解散無用
すべては、後から知ったことだ。
ゴメスは、最初からゲドウ会を潰すつもりだったのだ。
自分たちの所を追い出された連中が、シマは違えど肩で風切り、デカイ態度で歩いているという状況は、ゴメスにとっても、またゴメスの部下にとっても、面白くない。
つまり、ゴメス一家とゲドウ会は不倶戴天の間柄なのだ。
ゴメスはまず、一千万ギルダンを用意し、イチを雇った。
しかし、トゥッコは用心深く、おまけに最近では能力者を用心棒に雇ったため、さすがのイチも時間がかかっていた。
そこでゴメスは、トゥッコを安心させるために、うわべだけの同盟を結ぼうとした。
さらに、ジュドーを使者兼鉄砲玉に選んだ。
ジュドーは妙なところでキレることがある。部下もなかなかの腕だ。無茶な条件で交渉させれば、ジュドーとトゥッコがモメるかもしれない。
あげく、ジュドーがトゥッコを殺してくれれば、イチへの報酬も払わずに済むというわけだ。
自分たちのシマにクリスタルをバラ撒いたのはゲドウ会だということを、ゴメスは知らなかった。さらにベリーニの死にも、ゴメスは関与していない。
にも関わらず、事態はゴメスに有利に働き、結局、一番得をしたのはゴメスだった。
「運だよな……運」
すべてを知ったジュドーは、そう呟いた。
『クリント・ビル』に入り込んだジュドーは、隠し金庫を発見した。
さんざん苦労したものの金庫を開けると、中には二億ギルダン入っていた。
そのうち一億五千万を、アイザックとカルメンに渡した。
そして言った。
「お前らはクビだ。この金は退職金としてくれてやるから、さっさとマリアを連れて失せろ」
アイザックは何も言わなかった。
カルメンはうつむき、肩を震わせた。
マリアはブチ切れた。
ブチ切れて、ジュドーを殴った。
カルメンが泣きながら怒鳴りつけるまで、殴り続けた。
「気はすんだか。だったら、お前ら荷物まとめて出ていけ。ゴドーには言ってあるから、奴と大陸に渡るんだ。でないと、ここまでの騒ぎを起こしたお前らを、他の連中が見逃さない。生きていたかったら、この街を出るんだ」
ジュドーはそう言って、去っていった。
次の日、三人は街から姿を消した。
ジュドーは広い家に一人で住むことになった。
仕方ないので、タン、リュウ、リン、その他の体に障害のあるホームレスたちに屋敷を明け渡し、昔の住処に戻って行った。
ジュドーは今、Z地区にある研究所跡にいた。
ここでは以前、様々な実験が行われていた。強化人間を作り出すのも、その一つだった。能力者たちや人外を狩るために、幼い頃より筋肉増強剤漬けにされ、成長すると体内に武器を埋め込まれ、戦いの訓練をさせられた。
ほとんどの者は、筋肉増強剤の副作用で幼い頃に死亡した。
残りの者も、戦いの訓練に明け暮れていくうちに、どんどん狂っていった。
結果、ちょっとしたことで殺し合う、どうしようもないキチガイ集団と化していた。
科学者、及び金を出していた機関は、強化人間を作り出す実験は失敗だったと判断した。
そして、実験体をすべて処分した。
ところが、二人の実験体が、処分される前に逃げ出した。
ジュドーはそのうちの一人だったのだ。
そして、もう一人がマリアだった。
研究所跡には戻りたくはなかった。
だが、今はそこしか行く場所がなかった。
ジュドーは廃墟と化した研究所で生活するようになった。
街には戻らなかった。
いや、戻りたくなかったのだ。
そんなジュドーに対し、テツやボーイは何事もなかったかのように訪ねてきては、食料や日用品などを置いていった。
昔々、ジュドーがアイザックやカルメンらと組む前の話。
研究所を出て、街をフラフラしていたジュドー&マリアを拾い、仕事を与えたのはテツだった。
テツはジュドーによく言っていたことがある。
「お前、オレの昔の仲間のショーハチって奴にそっくりだ」
だから、ほっとけなくて世話を焼いた、と言っていた。
「ジュドー、もう仕事はしねえのか?」
ある日、テツが唐突に聞いてきた。
「めんどくせえじゃん……やりたくねえ」
ジュドーは死んだ魚のような眼で答える。
「……お前、どうしたんだよ。前は、あんなに仕事熱心だったじゃねえか。朝から……いや昼から晩まで、あっちこっち動きまくって情報集めたりしてたじゃねえか」
「めんどくせえじゃん。もういいよ仕事は」
そう言うと、ジュドーは寝転がった。
「そっか……そういや、タイガーがお前のこと聞いてきたぞ。お前、あの女のことを、えらく気に入ってたのにな。もういいのか?オレの見立てでは、脈ありだぞ」
「めんどくせえじゃん。もういいよ、あの女は」
ジュドーは寝転がったまま答えた。
テツは黙ったまま、寝転がったジュドーをじっと見ていた。
ジュドーは寝転がったまま、何の反応も示さなかった。
「また来る」
そう言い残し、テツは立ち去った。
どうすれば良かった?
あいつを巻き込んだオレの責任か?
