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Blue Shotgun  作者: AFD
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第二章

 メラニーはクローゼットの鏡に映る自分を見つめながら丹念にブロンドの髪を()かしていた。天然の捲き毛が所々跳ね上がり、毛先は傷み(つや)を失っている。このブラシを通すのは何ヶ月ぶりだろうか。患者を診るときも、そして近くのショッピングセンターに買い物へ行く時もあの日以来口紅すらつけていない。久しぶりに見る鏡の中の自分は心なしか目の周りに小皺(こじわ)が増え、この一年足らずでめっきり老け込んでしまったようにも見える。

 ただ単に亡き夫ジョン・タイラーに似ている男が偶然自分の前に現れただけのこと。そして彼は「こそ泥」でしかもマフィアに追われてるどうしようもない(ひと)。この地で一緒に患者を診てきたジョンとは雲泥の差だ。彼のせいで警察に睨まれ、家には盗聴器まで仕掛けられてしまった…全く彼に出遭ってしまった事は不運としか言いようがないわ。彼は今ガレージに身を隠している。そして後一時間もすれば私は彼が乗っている車でマリーナにあるガソリンスタンドまで行き、人知れず洗車機の中で彼をドロップする。そこでバイバイ。そして何もなかったような日常がやってくる。

本当に何もなかった日常に戻れるだろうか、そして彼に出遭ってしまったことは本当に不運だったのだろうか?

彼が見せた笑顔(えがお)はジョンが私に見せたそれと全く同じだった。ジョンと愛し合っていたあの頃の淡い想いが今再び蘇ろうとしている。メラニーその想いを必死に振り払いながらも三年ぶりに愛用していたアンティークの化粧箱に手を伸ばした。

 

 一時間後、ガレージの前には普段と変わらずTシャツに短パン姿のメラニーが立っていた。唯一違うところは薄く彩った口紅だけだ。そっとガレージの中に入ると薄明かりの中運転手席に座る神妙な面持ちのトムが見えた。その手にはメラニーが渡した携帯電話が握られている。運転手席の窓をノックするとトムはメラニーの存在に驚いて急いで窓を開けた。

 「何してるの?準備はOK?」メラニーは優しく微笑みながら窓から顔を覗かせた。

 「いや、ちょっとね。ショットガンケースの中を開けてみたんだけど・・・」トムは困惑した表情を浮べた。

 「メラニー、変な事訊いてごめん。亡くなったご主人の名前を教えてくれないか?そしてこの街の名前も。」

 「夫の名はジョン。ジョン・タイラー。ここはオハイオ州アディストンよ。スタンドの事故現場から五・六マイルってところかしら。それがどうかしたの?」

 トムは何も言わずに携帯の画面をメラニーに見せた。そこには一枚の画像が映し出されていた。それはA4のコピー紙に三人の名前と住所が乱雑に書かれたスナップショットで一番上の段に「John Tyler, Main St Addyston OH」の文字がはっきりと読み取れた。画面に向かって右端には血を拭ったような痕跡が写し出されていた。

 「な…なによ、これ?何でジョンの名前が?」

 「ガンケースの中にこの青いメモリーカードが隠されていた。その中に入っていた画像だ。何でジョンの名が書かれているのかはわからないが、ただこのガンケースを無理して()じ開けようとすれば中のプラスチック爆弾が爆発する仕掛けが施してあった。開けるには指紋認証が必要というフリントのギャングには到底真似できない芸当だ」

 メラニーの視線は相変わらず携帯の画面に釘付けのままであった。頭の中で散らばったパズルを一つ一つ組み合わせようと必死になっている。

 「他の二人の名前に見覚えはあるかい?」

 「いいえ、全く。ジョンから聞いた事もないし、目にしたこともない名前だわ。彼とはこの街で知り合ったから古い友人という可能性はあるけどジョンは一人っ子で結婚した時には既に両親も亡くなっていたから…」

「今更確かめることはできない」トムは後に続いた。

 偶然が重なってトムはメラニーに命を救われた。テキサスまでのルートを変更した事も、意識を失いかけたところにメラニーの車が止まったことも、彼女の亡き夫に自分が似ていることも、そして自分がこのメモリーカードを見つけてしまったことも全てが偶然だ。このまま予定通りマリーナの洗車場で警察を撒いてそのままテキサスへ向ってよいものだろうか?このリストにジョン・タイラーの名が記されている以上、もはやメラニーは無関係ではいられない。偶然にも俺を(かくま)い、そのせいで警察にさえ目をつけられている始末だ。

 「メラニー、よく聞いてくれ。俺はテキサスへは向わない。まず、このリストのジョンの下に記されているインディアナ州リッチモンドのDouglas Kazzに会いに行く。このリストが何のリストなのかを確かめなければ、俺も君も下手をすれば葬り去られる。幸い俺はジョンに似ているし、もしこの男が俺を見て驚くことがあればそいつに全てを吐かせるつもりだ。例え、それが君が望まない結果となったとしても」

