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理解無用

「気持ちは嬉しいがな、それは無理だよジュドー」

「そうか。わかった」

「いや、気を悪くしないでもらいたいんだ。お前が信用できないとか、そういうことじゃない。ただ、正直言うと、クリスタルを製造してる奴がな、ちょいと変わり者なんだよ。警戒心が強くて、人見知りで……ボディーガードにお前らを雇ったら、会ってくれなくなるかもしれないんだ」

「そりゃあ仕方ないな」


 ジュドーとクリスタル・ボーイは、例の巨大な看板のあるベンチに座り、話していた。

 マリアと愚兄弟が、その近くで遊んでいた。

「しゃーっしゃっしゃっしゃ!きょーでえの弟よ、マリアの勝ちである!」

 奇怪な人形と釘二本、それに捨ててあった空き瓶を足元に置き、マリアは勝ち誇っている。

「兄ちゃん、負けたよ」

 感情が全く読み取れない声で、弟が言う。

 弟の足元には、セミの脱け殻と、鳥の骨と、黒いネクタイが置いてある。

「なあ、あれ何やってんだろうな?理解不能だ」

 ボーイがささやく。

「ほっとけよう。バカにはバカにしかわからない世界とルールがあるんだよ。それより……」

 ジュドーは周りを見渡して、誰もいないことを確かめた。

「アリスって能力者、聞いたことあるか?」

「アリス……ないな」

「……そうか、わかった。あと、クリスタルを盗んだ犯人については手がかりなし……と言いたいところだが……」

 ジュドーはいったん言葉を止めた。そして、間をおいて口を開いた。

「妙だぜ、ボーイ」

「何が妙なんだ」

「二、三日前だったと思うが、バーニーが鉄パイプ持ったガキに襲われたのは知ってるな?」

「ああ、ゴドーに聞いた。物騒な話だ」

「なあ、ゴドーの店の人間には手を出さないってえのが、この街のルールだったじゃねえか。しかも、鉄パイプだぜ。さらに、奪った金はたった四千ギルダン。こんなの聞いたことねえ。よほどのバカか、来たばかりなのか、だ。ただ、クリスタルが効きすぎて、おかしくなったって可能性もあるだろ?」

「なるほど……」

 ボーイは眉間にしわを寄せた。

「もしかしたら、お前からクリスタルをパクったバカは、最悪のクズ共に二束三文の値段で、叩き売りしてんのかもしれねえな」

「……何のために?」

「……あくまでも、ただの仮説というか妄想というか……あまり突っ込まないでくれ」



 その夜。

 マリアとカルメンの入浴中に、ジュドーとアイザックはリビングで仕事の相談をしていた。

「不思議なんだよ……アリスについて知ってる奴が、ほとんどいない。かろうじてゴステロが、妙なチカラを使う少女が地下鉄にいるらしいって噂があるって言ってたがな。その程度じゃあ、知らないも同然だ」

「どんな奴だろうが、やることは一緒だ。頭に鉛をブチ込む。それだけだ」

 アイザックは冷静な顔つきで言った。

「……ところで、カルメンは大丈夫か?仕事できんのかよ?」

「大丈夫だ。問題ない」

「本当か?」

「ジュドー、あんたもしつこいな。あいつはいざとなれば腹を括る。そういう女だ。でなきゃ、オレとは組めない。明日にでもやってやる」

 アイザックは淡々と語ってはいたが、言葉の端々に怒りが感じられた。

「わかった。だがな、もう少し待て。情報が少なすぎる。明日はベリーニに会うんだが、奴なら相当の情報を持っているだろう。お前らは明日、炊き出しに行くんだろ?明日はのんびりして、リラックスしてくれ」