あいつは、みんなのために……。
オレは……いやだ……。
ジュドーは目を覚ました。
嫌な夢を見たような気がする。
ベリーニが死んで、もう一年になる。
墓に花でもあげようか。
そう思い、久々に立ち上がった。
その時――
異変を感じた。
誰かが近づいてくる。 しかも一人じゃない。
テツか?
いや、人数が多い。奴はいつも一人だ。
ボーイも、ここには一人で来る。
そういや、いろんな連中に恨み買ってた、かもしれねえな……。
ゲドウ会の残党を、ドテオカって奴がまとめてるって聞いたし……。
勝手にしろ。
ジュドーはまた寝転がった。
何者が来ようが、自分がどうなろうが、知ったことではなかった。
だが――
ジュドーは、ガバッと跳ね起きた。
どういうことだ?
何のつもりだ?
あいつら……。
許せねえ!
テツがいつもの通り、のっそりと入ってきた。
だがジュドーの様子を見て、目を丸くする。
「こりゃ驚いた。寝たきり中年が立ってるぜ」
「オレは中年じゃねえ。それより……」
そう言って、テツの後ろにいる者たちをにらみつける。
「お前ら、なんで戻ってきた」
「ううう……ジュ、ジュドーが心配だからである」
マリアはもじもじしながら、でも凄く嬉しそうに言った。
「オレはまだ、お前に借りを返してないからな」
アイザックの片方の瞳は青かった。
そして、もう片方の目には、機械仕掛けの眼帯のような物を着けていた。
「ジュドー、あたしは今まで、何人の人間を地獄に落としてきたと思う?」
すらっとした、義足とは到底わからない美しい足を動かし、カルメンも歩いて近づいてくる。
「そんなの知るか」
ジュドーは吐き捨てるように言った。
「数えきれないよ……あたしたち、もう戻れないんだよ、普通の生活には……あんたのせいだよ。あんたに責任とってもらわないと……」
そう言って、カルメンは腕組みをする。
「……」
「オレたちの手は、相手の流した血で真っ赤に染まっているんだぜ。どんなに洗っても、この手についた血の匂いと、真っ赤に染まった手の色は洗い流せないんだよ」
アイザックが静かな口調で言った。
「あたしたち殺し屋は、静かな余生を過ごせないんだよ……あたしたちの血に染まった両手で子供を抱いちゃいけない……だから仕事は続ける……あたしたちが誰かの手にかかって死ぬ、その日まで……」
カルメンは目を潤ませながらも、決意を秘めた口調で語る。
「勝手にしろ、バカ共が……」
ジュドーはそう言うと、歩き出した。
「お前ら、家にかえるぞ。まったく、商売人は本当にめんどくせえ」
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あとがきにかえて
最後まで付き合っていただいて、本当にありがとうございます。自分の頭の中で作り上げた物が、こうして一つの形になっているというのは、私にとって望外の喜びです。
申し訳ありませんが、最後にこの作品の中で、こだわっていたことの一つを語らせてください。
それは格闘シーンです。私は友人の影響で、いい歳になってから格闘技を始めました。今年で四年になります。グラップリングの試合や、アマチュアDEEPという総合格闘技イベントの試合に出たこともあります(ボコボコにされての判定負け)。大した経験ではないかもしれませんが、それでも素人ではないつもりです。
ですから、格闘シーンを描く時には、できるだけリアルにこだわりました。
格闘シーンを描くのは、想像以上に難しいものでした。
ですが、リアルに描こうと努力しました。体重六十キロに満たない華奢な少年少女が、百キロ以上ある鍛え抜かれた兵士を打撃技の一撃でKOする、というシーンだけは描きたくありませんでした。
もっともフィクションですから、モデル体型の露出の高い服を着た美少女が、マッチョな大男をKOするシーンを描く方を否定するつもりはありません。
また、そういうシーンのある小説を好む方を否定するつもりもありません。
あと、これは反省点ですが、私の文章力の無さゆえに、格闘シーンにおいて伝えるべきことが伝わっていなかったり、技がどんな動きをしているのか、わかりづらかったりするかもしれません。
ただ、私は格闘のシーンを自分の血と汗で得た情報を基に描いていることだけは確かです。実際、前書きでも書きましたが、『打撃無用』の回では、格闘シーンのために目をつむりスパーリングをやりました。結果、タップするタイミングが遅れて肘を痛めてしまいましたが。
本で読んだり、ネットやテレビ、DVDで見た知識だけを基に格闘のシーンを描いている方もいるでしょう。私はそれも否定する気はありません。でも私はそういった方たちとは違う、ということだけは断言できます。
すみません。某マンガ家さんと同じセリフを書いてしまいました。
さらに、こだわり過ぎるあまり、リアリティーのないものや、いい加減なものは描けないな、という思いが強すぎ、逆に格闘シーンが少なくなったのも事実です。そこは大いに反省すべき点でもあります。次の機会があるなら、もっと上手く、また様々なバリエーションの格闘シーンを描きたいと思っています。
まあ、何はともあれ、こんな作品を最後まで読んでくださって、ありがとうございます。この作品が皆様の良い暇潰しになり、そして皆様の心の片隅に、ほんのわずかでも何かを残してくれれば幸いです。
本当にありがとうございました。