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問答無用

 ここではない、でもここに似た世界。そこにはネバーランドという、大陸から切り離された、最悪の身分の人間が住みつく島があった。人間はエメラルド・シティという街を作り、電気やガスなどを大陸から引き豊かな生活ができるようになった。が、いつからか、犯罪者、異能力者が逃げ込むようになり、さらには伝説上の生き物だったはずのものの存在まで確認されるようになり、この島、そしてエメラルド・シティは大陸の人々から見捨てられ、事実上、無政府状態と化した。それでも、住民の最低限の生活を保証するため、電気や水道、ガスなどは使える。とまあ、そんな感じです。

 エメラルドシティ……誰が名付けたか知らないが、あまりにも皮肉な名前である。モヒカンのタクシー運転手や不気味な吸血鬼はいたりするが、チートな転生勇者などは見当たらない。異能力者とギャングと人外とバカガキと治安警察が毎日どこかで殺し合いをしているような、そんな街である。

 ついでに言うと、ハーレム要素など欠片もない。そもそも、ハーレム要素を構成するような美少女が一人でも現れた時点で、犯されて殺されるか、殺されて金を盗られるか、殺されて食われるか、のいずれかだろう。したがって、そういったものが好きな人種はこの街にはいない。近づこうともしない。


 そのエメラルドシティの街外れには、古ぼけたベンチがある。ベンチの後ろには巨大な看板が設置されており、そこには汚い字でこう書かれていた。『ジュドー&マリア・カンパニー! 暗殺からドブ掃除まで……頼まれた仕事は極力引き受けます。是非ともご連絡を! 電話のない方は、下のベンチに午後三時から四時までの間に来てください!』


 そのベンチには、二人の男女が座っている。男の方はジュドー・エイトモートという。安物の黒いスーツに身を包み、天然パーマの頭をポリポリかきながら携帯電話をいじっている。見た目の年齢は二十代。有り体に言って、三流以下の詐欺師かいかさまギャンブラーにしか見えない。

 そして女の方は、ジュドーの相棒のマリアである。切れ味の悪いハサミででたらめに切られたようなショートカットではあるが、よく動く大きな瞳、小さめの鼻と形の良い唇、白い肌。とりあえず顔だけ見れば、可愛らしい娘ではある。しかし、タンクトップから見える彼女の腕は太く、筋肉に覆われている。肩まわりも凄まじい。並みの男なら、簡単に捻り潰せそうである。

 一見すると、得体の知れない組み合わせのこの二人……実はエメラルドシティでも、少しは名の知れた存在だった。


「ジュドー、ジュドー」

 ベンチに座っていたマリアが、ジュドーの腕をつつく。

「ん、どした?」

「あれを見るである」

 マリアは道端を指差している。ジュドーがそちらを見ると、一匹のウシガエルがいた。

「あれがどうした」

「あいつ、さっきからずっとマリアを見てるである。不愉快である」

 マリアは本当に不愉快らしい。ウシガエルを睨みつける。

「見てるだけだろう。ほっとけよ」

「そうはいかないである。めんちんが、カエルは変態動物だと言っていたのである」

「へんたい……まあ、確かに変態する動物だけどな……違う変態なんだが」

「あいつ、マリアに変態行為をしそうである。他の娘にも、変態行為をしそうである。変態行為は良くない行為である」

 マリアは真剣そのものの顔で、ジュドーに訴える。

「あのな……変態行為ったって、大したことはできねえよ。せいぜい全裸で外をうろうろするぐらいだ。ほっとけ」

「そうであるか……では、ブッ殺さなくていいのであるか?」

「ああブッ殺さなくていいよ。野放しにしとけん女だな、お前は」


 携帯電話をいじったり、マリアとバカ話をしている間に、時刻は午後四時を回った。まだ明るいが、こんな人気のない場所で長居していると、何が起きるかわからない。恐らく、今日は客は来ないのだろう。ジュドーは立ち上がる。

