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裏切無用

 その日、ジュドーとマリアはゴドーショップで店番をしていた。

 なんでも、店番をするはずだったバーニーが、昨夜に二人の若者に襲われ、鉄パイプでめった打ちにされたあげくに、持っていた四千ギルダンと小銭を奪われたらしい。で、クリスもその看病で忙しく、店番ができなくなった。

 そこでゴドーは、ジュドーに店番を依頼した。


 しかし――

「ジュドー、これでいいのであるか?」

 珍しく、マリアがポツリと呟いた。

「何が」

 ジュドーはカウンターの中で、キュウリをぼりぼりかじっていた。

「真面目に仕事しなければいけないのである!」

 マリアは抗議の声をあげる。

「いいんだよ。どうせウチの仕事じゃないし。ほれポチッとな」

 ジュドーはテレビのスイッチを入れた。

 大陸で制作され、そして放送されている昼のワイドショーが映し出された。

 どう見てもカツラなキャスターが、なにやらコメントしている。

『いや、偽装はいけませんよ。偽装は絶対にいけないことです!』

「あんたの頭が偽装じゃねえか。なあマリア、お前も見てみろよ。このおっさんの頭おもしれーぞ」

 ジュドーは、今度はストレッチをしながらマリアに言った。

「仕事中は見ないである!ジュドーも、ちゃんと仕事するである!」

 マリアはバカである。しかし、真面目でもある。バカであるがゆえなのか、真面目すぎるのか、手の抜き方を知らないのだ。

 仕事が始まると、遊び、そして遊びの要素が入ると思われるものは一切排除する。

 だから、ジュドーの誘惑は全てはねのけ、ひたすら真面目に働くことに情熱を燃やしていた。

 ただ、彼女にとって残念なことに、やる仕事がなかった。

 まず、レジが打てない。金の計算もできない。帳簿に至っては、帳簿の意味がわからない。そもそも、マリアは文字が半分くらいしか読めない。

 そんなわけで、彼女の仕事は掃除くらいしかなかった。

 マリアは仕方なく、入口に設置されている、鳥の頭をした怪物の石像を雑巾で拭き始めた。

 本日三度目の、石像の雑巾がけである。


 突然、店の前に装甲タクシーが止まる。

 ドアが開き、出てきたのはクリスタル・ボーイだった。

 さらにその後ろから、筋肉の塊が二つ出てくる。

 愚兄弟である。

「トラビス、終わるまで待てるか?」

 ボーイが尋ねる。

「待てねえよ。オレを誰だと思ってる。二十年間無敗のタクシードライバーなんだぜ」

 言うが早いか、装甲タクシーは走り去った。

「何が二十年間無敗……ジュドー、お前なにやってんだよ?」

 ボーイは不思議そうな顔でジュドーを見た。

「あ……いや、バーニーがケガしてな、代わりに店番してんだよ」

「……そうか。それは災難だな。ところで、ゴドーはいないのか?」

「いないよ。なんだ、儲け話か?オレにも――」

「悪いが、これは商取引だからな。お前の出る幕はないぜ」

 言いながら、ボーイは店の中を回る。

 店の中は棚が所狭しと置かれ、食品から雑誌、ちょっとした電化製品まで飾られている。

 しかし、この程度はまだ序の口。

 奥の部屋には拳銃からショットガン、果ては対戦車ミサイルまで置いてあるのだ。

 『ブラジャーからミサイルまで、何でも揃うゴドーショップ』の文句は伊達ではない。

 そして店の隅には、四人掛けのテーブルと椅子がある。買った食品をその場で食べられるように、との配慮だが、こんな陰気な場所で食べる人はいない。

