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昼休みの話し合いでは、やはり不参加だろうという意見がほとんどだった。
当日のアリスの迷宮のスタッフのシフトはカツカツ、発表といっても急すぎる。
じゃ、不参加という事で、とまとまりそうな所で、
神崎が、その時間の枠を預けてくれないか、といいだした。
元々、放棄するつもりの権利、あんまり変な事するなよ、という、
揶揄の声だけで全員が賛同した。
ああ、なるほど、神崎は発表したい事があったのか。
人目を引くようなことをするのは、確かに好きそうだ。
話し合いの後、神崎に呼ばれて、僕と佐倉、高城が教卓のところに集まった。
ここで決まった演目を報告書に書いてくれって事だろう。
「伊月、なにか考えがあるの?」
「ううん、なにも」
佐倉の問いにあっさり答えるので、そこにいた全員が唖然とする。
「だってさ、あのままじゃ、何か悔しいし。もったいないし」
なら、不参加でいいだろう、といおうとすると、
「早瀬君、実行委員で当日する事、なに?」
と聞かれた。当日?
「えっと、十時半まで、会場入り口の総合受付と誘導。
あとは終わった後の講堂の片付けと掃除」
「なら、早瀬君も参加できるね。湊は?」
はあ?
意外な問いに思わずそのまま答えてしまうと、
あっさりと参加して当然みたいに返された。
高城は弟妹を案内する予定になっているといって、参加は断念した。
朝から感じていた、府に落ちなさ。
神崎って、こんなやつか? 何を焦っている?
目立つチャンスを活用しようとしているだけ?
だったら、もっと早い段階で、それこそ、講堂の発表があると知った時点で、
自分にやらせてくれと言い出すはずだ。
「早瀬君って、なにかそういうところでできる事ある? 特技とか」
ないよ、それで、参加なんてする気もない、と答えるのは簡単だ。
けれど、プライドだけは異様に高そうな彼が、縋るような目をしている。
その奥にあるものに興味をそそられた。
「中学では吹奏楽やってて。
コントラバス担当だったんだけど、家ではチェロ弾いてる。
あんまりうまくない、と思うけど」
と、答えると、神崎は、ぱあっと笑顔を浮かべて、
対称的に佐倉は愕然とした表情になった。
伊月、あの、と困ったように声をかける佐倉を無視して神崎は言った。
「僕と修はバイオリンがいける。この編成ならなんとかなるね」
へえ、二人はバイオリンが。じゃなくて、なんとかなるってなんだ。
僕も参加確定なのか。
佐倉は、自分はそんな、みんなの前で発表するようなレベルじゃない、というが、
神崎は、大丈夫、いけるから、と食い下がる。
やっぱり、神崎のなにかがおかしい。なぜそんなに必死になるんだ。
舞台に立つのは慣れているし、別にいい。
他の作業が免除されるのであれば、そこまで抵抗があるわけではない。
なにより、神崎の焦燥の正体を掴みたい。
場の流れで、そのまま曲目を決めた。
誰もがクラッシックに興味があるわけではないであろう舞台では、
CMや映画、ドラマで使われた曲や、
どこかで聞いた事がありそうな有名な曲がいいだろう。
話している間の神崎の視線や言葉遣いに、あれ、と思った。
あれ、もしかして? 自分は大きく見当違いをしていたんじゃないんだろうか。
でも、そうだとしたら、今まで抱いてきた違和感に納得がいく。
いや、やはり、間違いない。
佐倉が、わがまま王子に振り回されて迎合しているんじゃない。
神崎が、佐倉に従属しようとしているんだ。
佐倉は多分、無意識だ。
誰かを従えようとする気さえなさそうなのに、
なぜ神崎は自分から佐倉の機嫌を取るような真似をする?
こんな、ちっぽけで臆病なネズミのような男の下に身を置こうとするんだ?
不思議な倒錯。おもしろい、もうちょっと付き合ってみようか。
曲目も決まって、ありがとう、ごめん、と一応礼を述べた。
僕が早く報告していれば良かった事だし、
少なくとも佐倉は、僕を気遣ってくれている。