「マリア、そろそろ帰ろうぜ」

「わかったである。お腹空いたである。早く帰って、お肉食べたいである」

 マリアは立ち上がり、腕をぐるぐる回す。肉体派の彼女にとって、黙って待つだけ、というのは苦痛なはずだが、文句を言わずに待っている。頭は悪いが、真面目なのだ。

「……なあマリア、明日の仕事だが、もしお前が行きたくないなら――」

「行きたいである。楽しみである。あいぽんとめんちんと一緒に、四人でお出かけなんて初めてである。マリアは行きたいである」

「そうか……」

 マリアは嬉しそうだが、ジュドーは不安だった。その仕事の依頼主はゴメスである。ゴメスはエメラルドシティの三分の一近くを支配する大物ギャングだ。しかも仕事の内容というのが「お前らの日頃の働きに対し、特別ボーナスを出したい。だから部下三人を連れて事務所まで来い。ただし、三人のうち一人でも欠けたら、この話は無しだ」というものだった。どう考えても妙だった。恐らく、ジュドーの部下たちを直接見たいのだろう。

 残りの部下二人も、行くと言っている。しかしジュドーは、できることなら行きたくはなかった。


「ただいまである」

 マリアは屋敷の扉を開ける。パッと見は中世ヨーロッパ風に見えなくもない屋敷である。しかし中は殺風景だ。リビングにはテレビとソファー、テーブルがあるが、お洒落な調度品などは一切見当たらない。

 そしてマリアを出迎えたのは、四つん這いで歩く若い女だった。褐色の肌と長い黒髪の美しい女……ただ、彼女の両腕は肘の部分から、両足は膝の部分から切断されている。

「おかえりマリア。それにジュドーも」

 女はニコニコしながら、二人を出迎える。


 この女の名はカルメンという。かつて、マルケスという名のギャングの下で奴隷として非人間的な扱いを受けていたが、ジュドーに買い取られ、そして現在ではジュドーの部下として活動している。普段の生活はマリアに補助してもらっているのだ。マリアはなぜか、彼女をめんちんと呼んでいる。もともとマリアには人に勝手なあだ名を付けて呼ぶ癖があるのだ。もっとも、ジュドーにはあだ名を付けていないが。

「めんちん、今日の夕飯は何であるか?」

「マリアの好きな、お肉いっぱいのスープよ」

「おお! 早く食べようである!」

 マリアはカルメンを持ち上げ、椅子の上に乗せる。そして台所に行くと、そこにはサングラスをかけた大男がいた。

「あいぽん、早く食べようである!」


 マリアがあいぽんと呼んだ男……彼の名はアイザックという。身長百九十センチ、百十キロの体は分厚い筋肉の鎧に覆われている。しかし、彼は目が見えないのだ。

 アイザックは一年ほど前に、両目をえぐり取られてエメラルドシティの路上にゴミか何かのように放置されていた。いったい何があったのか、本人は黙して語らない。




 そして食事が終わると、マリアはカルメンを連れて風呂に入った。マリアは風呂嫌いだが、カルメンと一緒に入るのは嫌いでないらしい。

 今、リビングにいるのはジュドーとアイザックの二人だけだ。

「アイザック……本当に受けるのか、この仕事を?」

 ジュドーが尋ねると、アイザックはうなずいた。

「ああ、もちろんだ。何か問題でもあるのか?」

「あのな……ゴメスの手下は、能無しとろくでなしと人でなしばかりだぞ。お前らが嫌な思いを――」

「ジュドー、オレたちは稼がなきゃならないんだ。オレは義眼を、カルメンは義手と義足を手に入れる。そのためには金がいるんだ。仕事は選んでいられないだろうが」

 そう言うと、アイザックはジュドーの方に顔を向ける。掛けているサングラスの下にあるものは空洞だ。にもかかわらず、ジュドーは視線のような何かを感じた。まるで、睨まれているような……。

「わかったよ。だがな、一つ言っとくぞ。オレたちはドンパチしに行くわけじゃない。だがな、必要と感じたら、ためらわずに撃て。撃たれる前に撃つんだ」

「そんな事態にはならんだろう――」

「いや……お前はゴメスと、その子分たちがどんだけ汚い連中かをわかってない。面白半分で人を殺すクズ野郎もいるんだ。商売人としちゃあ、貴重な手駒をこんな仕事で失いたくない」





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