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P5

学校から帰宅して、制服のまま適当に夕食をとっている間、

誰かと電話で話す母親の声が聞こえていた。


そうなの、やだ。クスクス。


母親の、「女」の声を聞くほど気色の悪い物はない。

それは当の本人もわかっているのだろう、僕が最近家をあけがちだったとしても、

高校生の男の子とはそういうものよね、と、見てみぬフリだ。

成績さえそこそこの位置にあれば、誰も干渉してこない。

父親から与えられたカードは二枚。一枚は、僕名義の銀行口座のカード。

適当に引き出しても不安を感じないくらいの残高が常にあるし、

外食や買い物だったら、もう一枚の、父親名義の家族カードを使う。

食事を終えて自室に入って着替えと荷物の整理をし、

教科書とノートを開いて机に向かう。

ノートの余白には、佐倉がした質問と、それに対する教師の返答がメモしてある。

高校のテストの問題にはでないであろう内容という意味では、雑学に近い。

知りたいから学ぶという姿勢が、こんな質問をさせるのだろうか。

ケータイの画面が光って話しかけられる。


「前髪、少し短く切ろうかな? もうすぐテストで最悪」


どんな答えが正解なんだろう。

こっちの問題も難易度がだんだんと高くなってきている。


「前髪、短いのも可愛いだろうね。

 こっちも今から復習するところ。テスト勉強、頑張って」


このまま十時過ぎくらいまでリアクションがなければ、

おやすみと告げて今日が終わる。

しばらく教科書に向かって、ふと思いついて階下に降りた。

ささやくような声が聞こえる。まだ電話しているんだろうか。

リビングに入ると、母一人かと思っていたので、

そこにいたもう一人の存在に一瞬胸が硬直して身を引いた。

母の戸惑うような表情と、家庭教師のいたずらっぽい笑いを湛えた口元。


「やあ、浩人君、こんばんは」


「今日って、来てもらう日でしたっけ」


僕の感情を抑えた声に、ふふ、と肩をすくめて、


「いや、違うけど。ちょっとお母さんに話があって」


と、にやりと笑う。

吐き気がする。

すぐその場を去りたかったけれど、母親の顔を見る機会は、

なるべく少なく済ませたい。


「近いうちに、学校で助けてくれている友人が来るから。

 きれいにしておいて」


「ああ、そう。わかったわ」


きれいにっていうのは、そいつをあいつらに見せるなって意味だよ、と、

心の中で吐き捨てながらリビングを後にする。

三十代前半の、教員免許を持っているという、僕の家庭教師。

売れない小説家だか脚本家だかをやっているのだそうだ。

僕の苦手だった、国語の古典と日本史が得意分野で、

中学の頃は教えられてなるほどと思う事も確かにあったけれど、

高校の授業内容は質問してもはぐらかされる事が多い。

はっきりいって、僕にはもう必要ない。けれど。

自室には戻らず、二十畳ほどの地下室へ降りた。

バーカウンターが設えてあって、防音がしっかりしている。

父親の趣味室だけれど、あいつはほとんど家に帰ってこないし、

たまに僕が使う程度、何も言いはしない。

うんざりと滅入る気持ちを振り払うように、椅子に腰掛けてチェロを弾く。

今ここにある弦の音以外、何も聞きたくない。

この部屋は、中の音を外に漏らさないように作られたのだろうけれど、

実は外の音を侵入させないためにあるのかもしれない。

少なくとも、僕にとってはそうだ。

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