 Z地区には、電気や水道といったものがない。

 そんな中でも生きている人はいる。しかし、生活レベルはまちまちだ。

 原始人のような生活をしている者がいる。かと思うと、どこから調達してきたのか、発電機などを完備した住居に住んでいる者もいる。

 このZ地区こそ、治安警察もギャングも近寄らない、正真正銘の無法地帯だった。

 Z地区には、かつて地下鉄を通そうという計画があったが、作業員全員が一日で消えるという奇怪な事件があったため、計画は頓挫し、跡には廃墟だけが残された。

 その廃墟に、奇妙な集団が住んでいた。

 老若男女、性別も年齢もバラバラな者たちが、身を寄せあい、助け合いながら生活していた。

 そのリーダーとなっているのが、若く美しい少女だった。

 肩までの金髪、透き通るように白い肌、人形のように綺麗に整った顔立ち、そして笑った時に口元からのぞく八重歯。

 彼女らは今、質素な食事をしていた。

 川で採ってきた魚と、食べられる野草、そして小さなパン。それが彼女らの食事であったが、みんな楽しそうだった。

 そこに忍び寄る、凶悪そうな男たち。

 ボサボサの髪とボロボロの衣服、鉄棒やチェーン、ナイフなどで武装した彼らは、凄まじい形相で、食事中の集団に近づく。

「お姉ちゃん、またあいつら来た!」

 少年の一人が男たちに気づき、リーダーの少女に伝える。

 少女は男たちを一瞥し、ため息をついた。


 地下鉄跡から、男たちがぞろぞろ出てきた。

 うつろな目で、男たちはひたすら歩いた。

 やがて男たちは、シン地区との境界についた。

 そして――

 男たちは殺しあいを始めた。



「ベリーニ、データはそれで全部か?」

「ああ……」

「治安警察ってのも、いまいち頼りにならんな」

「悪かったな」


 ジュドーとベリーニは、例によって、崩れかけたビルで会っていた。

 二人がただならぬ仲であることは、街の事情通なら誰もが知っていたが、それでも、こういう話をする時は人気のない場所を選んで会っていた。


「てれぱしい……あれか、心で電波飛ばして会話するってヤツか」

「ああ、そのはずだが」

 答えると、ベリーニはしゃがみこんだ。

「いやー、年取ると足腰が弱くなっていけねえ」

「おいおい、まだあんたには頑張ってもらわにゃーいけないんだぜ。んなこと言わないでくれよう」

 ジュドーも、その隣に腰をおろした。

「しかしベリーニ、テレパシーで人殺せるのかよ」

「わからん。ただ、確認されているのはテレパシーだけ、らしい。さらに、そいつの周りの人間がたて続けに自殺、なんてこともあったらしい」

「どうやったんだ……一晩中、テレパシーで悪口でも言い続けたのか……やられたらキツいだろうなあ」

「……まあ、なんとかするんだな。オレもできる限りのフォローはする。ところで、お前エイトモートって名字だったな」

「そうだよ」

「どういう意味だ?」

「どっかの国の言葉で、八つの川だか堀だか、そういう意味らしい」


 その頃。

 アイザックとカルメンとマリアは、炊き出しに来ていた。

 老人たちは一列に並び、パンとスープを受け取っている。

 だが、その日はいつもと違う顔が三つあった。

 先頭にいるのは、レインコートを着た者。頭からフードをすっぽりとかぶっている。顔はほとんど見えないが、おそらく若者だろうと思われた。

 その後ろには、バールのような物を構えた少年と、片腕のない少女が続いている。

 少年は警戒心をむき出しにして、バールを構えている。その横で、少女が震えながら、周りを見回している。

 だが、その視線がカルメンを捉えたとたん、みるみる警戒心が薄れていく。

 さらに――

「お前たちは、どこから来たのであるか?」

 マリアが、少年と少女に尋ねる。

「……地下」

 少年が答える。

 マリアのテンションの高さに、若干引き気味になっている。

「この子たちはな、最近ワシらの所に魚を持ってくるんじゃ。そのかわり、ワシらはパンや薬、役立つ道具なんかを渡しておる。どうじゃろう、この子たちにも分けてくれんか?」