 「望まない結果って?」

 「このメモリーカードは決して見られてはならないものだ。万一の場合にはそれを探ろうとした人間と共に葬り去るくらい厳重で且つ貴重な情報だ。君は過去のジョンについては何も知らないと言った。おそらくジョンの昔の写真すら見たことはあるまい」

 メラニーは何か言いかけたが口ごもって(うつむ)いてしまった。どうやら図星のようだ。

 「俺と一緒に確かめに行かないか?当然リスクは伴うが、ここに一人でいるよりはマシだ。GPS発信器はさっきガレージの窓から裏庭に捨てたが、当然奴らはこのガレージの中を調べに来る。俺が姿を消した後にこの盗難車が見つかるのも時間の問題だ。遅かれ早かれ君は警察に引っ張られる。でももし俺が腕をやられている事を理由に君を人質として連れ回したとすれば…話は別だろう」

 トムは携帯からメモリーカードを抜き取るとそれを再び包み紙に包んだ。

 「君はこのカードの存在を知らなかった、いいね?」

 「でも、私が出かければ当然尾行されるわ。警察の車を撒く程の運転のテクニックなんて私にはないのよ」メラニーは困惑した顔をトムに見られまいと右手を額に当てながら目を閉じた。

 「大丈夫。リッチモンドはインディアナ州の管轄だから今日来た奴らの追跡は州境までだ。万一FBIに指揮権が移っているにしても、彼らが地元警察と一緒に君の車を追跡することはない。当然、州を跨いだ時点でヘリは飛ばして追跡することは考えられるけど、こっちはその間で州境の街で別の車に乗り換えてダグラスに会いに行けば問題はない」

 トムはメラニーに微笑んだ。その瞳はメラニーが必死に抗おうと築いた心の壁を一瞬にして崩してしまった。メラニーは薄らと赤味を帯びた頬をトムに悟られまいとすぐに視線を外し、トムに背を向けて言った。

 「それで、いつ人質の私は貴方を連れ出せばいいの、誘拐犯さん?」


 メラニーがガレージの前に自分の車を止めたのはそれから一時間後、時計の針は午後二時を指していた。左側面のドアを開くとガレージにぶつかるかどうかギリギリの位置に駐車した。メラニーはガレージの中から医療用のベッドを押しながら表に出て、車のトランクを開けた。その瞬間に人の気配がないか怪しまれないように細心の注意を払いながら周囲を確認した。誰もいないことがわかると、メラニーはガレージ側の後部座席のドアを開けて回診用の医療バックを放り込んだ。トムがその隙に散弾銃を抱えて後部座席に転がり込む。ズボンと腰の間に挟まったコルトパイソンの鉄の塊が一瞬太陽の光に反射した。トランクと後部ドアが同時に開いているのでかなりの死角ができているはずだ。トムの七つ道具は既にメラニーのバッグの中に納められている。メラニーは素早く後部座席のドアを閉めた後、最後に再び辺りを警戒しながらトランクを力強く閉め、ドライバー席についた。車のキーを差し込もうとしたときに後部座席の足元に横たわるトムはメラニーに語りかけた。

 「See, Piece of cake(ほらね、楽勝でしょ)」

 「しっ、油断は禁物よ。車が家から出た瞬間に何台ものパトカーが追跡してくるかもしれないわ」

 「大丈夫だよ、メラニー。さっきも言った通り、ここからリッチモンドまでは四十マイル、普通に運転して一時間も立たないうちに州境に着く。君はできるだけ信号でストップしないように運転するだけでいい。奴らは俺たちが出た後に発信器を探す。そして発信器だけが捨てられている事に気づいて慌てふためく。直ぐにあのガレージに入って物色し、中の車が盗難車とわかって初めてサイレンをど派手に鳴らして猛スピードで追いかけてくることになる。裏庭に捨てられていた発信器だけでは俺がガレージに潜んでいたとも考えられるから、その時点では君が何も知らないと言った事が真実味を帯びるんだ。だから時間を稼げる。奴らが全てを嗅ぎ付けたときには俺たちはもうリッチモンドで別の車で移動中さ。何も心配することはない」

 案の定、家の門を潜り抜けると一台のパトカーが塀にピタリと幅寄せして停車していた。運転席に座っている太っちょの警官が慌てて咥えていたハンバーガーを包み紙と一緒に外に投げ捨てる様子をメラニーはバックミラーで見ていた。左右の路地を確認したが、どうやら追跡するパトカーは後ろの一台のようだ。取りあえず二七五線に乗ってベビスへ向かう。そこで二十七号線に乗り換えそのまま真っ直ぐ行けばリッチモンドに着く。二七五線に乗っている限りは後ろのパトカーもおかしいとは思わないだろう。問題は二十七号線に左折したときにあの太っちょが何らかの連絡をいれるかもしれない。緑に囲まれたハイウェイの行先が決して患者への回診ではないことが容易に想像がつくはずだ。メラニーは一抹の不安を覚えたが、そのタイミングでトムが後ろから笑顔で「心配ない」と勇気づけさせてくれる。もはやジョンの過去なんてどうでもいい、愛する娘ジャネルも自分を残して天国に行ってしまった今、私この(ひと)の行く末を見守りたい。例えそれがどんなに悲惨な結果になったとしても。


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