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競売無用

 午前二時。

 遠くで、銃声のような音が聞こえた。ジュドーは手を止めて耳に神経を集中させ、しばらくじっとしている。今のところ、何事もなさそうだった。


 ジュドーの仲間たちは皆、眠っている。起きているのはジュドーただ一人。とはいえ、これは仕方ないことなのだ。彼は皆が眠っている時は、起きていることを心がけている。

 実際、エメラルド・シティでは夜の十時を過ぎて外を出歩いていたら、殺されても文句を言えない。強盗目的のギャング、薬のきれたジャンキー、虫の居どころの悪い能力者などは、人を殺すのに何のためらいもない。さらに言うと、治安警察も、間違えたフリをして気に入らない相手を殺すことがよくある。

 家の中にいるとはいえ、万が一トチ狂った者に寝込みを襲われたらたまったものではない。そのため、ジュドーはあえて起きているのだ。ちなみに眠るのは、誰かが完全に起きたことを確認してからである。

 つまり、ジュドーは毎晩、見張り役になっているのであった。


 その夜もジュドーは起きていた。リビングのソファーに座り、テーブルの上にノートや写真、自身の携帯電話などを広げ、最近手に入れた様々な情報の整理や翌日からの仕事の段取りをしていた。

 だが、手を止める。

 誰かが近づいて来た。コツコツという独特の足音。誰であるか、考えるまでもなかった。

「ジュドー、ちょっといいかな?」

 カルメンだった。

「構わないが、何の用だ?抱いてくれとか言われても困るぜ。アイザックに殺されちまう」

「そんなこと絶対に言わない。あたし、天然パーマは好みじゃないの」

「そりゃー切ないな。それで、何の用だ?」

 カルメンはソファーによじ登り、ジュドーの隣に座った。そして、ジュドーの顔を見上げる。

「昨日は怖かった……マリアが、あいつらを殺しちゃうんじゃないかと思って……」

「マリアはキレたらああなるの。それに、殺したっていいじゃねえか、あんな野郎は」

「駄目よ。絶対に駄目」

 カルメンの表情には、悲壮感が漂っていた。

「あたし、未だに夢を見るの。嫌な、凄く嫌な夢を……でも目が覚めると、隣にマリアがいる。あの娘のおかげで、どれだけ救われたか……」

「……」

 ジュドーは何も言えず、視線をそらせた。

「マリアは天使みたいな娘よ。あたしの下の世話も、ニコニコしながらやってくれる。あんな娘の手を、血に染めちゃいけない」

「なあカルメン――」

「あたし、嫌な夢を見る。でも、男におもちゃにされる夢より、殺した相手が出てくる方が嫌……それに人殺しを続けていくと、自分が化け物になりそうで……ギャング以上の人でなしになりそうで……あたし、自分が怖い――」

「カルメン!」

 ジュドーは熱に浮かされたような表情で喋り続けるカルメンの肩をつかみ、ゆさぶった。

 カルメンはようやく黙りこむ。

「いいか、お前の気持ちは至極まっとうなものだ。マトモな世界だったら、な。でもな、ここではそんなこと言ってられねえぞ。ここはな、エメラルド・シティなんだ。ここには人なんかいない。いるのは人の皮をかぶった最低のクズと本物の人外だ」

「……」

「汚い場所にいたら、一人だけ汚れずにいるなんて不可能な話だろ?」

「そうね……でも、マリアには汚れてほしくない」

「おい……」

「お願いがあるの。あたしたちがこの島を出る時、あんたとマリアにも一緒に大陸に渡ってほしい」

「な、なにを……」

 ジュドーは絶句した。

「マリアはこんな所にいちゃいけない。だから、いっそみんなでこんな街出ましょ」

「実は、オレも同じこと考えていた」

「本当に?」

「ただし、オレは行かないよ。マリアを連れていってくれ」

「なんで?! こんな腐れきった街に何があるの! 一人で残って何するつもり?! あんた――」

「おい、もう少し声を小さくしろ。マリアが起きたらどうする」

 ジュドーはカルメンの口に手を当てた。

「オレも、あいつには殺しはさせたくないし、させる気もない。でもな、ここにいたら、殺すか殺されるかってことになるだろうな。マリアは、この街にはいちゃいけないんだ。そしてお前らもだ」