 そのテーブルを、愚兄弟が囲んでいた。

「マリアー、遊ぼうぜ」

「遊ぼうぜ」

 今度は愚兄弟が誘惑してくる。

「う、うるさいである!仕事中である!遊ばないである!」

 マリアは無視しようと努力する。

「マリアー、ゲームしようぜゲーム」

「しようぜー」

 だが、愚兄弟もあきらめない。

「ううう……やらないである!」

 マリアは意思の力をふるい、仕事をしようとする。だが――

「マリアー、なにやってんだ?」

「やってんだ?」

 愚兄弟が尋ねる。

「ううう……掃除である!掃除は大切である!」

「さっきから掃除ばっかりだぞー」

「だぞー」

「ううう……」

 マリアは悔しそうに唇を噛み締める。

 次の瞬間、ボーイと談笑するジュドーに飛びつき、首を締める。

「ぐ、ぐえ!マリア離せバカ!」

 ジュドーは慌てて、マリアから逃れる。

「お、おいマリア、どうしたんだ?」

 ボーイが尋ねる。

「ううう……くりぼー、きょうでえにイジメられたである!」

「ああ?本当か?」

 ボーイは、今度は愚兄弟に尋ねる。

「イジメてないですよ、なあ弟」

「うん兄ちゃん」

「……と言ってるが?」

 ボーイはマリアの方を向いた。

「ううう……ジュドー、悔しいである!掃除以外の仕事をさせるである!マリアは労働者である!仕事をするのである!」

「……しかしマリア、仕事なんてないぞ。ただの店番だし――」

 ジュドーは言いかけたが――

「仕事をよこすである!仕事をさせるである!」

「……わかった。マリア、お前に重大な任務を与えるが、大変だぞ。それでもやるのか?」

 ジュドーはマリアの両肩をつかみ、真剣な表情で言った。

「わ、わかったである。やるである」

 マリアはうなずいた。

「じゃあ、これを見ろ、マリア!」

 ジュドーはそう言って、たくさんのボルトが入った箱を出した。

「マリア、これが何個あるか数えろ!」

「うおおお!わかったである!」

 マリアは真剣な表情で数え始めた。

「お前ら……」

 ボーイが呆れた様子で首を振る。

 その時、ゴドーが騒々しい音をたてながら帰ってきた。

「おいジュドー!帰った……なんだ売人、早いな」

「ゴドー、商売の話をしに来たんだが……あと、オレはドラッグ・ディーラーだよ」

 ボーイが訂正する。

「んなこと、どっちだっていい!ボーイ、奥で商談するぞ商談。ジュドー、帰っていいぞ」

「店どうすんだ?」

 ジュドーが尋ねる。

「今日は閉める!あ、それとな、また明日来てくれ。倉庫の話をまとめよう」

「テキトーだな……まあいいや。じゃあ、帰るぞマリア!」

 ジュドーは数えているマリアを促し、店を出ようとした。

 だが足を止め、入口に設置されている翼の生えた怪物の石像の前で右手をあげる。

「ご苦労さん。またな」

 石像が、わずかに動いたように見えた。



 夕暮れ時。

 ジュドーは、タイガーの行う競りの会場にいた。

 例によって、机の前にある椅子にジュドーが座り、右側にテツ、左側にイチが座っている。さらに、今回はあと三人、得体の知れない男たちが、思い思いの場所に座っている。

 すでにテツとイチは一件ずつ落札している。他にも落札した者がいる。次が最後になるだろう。

 ジュドーは、まだ一件も落札していなかった。とりあえずはテツとイチに一件ずつ譲ったのも原因の一つだが、どうもしっくりこないものばかりだったのだ。安すぎるか大変なものしかなく、ジュドーの感覚から見て、また現在の戦力と比較して、ちょうどいいものがなかったのだ。

