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Blue Shotgun  作者: AFD
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第四章

「ほら、口を大きく開けなよ」

診察台に縛られたダグラスに向かってトムはタービンのスイッチを入れると独特の器械音が今まで音一つたてなかった診察室内に響き渡った。トムは自動車のアクセルを吹かすようにタービンを回転させながら、先端をダグラスの目の前にちらつかせた。メアリーはダグラスの頭が動かないよう必死に押さえているがこの音だけはどうしても苦手のようだ。先程から吹かす音が聞こえるたびに目をきつく瞑っている。

「ダグラス、ロシア語で青い悪魔と書かれた散弾について知っていることを全部吐いてもらおうか」

トムは再びタービンのペダルを立て続けに踏んだ。

ダグラスは何とか脱出しようと頭を横に振って抗っていたが、ふと動きを止めて視線をトムに向けた。

「вы кто(お前は誰だ?)、あいつなら「ロシア語で青い悪魔」なんて言うはずがないからな」

「どういう意味だ、ダグラス」

「どうもこうもないさ。あいつは私と同じロシア人だ。本名はJosephヨセフ Tyutchevチェチョフ。「ジョン」という名はアメリカに来た時に私があいつにつけた名前だ」

トムはメラニーの顔を見た。メラニーは驚いた表情で首を横に振った。どうやら結婚していた彼女すら気づかなかったらしい。

「そうか…まぁいいさ。俺がジョンでないことがばれても、お前が彼を知っているのならそれでいい。それでお前と彼との関係は?単なるロシアの友人なんてマヌケな事は言うなよ」

ダグラスは急に口を噤むと再び顔を左右に振り始めた。トムは動かなくなった左手をダグラスの喉元に押し当てると(おもむろ)に回転するタービンをダグラスの唇に押し当てた。ダグラスの上唇が裂けて血が飛び散り、トムの上着に付着した。

「動いたらダメじゃないか。この服はジョンからの借り物なんだよ。あぁ、そうか紹介するの忘れていた。彼女の名はメラニー。メラニー・タイラー、亡くなったジョンの奥さんだ。俺たちは別にお前を痛めつけにここに来たわけじゃない。真実が知りたいだけだ。あの「青い悪魔」にジョンがどう関係していたのかを知りたい…それだけだ。」

するとダグラスは急に抗うのを止め、メラニーの顔をじっと見上げた。

「そうか…ヨセフは死んだのか。君がメラニー…ヨセフから聞いていたよ、君のことは。しかし時として真実を知らない方が良いこともある。もうヨセフは二度と戻っては来ないんだ」

「確かにそうかもしれないわ。でももう手遅れなの。もう私達二人は警察からマークされているわ、その「青い悪魔」のせいで。この人はトム。ジョンと瓜二つでしょ?彼が撃たれて死ぬ寸前だったのを偶然通りかかった私が助けたの。それからというもの警察から家のあちこちに盗聴器を仕掛けられたり、警察の車に四六時中見張られたり…だからもう前に進むしかないの…真実を知るために。お願いだからジョンとあなたはどういう関係だったのか教えてちょうだい」

 メラニーの瞳には薄らと涙が浮かんでいた。夫と娘がこの世を去ったあの日からメラニーの時間は止まったままだった。今はまだ前には進めないが、過去に遡り真実を知ることでこれから先の彼女の人生、一歩踏み出せるかもしれない。真実を知ることだけが目的ではない、真実を知るために費やすこの時間こそ彼女がこれから先彼女らしく生きるために必要な時間であった。ダグラスはメラニーの決意は揺らぐことはないと知ると、大きく深い溜息をついた。

「わかった。わかったから普通に椅子に座らせてくれないか?」

トムは縄を外してタービンを元の位置に戻した。ダグラスは切れた上唇を白衣の袖で押さえながら上体を起こした。

「私の本名はDarkoダルコ。まぁヨセフは周りから悟られないようにダグラスと呼んでいたから本名で呼ばれることは殆どないがね...。私とヨセフ、そしてもう一人のスミノフは旧ソビエト連邦のスパイ、KGBだった。幼少の頃から徹底的に仕込まれた挙句、十三歳でアメリカに渡った。俺とヨセフは医療関係、スミノフは軍事関係の諜報活動を行うようそれぞれの組織に入るために準備していた。俺とヨセフが医師の道を歩んだのはそういう背景があったからだ。だが俺たちはソビエト崩壊の直前には二重スパイを行うようになっていた。そりゃそうだろう、党官僚が起こしたクーデターが失敗に終わる前にはこちらへの資金供給は途絶えて我々も生きるために必死だったのだから…」

思いもよらぬ告白だった。確かにジョンには結婚する前に不明な点が多かった。家族に幼少からの友人、メラニーは会ったことも言葉を交わしたこともなかった。二人が出会った時には既にジョンは独り身だったから少しも疑う余地はなく、娘を授かった後も平和な日々が流れる中ではジョンの過去が話題になることはなかったからだ。

「俺たちはカネのために仲間を売り、機密情報を流していたが、ある日それが米軍側からKGBに流れた。(じゃ)の道はへびというやつだ。その代償として俺たちに渡されるはずだったのが「青い悪魔」だった。そして…」