 ジュドーは、カルメンの口から手を離した。

「こちらからお願いする。お前らが金を手にして、ここを出ていく時は、マリアも連れていってくれ。そして、マリアの面倒を見てやってくれ。頼む」

「わかったわ」

 カルメンは力強くうなずいた。

「じゃ、話は終わりだ。さっさと寝ろ」

「うん。でも最後に一つだけ。あんた、ここに一人で残って、何をするつもりなの?」

「オレには、この街でやることがある」


 その日の昼間。

 マリアとアイザックとカルメンは炊き出しの準備をしていた。準備といっても、ゴドーの店から安く買い叩いてきた大量のパン(カビが大量に生えている)、それに野菜と肉を煮込み、塩で味付けしただけのスープだ。

 とはいえ、こんなものでも喜んで食べる人間は少なからずいる。

「今日はお前らにも手伝ってもらうからな」

 台所に入ってきたジュドーが、アイザックとカルメンに言った。

「え……あたしたち……」

「そうだ。毎回オレとマリアだけじゃ大変だよ。それにな、今日はタイガーの所に行かなきゃならん」

「タイガー?」

 ギョッとした様子で、アイザックが聞き返す。

「そう、タイガーの所。急に電話かかってきた。どうも、競りがあるみたいなんだよな」

 ジュドーは答えた。

 アイザックとカルメンの表情が固くなる。

「おお、では今日は三人で炊き出しであるな!」

 マリアだけは、今日も幸せそうだった。




 かつて、エメラルド・シティが今のような無法都市ではなかった時代。そこには商店街があり、公園もあった。学校もあった。劇場もあった。

 それらのものは、今はない。あとには土地と建物だけが残った。

 その公園の跡地に、三十人ほどのボロボロの服を着た男女が集まっている。年齢は五十代から七十代。みな、何かを待っているようだった。

 やがて、リヤカーを引いたマリアが現れる。

「マリアちゃーん、今日も可愛いね!」

「いよ!マリアちゃんサイコー!」

 老人たちの歓声がマリアに次々と投げ掛けられる。

 だが、あとから現れたアイザックとカルメンを見るなり、みな絶句した。

 一九十センチ百十キロの筋肉質の肉体を防弾ベストに包み、サングラスをかけて、大きなリュックを背負ったアイザックの姿は、見る者に脅威を与えるのに十分だ。

「みんな、あいぽんとめんちんである。いつもスープを作ってくれてるである。初めて来たのである。みんな、お礼するである。」

 マリアがアイザックの横に行き、老人たちに紹介してみせた。

「アイポント・メンチン……?」

「デカいな……」

 老人たちはざわついた。

「うがあ! お前ら、ざわざわしたらダメである! あいぽんとめんちんをバカにしたらブッ飛ばすである! 文句のある奴、前に来いである! 疾風正拳突き喰らわすである!」

 すると、老人たちは一斉に黙りこんだ。

「いつも通り並ぶである!あいぽん、大鍋おろすから手伝ってほしいである」


 ・・・


 その頃、ジュドーはとあるビルの一室にいた。広い部屋にたくさんの椅子が並べられている。そして、机が一つ設置されている。学習塾か怪しげなセミナーのような雰囲気だ。

 ジュドーは机の真ん前の位置に陣取っている。

 そしてジュドーの右隣の席に、スキンヘッドの大柄な男が座っていた。元々が凶悪そうな顔つきが、スキンヘッドのせいで怖さが三十%ほど増量している。体格ではアイザックにも負けていない。

「テツー、オレとあんただけなのかね、今回呼ばれたのは」

 ジュドーは周りを見渡しながら尋ねた。

「ああ、そうみてえだな。しかし、こんな急な呼び出しは珍しいな」

「そうだよなー」

 その時、また一人入ってきた。

 年はジュドーと同じくらいだが、百八十度違うタイプだ。男性の精悍さと女性の優雅さをあわせ持ち、ある種独特の気品も感じさせる、作り物のような整った顔立ちの非常に美しい男だった。

