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冬休みはあっという間に終わって、三学期が始まり、僕の席は一番窓際になった。
隣は戸川で、その後ろが佐倉。
二学期終わりの、佐倉が救急車で運ばれたあの事件以来、
戸川はクラスで孤立しがちだった。
それを気にしてか、佐倉は戸川に謝ったり、
声を掛けて、一緒にお昼食べない? なんて誘ったりしているけれど、
だいたい無視されている。
こんな根っからのひねくれ者、
どうせ変わりっこないんだから、放っておけばいいのに。
ある日の授業中、視界の隅を白い何かがすっと過った。
流れ星みたいだ、と思ってちらりと目だけ動かしてそちらを見ると、
佐倉が戸川の机に向かって、小さくたたんだ紙片を投げたようだった。
戸川はこっちがびっくりするくらい大げさに振り返って、
あっさりと担当教員の椎野先生に投げ文がばれた。
先生は小さな手紙を開いて読んで、女子か、といって没収してしまった。
「お前のせいで、俺まで怒られただろ」
「う、うん、ごめん」
戸川の怒りを込めた言葉に、佐倉がおどおどと謝罪する、
ひそひそ声のやり取りにむっとする。
いや、ばれたのは戸川のせいだろう。
軽くイライラを抱えたまま、次の授業の時、違和感に気づいた。
なんとなく、狭い。
今まで無意識だったけれど、戸川は右に体を傾けて座る癖があったようだ。
それが、僕の方、左に寄って座っている。
なんなんだ? 邪魔だな。
そういらっとしていると、佐倉が嬉々として「ありがとう」と声を掛けた。
ありがとう?
佐倉の戸川に対する礼の意味を考えて、すぐに気づいた。
窓際に座る僕たちから見て、黒板は右前方になる。
戸川が右に体を傾けて座っていたのは、
もしかしたら、佐倉の視界を遮るためだったんじゃないか?
背の低い佐倉は、きっと随分と不便な思いをしていただろう。
けれど、意識してみると心なしかやつの机も、少しこちらに寄るように、
斜めにずらされている。
佐倉が礼を言うくらいだから、かなり視界が開けているのに違いない。
礼を言われても、無視を続けるやつの横顔を盗み見る。
少し頬が赤く、むうっと口角を下げた口元が、ふいに一瞬、笑いの形になった。
すごいな。
思わず唖然とした。
佐倉が放った流星が生んだ、小さな奇跡。
あの、わがまま王子の神崎も変わった。
三学期は短いけれど、五組でも友達を作るといって、
なるべく一組には来ないようにすると宣言して頑張っている。
僕も、戸川も変わった。
神崎が五組になった事で、空いてしまった副委員長は、高城が立候補した。
あいつだって、自分からそんな役に進んで就くようなやつじゃなかったはずだ。
引力は影響し合って、佐倉も変わった。
きっと、有紗も。
僕はまだ、将来やりたい事は見つからない。
今は父さんと二人だけれど、この前、父さんから、
もしかしたら母さんが帰って来るかもしれないと言われた。
家庭だって、本当に安心して居心地がいいかといえば、
やっぱり、違うと思う。
いまだに、居場所も、進むべき先も定まらない。けれど。
導いてくれるやつらがいるのなら、信用して頼ってみるのもいいのかもしれない。
暗い、冷たい宇宙空間を、ただ一人で彷徨っているくらいなら。
人の一生なんて、あっという間だ。
誰かの思いを一瞬でも照らせるのなら、
そうして、佐倉のように小さな奇跡を起こせるのなら、
流れて落ちるのも悪くない。
その先にはきっと、煌めく星が引き寄せるように、
あいつらが手を伸ばして待っていてくれる。
この闇夜を駆け抜けて、そしていつか、僕も自ら居場所を見つけて輝けたら。
あのクリスマスの夜、僕と有紗を包むように、
降り積もる雪みたいに光っていた、満天の星のように。
読了、ありがとうございました。