き渡った。

「貴様どうなるかわかっているのか……一生後悔させてやる……生まれてきたことすら後悔させてやる……貴様、私がここでどれだけ――」

「あんたは、おまわりさんじゃないな」

 ベリーニはトリガーを弾いた。


 イスクイ署長は行方不明で処理された。だが、ジュドーは真相を知っている。死体を始末したのはジュドーだったからだ。

 そして、ジュドーは取引を申し出た。口をつぐんでいる代わりに、能力者を始末した時はベリーニの手柄にしてくれ、と。

 ベリーニは驚いた。金銭の要求は覚悟していた。なのになぜ、そんな提案をするのか。ワケがわからなかった。

「まず死体処理の手間が省ける。次に、オレがやったとなると、あとあと面倒になるかもしれない。だが、治安警察が殺したとなると話は簡単に済む。あと、能力者たちが復讐を考えたとしても、狙われるのはあんた。メリット十分だ」


 結果、ベリーニは三人の能力者を射殺したことになっている。まずジュドーたちが能力者を始末し、ベリーニに連絡する。するとベリーニは指定された場所に行き、能力者の死体を確認する。そして、署長に報告する。

 私が射殺した、と。

「こうなったら、あんた七人殺ってくれよ。そうすれば噂が本当かどうか確かめられる。ま、本当だとしてもオレはごめんだけど」 同僚の警官はそう言って笑う。

 最近では、賭けが行われているらしい。自分が七人の能力者を始末できるか、その前に殉職するか。


 ベリーニは、正直どっちでも良かった。

「おまわりさん……ありがとう」

 あの一言が聞けただけで十分だった。


「じゃ、今回もまた頼むぜベリーニ」

 そう言って、今日もジュドーは去って行く。ベリーニにはジュドーという人間がわからない。チンケな小悪党に見えるが、同時にゴメスなどよりも恐ろしい男に思えることもある。

 しかし――

「どっちでもいいよ」

 ベリーニは呟いた。


「とりあえず、居場所はわかった。まだ確認はとれてないが、恐らく間違いないだろう」

 ジュドーとアイザックは地下室に入り、二人きりで話していた。マリアとカルメンは入浴中である。

「ま、もうちょっと情報収集が必要だな。あと十日以上あるし、もう少し調べないと――」

「ジュドー、居場所がわかっているなら十分だ。明日仕留める」

「おいアイザック! 何言ってんだ!」

 ジュドーは驚いて、アイザックの顔を見つめる。

「場所はわかってる、ツラもわかってる、それで十分だ。あとは乗り込んでいって、鉛玉をぶちこめば終わりだ」

「アイザック! あと一日待ってくれ……って、お前借金取りかよ!」

 ジュドーはアイザックの肩をつかんだ。

「いいか。気持ちはわかるが――」

「何がわかるんだ? 目が見えない気持ちを、どう理解する?」

 アイザックの口調は静かだったが、それが余計に、内に潜む怒りを感じさせられた。

「……」

 ジュドーは一瞬、下を向いた。が、次の瞬間、顔を上げて表情を一変させる。

「いいか、あと一日だけ待て。これは命令だ。嫌だと言うなら、オレは今回の仕事をキャンセルする」

「おい――」

「いいか、お前一人だけなら、何も言わずに送り出すよ。でもな、お前は一人じゃない。カルメンもいるんだ。お前の特攻に付き合わせて殺す気か?」

「……オレは我慢できねえんだ。一刻も早く、こんな状況から抜け出たい」

「だったら、なおさら慎重になれ」

「……」

 アイザックはジュドーに頭を下げた。

「すまん。ゴメスの事務所でのこととか、いろいろ考えていたら、やりきれなくなってきてな……」

「アイザック……なんつーか、その……」

「なんだよ」

「つまりだ。悩んだり、イラついたり、むしゃくしゃした時はオレに言え。オレで良ければ、いつでも相手になるぜ」

「……その言い方だと、誤解を招くな」

「なにがだよ。とにかく、オレは頼りないだろうけどな、お前の愚痴くらいなら聞いてやる」

「……わかった」

「おい、勘違いすんなよ? オレは商売人だ。社員のストレス軽減もオレの仕事だ。別にお前のことが好きなワケじゃないからな!」

「……気持ち悪い」

「うん。オレもやってて、そう思った。気をとりなおして、今のうちにエロDVDでも見ようぜ」

「見えないんだバカ野郎。目がないんだぞ」


 ・・・


 その頃。

 テツは、アンドレの店で飲んでいた。そこに音もなく近づく男が一人。

 男はゴステロだった。テツの隣に座り、にこやかに会釈する。

「わたくし、ゴステロでーす。テツさん、お初にお目にかかりまーす」

 体をくねらせながら、自己紹介した。

「ジュドーから噂は聞いている。しかし噂以上にくねってるな。で、オレに何の用だ」

「ジュドーの話だと、あなたは最高の仕事屋だとか。そーんなあなたを、ボスがお呼びでーす」

「アンタくねくねしすぎ。不気味よ」

 アンドレが顔をしかめながら言う。

「いや、あんたに言われたくないと思うが」

 テツはアンドレに突っ込み、そしてゴステロの顔を見る。感情のうかがえない、得体の知れない表情で、笑い返してきた。

「オレは構わねえ。明日だな……」





 次回、そんな先のことはわからない。というわけで、暇だったら、もうしばらくお付き合いください。

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