「げ、イチだよイチ。オレあいつ嫌いなんだよね、ホントに」

 ジュドーが顔をしかめて聞こえるように言う。

「お前に気に入られようとは思ってない」

 イチは軽く受け流し、ジュドーの左隣に座る。

「何で隣に座るんだよ。頭に脱毛クリーム塗りつけるぞ、このナルシストが」

「やれるもんならやってみな」

「おいお前ら、競りが始まるぞ」

 テツの一言で、二人とも口を閉じる。

 それと同時に、部屋に年齢不詳の白髪頭でスーツ姿の男が入ってきた。

「皆様、急な呼び出しにも関わらず、お越しいただきまして、誠にありがとうございます」

 ギャリソンはここで言葉を止め、三人の顔を見渡した。

「今回の的は能力者。競りは……二百よりスタートします」

「能力者相手に二百?! オレは降りるぜ」

 言葉と同時にイチは席を立ち、部屋を出ていった。

「けっ、守銭奴が。ところでギャリソンさん。聞きたいんですがね」

「なんですか」

「競りなんて面倒くさいことやめて、テツとオレの二人に二百払うってのはどうです。これなら完璧に仕留められます――」

「無理です」

 ギャリソンは一言で切り捨てる。

「では競りを再開します。二百からスタートです。いませんか?」

「いませんか、って二人しかいないだろうが。しかもジュドー相手じゃあ勝てる気しねえよ。とりあえず百九十」

「んー百十」

 ジュドーはニヤニヤしながら返す。

「お前は……急降下させんじゃねえ。百五」

「百」

「やめたやめた。能力者相手に百以下じゃ割に合わねえ」

 テツは立ち上がった。

「ったく、ジュドー相手に競りはきついぜ」

「そういうなよ。なんか儲け話あったら、テツん所に持ってくから」

「そうかい。期待しないで待っているよ。いや、お前らが下手打って、オレんとこに仕事が回ってくるのに期待した方が、可能性は高いかもな」

「縁起でもないこと言うなよ」

「では、今回の仕事は、百万にて、ジュドーさんが落札しました」

 ギャリソンの宣言を聞く前に、テツは部屋を出ていった。


 テツが部屋を出ていって十分後。

 次に入ってきたのは、顔に縞模様の傷がある、肩幅が広くガッチリした大柄な女と、銀色の髪をした、色白の痩せた小柄な男だった。二人とも険しい表情をしている。

 しかし――

「やあタイガーさん。相変わらずキレイですね」

 ジュドーは両手を広げて近づくが、色白の男に止められる。

「それ以上近づくな、ジュドー」

 色白の男の不気味な声。

「んだよ死神。人の恋路を邪魔すんな」

「下らんことは言うな。それより仕事だ」

 タイガーはそう言うと、写真を渡す。写真には、傲慢そうな顔つきの細い若者が写っていた。

「名前はモレノだ。ウチのシマで、何人もの娼婦が殺された。生かしておいたらシメシがつかない。ジュドー、二週間以内にカタをつけろ」

「二週間以内ですか……わかりました。で、どんな技を使うんですか?」

「はっきりしたことはわからない。ただ、基本は人間だ。なんとかしろ」

 タイガーはそう言うと、持っていたカバンから五十万の札束を取り出し、ジュドーに渡す。

「前金だ。頼んだぞ」

「わかりました。ところでタイガーさんのおっぱいは大きい――」

「それ以上言ったら殺す」

「いや、お尻も――」

「殺すと言ったのが聞こえなかったか?」

 タイガーの声と同時に、死神が一歩前に出る。

「冗談ですよう。まったくもう、すぐ怒るんだから。オレの恋心はどうなるのよう。せつないね。どしゃ降りの涙の雨だよう」

 ジュドーはブツブツ言いながら出ていった。


 ・・・


 その頃――

「いやーカルメンちゃんは可愛い!」

「あ、ありがとうございます」

「頑張って、機械の手足を早く付けてもらいな!」

「はい、頑張ります」

「そしたらワシと結婚してくれ」

「うーん、それはちょっと……」

 一方――

「アイザックさんは強そうだね!」

「あ、ああ……」

「ジュドーよりも、あんたの方がいい男だよ。今度から、あんたが来てよ」

「い、いや……」


 ここにいる老人たちは、ネバーランドに生まれ、育ってきた。

 無法地帯になるまでは、彼らは皆、まっとうな勤め人だったのだ。

 それが、腐敗と自由と暴力の真っ只中に放り込まれ、なす術もなく戸惑うばかりだった。

 彼らは身を寄せあい、底辺を這いずりまわるようにして生きてきた。

 だからこそ、彼らは知っている。弱者に対する、弱者の思いやりを。


