P36
「コウサキのお坊ちゃまって、
クリスマスには華やかなパーティとかしているイメージだった。
いいのかな」
「さあ、どうかな。
それより、佐倉、この前学校で発作起こして、
救急車で運ばれて二,三日入院したばかりなんだよ。それなのに」
話しながら、また目の奥がじんと痛くなる。
壁際に立って、店内の様子をうかがっている佐倉をちらりと見る。
有紗が、悪い事しちゃったかな、というのを、首を振って否定する。
「まあ、あいつらは」
ちょうど、神崎が佐倉にすっと近づいて何かを囁く。
「二人でいられたら、どこで何をしていても幸せなんだと思うよ」
え、という表情で、有紗が並んで立つ彼らを見ると、
神崎を見上げる佐倉が、何か言葉を返して、二人でくすりと笑い合った。
知らずに見れば、ただ仲の良さそうな、
若すぎる、容姿端麗なウエイター二人の微笑ましいやり取り。
けれど、「そういう目」でみると、睦まじく艶やかな空気が店内を満たすようだ。
「はあ……。今どきの高校生は、末恐ろしいわ」
僕も、幸せになるために努力をしないといけない。
彼らの思いに報いるために、結果はどうであれ、せめて。
そう、せめて、この時間を最大限に楽しもう。
有紗が、おいしい、と笑っている。
料理もお店の雰囲気もサービスも、僕が今まで出会った中で、最高のものだった。
付け合せの野菜も、デザートも残さず全部食べてお店を出ると、
神崎と佐倉が店の外まで見送りに出てくれた。
「予約のためにバイトまでしてくれたんだって? ありがとう」
「ううん、忙しかったけれどね、すごく楽しかったんだよ。ね?」
佐倉がそういって神崎をみると、うん、と嬉しそうに答える。くっそ。
「相変わらず、らぶらぶだな」
お祝い代わりに、いつものジャブ。
と、神崎はにやっと笑ってふふんという顔をした。む、なんだ?
「らぶらぶはそっちだろ、ひろとー」
なっ。
思わず、かあっと頬が熱くなる。神崎に向かって言い返そうとすると、
「顔が真っ赤だぞ、ひろとー」
と、佐倉までも笑いながら言ってきた。
手近にいた佐倉を捕まえようとすると、
けらけら笑いながら神崎の背中に回り込んで逃げる。
こ、こいつら。
本気で追いかけようと身構えると、
店のドアが開いて、僕たちに給仕してくれていたウエイターが出てきた。
「お前ら、いつまで遊んでいる気だ」
「うっわ、修、早く戻らないとバックヤードに呼び出されて、
火のついたタバコ、じゅってされるぞ。
メートル、ヤンキーだから」
一応、佐倉に耳打ちをするポーズで、
僕たちみんなに聞こえるように神崎がそういうと、
佐倉は、こわっと言って大げさに驚いて見せる。
「聞こえてんだよ。いいから早く持ち場に戻れ」
ウィ、ムッシュ。早瀬、おやすみ、メリークリスマス。
いいクリスマスをね! 後でメールするよ。
またね、気を付けて帰ってね。
手を大きく振りながら、
ドアのところに立つメートルと呼ばれた彼のそばをすり抜けて、
二人は店内に戻っていった。
手を振りかえして、姿が見えなくなって、ほっと肩を落とす。
「おい」
店内に戻りかけて振り向いたメートルの声に、はっとする。
「また、食べに来な。メリークリスマス」
「はい」
ドアが閉まって、しんとした静けさと寒さが一層強くなる。
振り向くと有紗が笑っている。