 タンが尋ねる。

「もちろんである!お前たち、名前はなんというのであるか?」

 マリアが尋ねる。

「リュウ……」

 少年が答える。

「リン」

 少女が答える。

「……」

 フードをかぶった者は、無言のままだ。

「お姉ちゃんは、口がきけないんだ……ニーナっていうんだ」

 リュウが代わりに答え、リンがうなずく。

「そうであるか!マリアである!よろしくである!食べていくである!」

 マリアはわあわあ言いながら、配り始めた。

 アイザックとカルメンはその横で立っている。

 ニーナはフードごしに、じっとその二人を見つめていた。


「りゅーちん、これからは炊き出しにちゃんと来るである!」

「わかった、マリア姉ちゃん」

「にーにーもである!」

 マリアは、今度はニーナの方を向いた。

「……」

 ニーナは、ポケットから紙とペンを出し、何やら書いて渡した。

「ううう……あ、が、う、……めんちん、何て書いてあるのであるか?」

 マリアはカルメンに紙を見せる。

「『ありがとう。あなたは可愛くて素直で、とても素敵な人。リュウとリンの友達になってあげて』って書いてあるわ」

「しゃーっしゃっしゃっしゃっしゃ!もうとっくに友達である!にーにーとも友達である!遊ぶである、にーにー!」

「マリア、まだニーナは食べてないのよ。食べ終わってから遊びなさい」

 カルメンがたしなめる。その時、ニーナがまた紙を渡す。

「ん……『帰って、他の人にパンとスープをあげたいので、自分たちの分は持って帰っていいですか?』って書いてある」

「そうであるか!もちろんいいである!持って帰るである!」

 マリアはニーナの手をつかみ、ぶんぶんと上下に振る。

「これでマリアとにーにーは友達である!次回の炊き出しも来るである!」

 ニーナは一瞬、ビクンと体を震わせる。

 そして、素早く飛び退いた。

「あ……あの、驚かせたであるか?ごめんである」

「……」

 ニーナは、また紙を手渡す。

「何て書いてあるのであるか、めんちん?」

 だが、それをカルメンの表情は一変する。

「な、何……これ」

『あなたたちが殺そうとしているのは私です。私がアリスです。今夜、ウチに泊まりに来ませんか?』

 カルメンは、状況が理解できず混乱した。

「ど、どうして……」

「どうした」

 アイザックが、カルメンの声に異常なものを感じとったのか、こちらにやって来た。

 その時――

(あたしがアリスですよ。アイザックさん、カルメンさん)

 まるでイヤホンを片方だけ付けた時のような声が、二人に聞こえてきた。

「!?」

 アイザックとカルメンは顔を見合わせた。


「お泊まりであるか!わかったである!楽しそうである!では、余ったスープとパンをお土産に持っていくである!りゅーちん、どのくらい歩くであるか?」

「二時間くらいだよ」

「わかったである!いくである!」

 その横でアイザックは、ジュドーと電話で話していた。

(アイザック、泊まるのは構わんが、大丈夫なんだろうな)

「……ああ」

(マリアがバカやらないように、ちゃんと見張っててくれよ。なんか知らんが、旅行気分で楽しんでくれ。じゃあな)