「うがあ!ポールダンスを見るである!」

 マリアはポールに両手でつかまり、両足をピンとまっすぐ伸ばし、旗のようにひらひらして見せた。

「マ、マリア、それポールダンスじゃない……」

 カルメンは苦笑いしている。

「おお、マリアちゃん凄いのじゃー!」

 老人たちは大喜びだ。


 だが、その平和な時間を破壊する者が現れた。

「おいジジイババア、喰い終わったなら帰れ」

 声の主はジュドーだ。天パ頭をかきながら、愛想のかけらもない態度で老人たちを見回す。

「なんじゃ、言われんでも帰るわ」

「そうだそうだ」

「また今度、食いに来てやるから、酒も用意しとけ」

 老人たちはジュドーに文句を言いながら、思い思いの場所へと帰って行く。

「マリア、遊んでないで帰るぞ」

 ジュドーは、まだポールにへばりついているマリアに言った。

「帰るであるか。わかったである。帰って、お肉食べたいである」

 マリアはピョンと飛び降り、リヤカーを引き、歩き始める。三人がそれに続いた。


 道中、カルメンがおずおずと口を開いた。

「ねえジュドー、あの、あたしたち、また――」

「今日から、炊き出しはお前ら三人の仕事だ」

「え……」

「嫌か? 嫌なら――」

「いやじゃないわ! やるやよ! そうよねえ、アイザック!」

「ああ」

 アイザックもうなずく。だが、アイザックの表情は次第に固いものになっていった。


「アイザック、仕事とってきたぞ」

 ジュドーはリビングにいたアイザックに近づき、写真を渡した。

「コイツを見ろ」

「見えないんだよ、バカ野郎。こっちは目がないんだぞ」

「じゃ、これ聞いて覚えとけ。名前はモレノ。タイガーのシマで、娼婦を何人も殺したらしい。能力者だということだ」

「能力者か……やっかいだな」


 異能力者は、一人だけを見れば、そんなに手強いワケではない。頭に弾丸を打ち込まれれば死ぬ。首を絞め、脳への酸素の供給を一定時間ストップさせても死ぬ(ほとんどの者は)。

 異能にしても、触れずに物を動かしたり、手のひらから炎や冷気を出したりするのがせいぜい。中には、核弾頭なみの破壊力を持つ者もいるが、そんな者は、ここにはいない。少なくとも、ジュドーの知る限りでは。

 やっかいなのは、彼らの結束力の固さだった。

 彼らは元々、大陸で厳重な監視体制の中で生活してきた。その上、能力者というだけで、子供の頃から他人に疎外されて成長する。結果、一般人を信用しなくなるケースが多い。その反動からか、能力者同士の結束は異常に固くなるのである。

 そして、大陸で管理されることに嫌気がさした能力者の中には、ネバーランドに逃げる、という選択肢を選ぶ者もいる。

 無法地帯のエメラルド・シティ。それまでの人生を監視され、管理されてきた能力者にとって、初めての本物の自由である。

 だが、大陸の政府は事態を重く見た。治安警察隊には、逃げ込んだ能力者の人相書きが配られ、見つけ次第射殺せよ、との命令が出ている。

 結果、能力者たちはいっそう結束力を増し、ひっそりと、目立たないように生きるようになる。


 もちろん例外はいる。

 自らの異能を使い、弱者から奪い、弱者を虐げ、時には自らの手慰みのために弱者を殺す者は少なからず存在する。

 だが、そんな者にも、能力者同士の結束力は発揮される。

 彼らは基本的に一人で行動せず、さらに、もし能力者が普通の人間に殺された場合、必ず仇を討つ、という暗黙のルールがあり、みなそれを守っている。そのため、一般人が能力者と争うのは大きなリスクを伴うのだ。下手に手をだせば他の能力者をも敵にまわすことになるのである。

 だから、能力者による犯罪が起きた場合の選択肢は三つ。

 治安警察に訴えるか、リスクを承知で自分でどうにかするか、タイガーやゴメスといった大物に大金を積むか。


「期限は二週間だ。オレは明日から情報収集に動く。マリアに外の掃除でもやらせて、その間に二人でどうするか話し合ってくれ」

「話し合う必要はない。どんな奴でも、必ず仕留めてみせる」

「頼んだぜ。あ、そういや明日ゴドーの店の倉庫整理を頼まれてたな。あーメンドくせー」

「……何て言うか、本当に何でもやるな、ジュドーは。仕事中毒かよ」

「商売人なんだからしようがねえだろ。ったく、むせるな……」





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