「ちょっと待て。だったとはどういうことだ。実際には手にしなかったのか?」

トムはダグラスの話を遮った。全てはこの散弾が入ったショットガンケースの強奪から全てが始まった。話の内容に一点の曇りもあってはならない。

「あぁ、計画を実施する直前にソビエト連邦は崩壊し、受取場所に運び屋は現れなかったからな」

「それでその計画はどんな計画だったの?」

今度はメラニーが堪らず顔を近づけダグラスに問いかけた。ダグラスは困惑した表情を浮かべながらメラニーから視線を逸らした。

「ダグラス、お願いだから教えて。貴方達がしようとしたことを(とが)めるつもりは毛頭ないわ。それを聞いてジョンを嫌いになることもない。だからお願い…」

暫くの沈黙が流れた後、ダグラスはやっと重い口を開いた。

「テキサスのカーソン郡にある核施設の爆破だ。今でもそこでは核兵器の組立と解体を行っているはずだ。専用のショットガンに散弾を詰め込んで引き鉄を引くと事前に仕掛けられていた爆弾が爆破する。そう、一種の起爆装置だ。二十年以上も前の起爆装置だから施設から半径五百メートル以内でないと作動はしない。そのためには施設内に潜入しそこでショットガンの引き鉄を引く必要があった。その核施設に潜り込んで引き鉄を引いて俺たち三人ともそこで爆死しろというのが本部の指示だった」

トムにとっては俄かに信じ難い話だった。

「ちょっと待て。そんな昔にはGPS機能なんてないはずだ。それに何でそんなものが今このアメリカにあるんだ?」

「さぁ、わからんよ。俺達は結局のところ受け取らなかったのだから…。ただもしその起爆装置が今も本当に機能しているのであれば、アメリカを憎むテロリスト達にとっては喉から手が出る程欲しいんじゃないかな。GPS機能なんてその起爆装置を最近になって移動させるために取りつけたと考えれば別におかしい話ではないよ」

「それじゃ、メモリーカードの件はどうなんだ?」

「メモリーカード?一体何の話だ?」

「ショットガンが入っていたガンケースにはお前が言う「青い悪魔」の他にそのショットシェルに包まれたメモリーカードが入っていた。そのメモリーカードにはジョンとお前ともう一人の奴の名前が手書きされたコピー用紙の写真が保存されていた。俺たちが今回ここに来れたのはその写真を見つけたからだ」

ダグラスの表情がみるみるうちに青ざめていった。

「何のために、どうしてそんなものがガンケースに入っているんだ?」

ダグラスは今にも泣きそうな顔でトムとメラニーの顔を交互に見た。トムは俯いて首を振った。メラニーもダグラスの(すが)るようなに視線を耐え切れず、視線を合わせまいとしている。

「まさか俺達に二十年前の任務を遂行させるつもりじゃないだろうな…だってそうだろう?場所がわかって起爆装置があればそれだけ持ってテキサスに向かえばいいじゃないか…それなのにそんなものまで隠されていたんじゃ、まるで旧KGBの連中が俺達に…冗談じゃない、こうしちゃいられない。俺はすぐにでもここを発って別の場所に逃げるよ」

 ダグラスは診察室を飛び出して行った。受付の黒人女性に早口で今日でこのデンタルクリニックを今日でクローズすると告げて急いで立ち去ると女は受付の花瓶を投げつけて罵声を浴びせた。トムとメラニーはその女に治療代だと言って百ドル札を二枚手渡してダグラスの後を追いかけた。


ヘンリーがメラニーの自宅のドアを開き中に入った頃にはマリーナに次々と観光客を乗せた小型船舶が帰港し、港の外灯が灯り始めていた。当然、中に入るための令状はとってある。同僚のラッセル捜査官と調べた時にはトムを捜し出すことと盗聴器を仕掛ける場所を探すことで頭が一杯でこの家の異様さに気づかなかったが、あらためて玄関やリビングをじっくり見てみると花や絵、装飾品などは一切なく全く生活感が感じられない。例えるならただ生きるためだけに必要な食べ物と水しか用意していない大きな鳥籠(とりかご)。夫と娘を同時に亡くしていたことは調べでわかっていたが、この家の中はあまりにも静かでそして寂しい。ヘンリーは周りを見渡しながらゆっくりと二階へ脚を運んだ。階段を昇るとすぐ手前の部屋のドアノブを回した。その部屋はトムが隠れていた部屋だった。メラニーはこの部屋に入ることは拒んだが、隣の子供部屋に入ろうとした時には見向きもせず一階に降りて行った。何かあるとしたらこの部屋しかあるまい。ヘンリーは再び奥のクローゼットを開けてじっくり探してみたがやはり何も手がかりは見つからなかった。一度落ち着こうとベッドに腰掛け、胸のポケットからタバコを一本取り出して火をつけた。煙を大きく吸い込みゆっくりと吐く。煙の向こうにアンティークの小さいサイドボードが見えた。その中に写真が飾られていることにヘンリーは気づいた。近寄ってしゃがんでみるととそこにはメラニーの子供の写真が飾られていた。その隣には家族三人で写った写真があった。ヘンリーの咥えていたタバコが床に落ちた。慌てて拾い上げて再び咥えなおすとサイドボードの中からその写真を取り出してまじまじと見つめた。

「これはどういうことだ…何でトム・ベンソンがここに…」

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