 電話は切れた。

「アイザック……言わなくて良かったの……」

 カルメンが心配そうに言った。

「言ったところで、どうなるものでもない。とりあえず出方を探る」



「うおおお!たき火であるか!キャンプである!」

 暗い地下に、マリアの声が響き渡る。

 アイザックたち三人は、リュウとリンの案内により地下鉄の跡地に来ていた。 たき火の明かりに映し出されたのは、少年と中年男性、中年女性の六人グループであった。

 五体満足なのはリュウただ一人。

 あとは全員、片腕がなかったり、両足がなかったりと、なんらかの障害を持っていた。

 もっとも、カルメンほどの者はいなかったが。

「あんたら、新しいお仲間かい」

 中年の、両足のない男が声をかけてきた。

「いえ、今日はちょっと……一日泊まらせてもらおうかと……」

 カルメンが言葉につまりながら答える。

 その時、ニーナが一歩前に出た。

 男は一瞬、音楽でも聞いているかのような表情をしたが、すぐにうなずき、納得した様子だった。

「お姉ちゃんは凄いんだ。オレたちを守ってくれてるんだ」

 リュウは得意そうな顔をした。

「……」

「……」

 アイザックとカルメンは何も言えずにうつむいた。しかしマリアは目を輝かせる。

「にーにーは、強いのであるか!あいぽんとどっちが強い――」

「マリア、残ったスープを温めよう」

「そうよ。みんなの分くらい残ってるわ。温めるのを手伝って」

 アイザックとカルメンがマリアを促し、皆で夕食の支度を始めた。



 皆、寝静まっている。

 夕食の後、さまざまな話をした。マリアは、自分は会社で働く労働者だ、と言い、みんなもシン地区でタンたちと暮らせばいいと提案した。

 リュウたちは、いずれはそうしようと思う、と答えた。

 皆、とても楽しそうに話し、愉快そうに笑った。

 大変な部分もあるが、幸せそうに見えた。

 やがて皆、話し疲れたのか、すぐに寝入ってしまったようだった。

 だがアイザックとカルメンはまんじりともせず、ずっと目を光らせていた。

 不意に、炊き出しの時の声が聞こえてきた。

(みんなを起こさないように、あたしについてきてちょうだい)

 同時に、ニーナがすっと立ち上がり、音もなくアイザックに近づき、手を取り歩き出した。

 カルメンは音をたてないように、四つん這いで続いた。


(あたしは、ここでみんなの生活を守っている。あなたたちに殺されるわけにはいかないの)

 二人に声が聞こえる。

 音のようで音でない、なんとも奇妙な感覚だった。それでいて、なんだか心地よさも感じた。

「……あなたはなんなの?人殺しだって聞いた」

 カルメンが尋ねた。

(確かに人殺しよ。でも、あたしたちに害をなす者を殺しただけ。身を守るためよ。あたしが殺さなかったら、みんながひどい目に遭ってた)

「そう……」

 カルメンは下を向き、悲しげな表情になった。

「今、あんたとやり合う気はない。だが、次に会うときは敵だ。オレたちも殺し屋みたいなものだからな。あんたを殺す。でないと、オレたちはこの街を離れられない」

 アイザックは冷静に言い放った。

 カルメンはゆがんだ表情でアイザックを見る。

(あなたはそう言うと思った。でも、あたしも死ぬわけにはいかない。彼らを見たでしょ。あたしがいなかったら、あの人たちはもう生きていけない)

「それは違う」

 アイザックの声に、感情がこもった。

「オレは両目をえぐられ、この街に来た。そんなオレをジュドーが拾ってくれたんだ。しかも、ジュドーはオレを拾っただけじゃなかった。オレを自立できるように、一人でも生き、戦えるように徹底的に鍛えた。本当に辛かった。苦しかった。さっさと殺してくれと思ったこともあった。泣きながら、もうやめてくれって頼んだり、逃げ出したりしたこともあった。でもジュドーはオレを見捨てなかった」

 アイザックはいったん言葉を止めた。

(あなたは強いから、それができた。でもあの人たちには無理よ)

「無理かどうか、試したのか?あんたがやらなけりゃいけなかったのは、あいつらを一人でも生きていけるようにすることだったんじゃないのか。あんたが何者だろうが、オレは構わん。次にあんたに会ったら、必ず殺す。それが仕事だ。場合によっては、あの連中も皆殺しにする。だから、それが嫌なら、見つからない所に連中を連れて逃げてくれ。見つからなければ、仕方ないからな」

 アイザックは言い終えると、いきなりカルメンを抱き上げた。

「ちょ、ちょっと!」

 不意を突かれ、カルメンは抗議の声をあげる。

「カルメン、行くぞ。オレたちとこいつとは、理解しあえないらしい」

 アイザックは闇の中を歩き始めた。

(あなたたちは本当に凄いと思う。尊敬するわ。でもね、みんながあなたたちみたいにはなれないの。あなたたちは間違ってない。でも、正しくもない。あたしも死にたくないし、みんなを殺させるわけにはいかない。そのためには全力で戦う)

 立ち去ろうとした二人の頭の中に、ニーナと名乗るアリスの声が聞こえた。




 次回も、恐らく二日後になるものと思います。今、だいたい折り返し地点まで来たあたりです。暇があったら、最後までお付き合いください。


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