 だが、これで最後となると話は別だ。何がなんでも競り落とす、という気持ちになっていた。

 ギャリソンが一同を見渡し、口を開いた。

「では皆様、本日最後の競りになります。的は能力者でございます。一千万ギルダンよりスタート」

「九八〇!」

「九七〇!」

「九六五!」

 声が飛び交う。

 ジュドーはしばらく待ったが、おもむろに口を開いた。

「五〇〇」

 周りの視線を感じる。

 仕方ないので、頭を掻きながら、ヘラヘラ笑って周りを見渡した。

「四九〇!」

「四八〇!」

 競りは続く。

 ジュドーは面倒になってきた。

「二〇〇」

 おいおい、という声が聞こえた。

「二〇〇……他にいませんか?いませんか?」

 ギャリソンが一同を見渡す。

 誰も声をあげない。

「では、今回の最後の仕事は、ジュドー・エイトモート様が落札しました」

 ギャリソンが宣言する。と同時に、あぶれた連中が帰ろうと立ち上がる。

「お待ち下さい。皆様、お知らせがございます」

 ギャリソンが声をかけ、引き止めた。

 それと同時に、死神が大きな袋を持って、部屋の中に入ってきた。

「おいおい、何が始まるんだ?」

 テツがささやく。

「……死体の匂いだ」

 イチが呟いた。

 三人の表情が、一気に変わる。

「誠に残念なお知らせがございます。タイガーの部下の中に、裏切り者がいることが判明しました。そこでタイガーは、直ちに処分しました」

 ギャリソンが語り終えると同時に、死神が袋の中身をぶちまける。

 首が二つ転がった。

「私共の僚友であったゲンタツ、ならびにロペスという卑劣漢です」

 ギャリソンは言葉を止める。

 場は凍りついた。

 だが、テツはニヤニヤしている。

 イチは顔をしかめる。

「ゲンタツはロペスに仕事の情報を洩らし、ロペスは的に情報を洩らして金を受け取っていたものと思われます」

 ギャリソンは淡々と語った。

 だが次の瞬間、表情が一変する。

「タイガーを裏切った者はこうなる。貴様ら、よく見ておけ」

 室内は静まり返る。

 その空気をぶち壊したのはテツだった。

「わかってるってギャリソンさん。タイガーの姉御を裏切るバカは、ここにはいねえよ。なあみんな」

 ニコニコしながら、みんなに声をかける。

「いい加減、臭くてたまらねえ。早いところ、仕事の段取りを決めようぜ」

 言うと同時にイチが立ち上がり、出ていった。

 テツがその後に続き、さらにジュドーも部屋を出ようとした。

 だが、ふと『ロペスだった』ものを見る。

 苦痛に醜くゆがんだ表情で、ロペスは死んだようだった。

 そもそも、あの場で写真を公開するつもりはなかったのだ。

 ロペスとは一対一で会って、写真を見せて脅し、自分の手駒になってもらうつもりだった。

 もし、あの時アイザックとカルメンを侮辱しなければ……。

 もし、あの時マリアに銃を向けなければ……。

 もう少し長生きできた、かもしれないのだ。

「バカだよ、お前」

 ジュドーは呟いた。



「今回の的はこの女だ」

 タイガーが写真を手渡した。

 写真には、マリアと同じくらいの歳の娘が写っていた。肩まである金髪と白い肌、にっこりと笑った口元から見える八重歯が魅力的な可愛らしい娘だった。

「タイガーさん、こいつは一体なにをしでかしたんですかね?」

 ジュドーは思わず聞いてしまった。

「知る必要があるのか?知らなければ仕事に差し支えるのか?」

 タイガーの目が冷たく光る。

「ま、必要はないです。ただね、その冷たい視線がたまらなく興奮する――」

「黙れ」

 タイガーはにべもなく切り捨てた。

「はい黙ります」

「一つ言っておく。この娘の名はアリス。Z地区の地下鉄跡に住んでいるらしいが、これまで何人も殺している。だが、何をするのかが、わからないのだ」

「……この娘にやられた人の死因はなんです?」

「高い場所から落とされたり、手首を切られたり、妙な死に方ばかりだ」

 珍しく、タイガーの口調に感情がこもった。

「それは妙ですな」

「いいか、くれぐれも気を付けろ。この娘だけは本当に得体がしれん」

 タイガーは、ジュドーの瞳をじっと見つめた。

「心配してくれてるんですね。こっから愛が生まれて――」

「生まれる確率はゼロだ。さっさと行け」

 タイガーは相変わらず冷たかった。

「わかりましたよう。せつないぜ、どしゃ降りの涙の雨だよ。そう思わないか死神」

 ジュドーは、今度は死神に声をかける。

「……」

 死神は、相変わらず無表情だった。

「……じゃあ」

 いたたまれなくなったジュドーは立ち去ろうとしたその時――

「期限は特にない。だが、できるだけ早く仕留めろ。それと……アンドレが世話になったようだな」

 タイガーはそこまで言うと、口をつぐみ、後ろを向いた。

「え……」

 ジュドーは一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 だが、その言葉の意味を理解すると、今度はだらしない顔になった。

「……タイガーさん、もしかして――」

「黙って出て行け。そして仕事に取りかかれ」



 その夜。

 マリアが完全に眠りについたのを見計らって、ジュドーたち三人は地下室に集合した。

「わかった。そのアリスって娘をやるんだな」

 アイザックはいつものように、冷静に答えた。

 しかし――

「……この娘、何したんだろうね」

 カルメンが呟く。

「マリアと同じくらいの歳よね。競りにかけられ、殺される――」

「カルメン、何が言いたいかわからんが、今さらできない、とは言えないぜ」 ジュドーが低い声でたしなめる。

「わかってる。やらなきゃいけないのは……わかってる。でも……あたしたち、ここを出るまで、何人殺すのかな……」

「カルメン……」

 アイザックは何かを言いかけたが、また黙りこんでしまった。

「殺して、殺して、殺して……殺して、殺して、殺し続けていくうちに、殺すのが平気になるのかな。そして次は、殺すのが楽しくなるのかな……そしたらあたし、人の皮をかぶった化け物だね……子供の時に『なまえのないかいぶつ』って絵本を読んだけど、あたしは手足のない化け物だよね……」

「カルメン!しっかりしろよ!」

 ジュドーがカルメンの体を揺さぶる。

「……ごめん。大丈夫だから。さっき、マリアが言ってたの……もっと字が読めるようになりたいって、もっと頭が良くなりたいって……そして、もっと仕事ができるようになりたいって……」

「……」

 ジュドーは何も言えず、うつむいた。

「あの娘はいい娘よ……本当にいい娘なの……そんなマリアと変わらないくらいの歳の女の子を殺さなきゃならないって……思ったら……」

「いいか、このアリスって娘はいい娘じゃねえ。何人も殺してる悪党だ。この娘の罪に対し、罰を与えなきゃならねえ。それを、オレたちがやるんだ。オレたちみたいな最低野郎じゃなきゃ、できねえ仕事だ」

「……わかった」

 カルメンは呟くような声で答えた。

「……お前、マルケスにどんな目に遭わされたか思い出せ。その結果、お前が何をしたかもな。今さら、昔には帰れないんだぜ」

 ジュドーは淡々とした口調で語った。

「そうだね……そうなんだよね……あたし、もう戻れないんだよね……自分の意志で……越えちゃったんだよね……」

 すすり泣くカルメン。

「殺したのはオレだ。お前は一人も殺してない」 そう言ったアイザックは彼女に近づき、優しく抱きしめる。

「……二人で気の済むまで話し合ってくれ」

 そう言って、ジュドーは地下室を出ていった。

 そのまま外に出る。

 夜空を見上げた。

 星が、いつにもまして眩しく見えた。

 帰らぬ者たちの顔を、輝く星の一つ一つに重ね合わせる。

 「せつないぜ……」

 ジュドーは、右手を夜空に掲げた。

 月が笑っている、ように見えた。




 次回は、また二日後になるものと思います。

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